第61話 遭遇

 早朝に目覚めた小真希。

 昨日は散々だったので、今日はダンジョンに潜ろうと思う。

 朝食は昨夜の残りのスープと、パンを盛った籠から、好きなだけ自分で選ぶ。


「今日はコマキィも潜るのか? 」


 がっつりと骨つき肉にかぶりついたリムが、もぐもぐしながら行儀悪く聞いてきた。


 スープとパンだけでは足りない面々男組が、シプレン羊型巻毛種・もこもこタイプのもも肉を焼いている。

 香ばしい匂いだけで、小真希はお腹いっぱいだ。


「うん。今のところ、ここ開拓地でやる事ないし。暇だから」


 実際は、ソアラに怒られそうで動きにくいからだ。

 楽しくなって調子に乗ると、またやり過ぎるかもしれない。


「最近、二十層に、農民らしき人が多くなってきました。一度、探索者ギルドの動向を、知りたいですね。もちろん、冒険者ギルドも」


 ホアンが思案顔で、食事の手を止める。ナイフとフォークの使い方が気取った感じなのに、とてもかっこいいです。


 精霊の監視下でも、冒険者ギルドに動きはない。

 この時期。ダンジョンに人が増えても、問題ない気がする。

 農閑期の稼ぎを考えるなら、当然だろう。ただ、農民開拓民が二十層まで降りるのは、かなり危ないと思う。


「新しくなった徴税分が、負担だろうね」


 ウェドの所作も、お上品だ。決まってるねぇ。とか思いながら、小真希も具沢山のスープを食べる。


(お野菜、おいしい。洋風の雑炊にしたいなぁ)


 米を見た事がないので、妄想だけで我慢する。


「精霊は、何と言ってるんだ? 」


 大皿いっぱいの塩焼きシプレンを平らげ、ミズリィが聞いてくる。

 あれだけ食べても締まっている腹が、とても羨ましい。


「何も。動きは無いんじゃないかな。帰ってこないし」


 黒竜猫オプトを連れてふらりと出ていった精霊は、昨日から居ない。

 毎日ふらふらしているので、全く気にならなかった。


「レーンが立ち寄ったら、情報をもらいます。それまでに、たくさんドロップ品を稼いで、冬越えの準備をしましょう」


 ホアンの一言で、全員が動き出す。

 残りのスープを掻っ込んで、今日は狩りまくるぞぉと、小真希も気合を入れた。


 秘密の抜け道の土龍は、まだ復活していなかった。その代わりにか、鉄の核を持つスライムが大量発生だ。


「【∽§⊆〻≦§√〻∴§雷矢】、【‖∂≦≦⊆∂‥≧殲滅】」


 絶好調のリムが空中に呪文スペルを描き、クルリと短杖を回転させる。

 バチバチと爆ぜる無数の雷光が、床に溢れるスライムを爆散させた。

 昨日の今日で、新しい技を構築したみたい。


(もぅ、派手なのが好きなんだから)


 すっかりスッキリ殲滅した洞窟内秘密の通路には、びっしりと鉄の魔鉄鉱が落ちていた。

 大切なドロップ品をせっせと拾い集めながら、転移陣のある部屋へと進む。

 相変わらず凄まじい臭いに、必死で駆け抜けた。


 転移した小部屋でも、扉が開くまで足踏みしてしまう。臭い。。

 やっと靄の切れ目を抜けたところで、小真希は前方の地面めがけ、広範囲魔法をぶちかます。


「ちょっ  おい! 」


 ミズリィの静止も何のその。小真希の足元の平和を守るため、あやつを殲滅せねばならない。

 少し先の地面が蠢き、さざなみに似たが湖に向かって流れ出す。


Gやつらなんか、居なくなればいいのヨォ〜! 」


 血走った目で、小真希は叫んだ。


「女って……」


 何か言いかけたリムは、虚空に向かってダンマリを決め込む。

 口は災いの元。懸命である。。


「行くぞ」


 周りを気にしないミズリィを先頭に、一行は湖の畔を回りながら、薬草スライムの討伐と回収に取り掛かった。

 サクサクと進む討伐は、薬草採集に似ている。

 採集袋が満タンになったところで、前方から聞こえる戦闘の音に気がついた。


「様子がおかしい。行くぞ」


 駆け出したミズリィを止められず、慌てて追いかける形になった。

 本来なら、なるべく遭遇しないように気をつけるのがルールだ。

 ドロップ品の強奪など、疑われてはたまらない。


「襲われてる。森狼の大型種が一頭。変異種かも」


 小真希の探索に引っかかった魔獣は、異様なほど巨大に視える。


「接近して、場合によっては討伐しましょう」


 ホアンの指示に、全体の速度が上がった。

 見通しの悪い藪を、ミズリィの大剣が薙ぎ払う。粉微塵に散る枝葉を、ウェドの風魔法が吹き飛ばす。


 何度か強引に障壁雑木・藪を突破して開けた草地に、固まって身を寄せる男たちの姿と、跳躍して牙を剥く巨獣を発見した。 


「【‰≧≧√〻≦≦√§≦≦∬≧風刃乱舞】」


「【⁑∴※≧√∂‥≧氷裂】」


「【結界】! 」


 ウェドとリムの攻撃は、変異種森狼ごと冒険者パーティーも飲み込みそうな勢いだ。

 同時に攻撃しかけていた小真希は、咄嗟にパーティーを包む結界を展開する。

 僅差で完成した結界は、【‰≧≧√〻≦≦√§≦≦∬≧風刃乱舞】と【⁑∴※≧√∂‥≧氷裂】の流れ弾を弾いて、甲高い音を立てた。


「下がれ! 」


 直撃を顔に受けた変異種森狼が立ち上がり、大きく仰け反る。

 氷の礫と風の刃に切り刻まれて血を流しながらも、執拗に結界を壊そうと噛みつきを止めない。


 駆け抜けるミズリィの大剣が、深く首を抉った。勢いのまま振り下ろした刃に裂かれ、ありえない方向に頭が折れる。

 間を置かず、変異種森狼は横倒しに崩れ落ちた。


「討伐完了です」


 形を失い、変異種森狼が地面に吸収されたのを確認して、ホアンは言葉を上げた。

 転がっている魔石には触れず、固まって座り込んでいるパーティーに向き合う。


「横取りする気はありません。必要なら、手を貸しますが」


 血だらけで傷だらけな男のひとりが、両手を上げて無抵抗を示した。


「その魔石は、そっちで納めてくれ。その対価に、救助を要請する。食糧と錬金薬液ポーション、無ければ傷薬でも良い。提供してほしい。対価が足りないなら、四十階層への転移陣の情報も付ける」

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