第125話 取らぬたぬきは どっちかな?

 伯爵夫妻に対面した途端、追い払われた? 小真希たちは、一階から半地下に降りて石造りの通路へ誘導された。

 先導するザ・執事は説明する気もないようで、半地下に降りてすぐ、自分の足元だけカンテラで照らし、大股で歩いて行く。


 こちらに一切の配慮がないのに腹が立って、灯り光魔法を発動した小真希。

 足を止めて振り返ったザ・執事に、不機嫌な顔で顎を上げ、クイっと首を傾げてやる。


 まったく表情を変えないザ・執事が前を向き、なぜか歩調を緩めた。

 後ろ頭に浮かぶ三角も、オレンジから黄緑色に変化している。


(あれ? なにが心に刺さったの)


 笑顔しか浮かべない貴族が、腹の底でどんな顔をしているのか、小真希小市民にはさっぱりだ。


 半地下の上部は等間隔に窓があり、昼なら灯りもいらないしつらえだ。

 曲がりくねる事もない真っ直ぐな地下廊下は、短い階段を上がった先で、勝手口らしき扉にぶち当たった。


 無言で押し開けてから、ザ・執事は黙礼のみで「こちらです」と合図してきた。


 入った部屋は休憩所で、使い込んだテーブルと簡素な椅子が数脚ある。素朴なしつらえは、下級メイドの専用みたいだ。

 扉のない隣りの部屋は厨房で、灯りライトに照らされた内部は結構な広さだ。


 休憩室と厨房に沿った細長い廊下に出ると、等間隔でたくさんの扉がある。一番端の扉を潜れば、豪奢な玄関広間だった。

 うまい具合に置物で隠され、目立たない仕掛けは、使用人専用の廊下から表の部屋へ出る扉か。。


 相変わらず無口な執事について行く。

 玄関から真正面に上がる広い階段が、どこかの歌劇団のフィナーレを連想させる。それを上がるのかと期待したのに、階段横の大きな硝子扉へ誘導された。


「そちらの階段は、お客様用です」


 そっけない。。大階段の上は客室だった。


 両開きの硝子扉の向こうは大きなホールで、夜会やなんかの広間みたい。ちょっと不気味だ。

 暗がりの隅っこから、出てきたら怖い。幽霊レイスとか、精霊レイスなんかが。。


(今ごろ何してるのかな。精霊とか黒竜猫オプトとか。ぜんぜんっ、出てこないけどっ。もぅ! )


 ホールの突き当たりに一段高いステージがあり、その奥に湾曲して片側へ登る階段があった。

 王様とかが降りてきそうな、特別感満載の重厚な佇まいが灯りライトの下に浮かび上がる。


 舞踏会でも開けそうなだだっ広いホールに、カツカツと踵の音が反響して、牙の生えた紳士が出てきそうで、背中がブルリとした。


「どうぞ」


 手のひらで示された端から短い階段を踏んでステージに上がり、幅広の優美な曲線の手すりを持ちながら二階へ行く。

 登りきった場所は、ゆったりした空間で、中央の巨大な絵画の後ろに、左右を二分する廊下が、奥に見える硝子扉まで通っていた。

 

「こちらでございます」


 広い廊下の天井に、小さな照明シャンデリアが点々と並んでいる。明かりが灯っていれば、ものすごく贅沢な空間になるのだろう。

 足元のふかふか感と相俟あいまって、気後れする。


「こちらがお嬢様のお部屋です。手前の小部屋がメイド用ですので、お好きにお使いください。では 」


 いちばん奥の部屋の扉を開け、ザ・執事は踵を返した。


「ちょ、ちょっと。それだけ? ですか」


 思わず声をかけた小真希に、優雅な所作で振り返った執事が、片手を胸に当てて小首を傾げた。


「他に何か? 」


 挑発されているのが分かる。どうしてなのかは、分からないが。。


『マスター。案内、食事、お風呂、メイドの事を聞いてください。伯爵家の方針なのかと。この無礼者の名前は、バートンです』


 すかさず聞こえる取り説のフォローに、小真希は仁王立ちした。


「施設の案内。食事の用意。身支度の準備。お世話をしてくれる人。なんの説明も無いのだけど。これが伯爵家の方針なの? バートン」


 慇懃無礼だった微笑みがほんの刹那だけ深まり、その後の薄い笑みが、気持ち悪い。


「失礼いたしました。すぐに手配いたします。お部屋でお待ちください」


 ピコン! と三角マークが、黄緑から緑へ変化した。

 に見せた所作で執事らしく頭を下げ、バートンは速やかに歩み去った。


「ハァァ、部屋で待とうか」


 落ち着かないスーザンを部屋に引っ張り込み、目についた長椅子へ小真希はダイブした。

 ふよふよ移動する灯りライトの光量を上げ、部屋の隅々まで照らし出す。


「スーザンも座れば? 誰か来れば、分かるようにしておくから」


『了解。気配察知発動。マップ起動。を表示します』


 色々がいっぱいっぱいで、お腹いっぱいのスーザンは、崩れるように小真希と対のソファーへ崩れ込んだ。


「大丈夫? 」


 小真希の問いかけに、死にそうな顔が持ち上がる。


「大丈夫って? そんなわけないよぉ。帰りたいぃぃぃ。ここ嫌っ! 」


 ソファーの座面をバンバン叩きながら、ズーザンが叫ぶ。


「無理。諦めよ? 」


 フッと息を呑んで天井を見上げた喉から、おかしな擬音が漏れた。


「グフゥ がぁはは 。兄貴バルトのやつぅ 呪ってやるぅっ」


「ちょっ! 怖いから! や・め・てぇ」


******

 本館に帰り、ザ・執事バートンは別館の手配を済ませる。

 案内中のお嬢様小真希を観察しながら、将来さきの不安が無いかどうか、しっかりと確認した。


(かなり跳ねっ返りなご様子。先々が楽しみです)


 当家の養女となっても、平民上がりの令嬢に対する風当たりはきつい。

 成長途上で、貴族の在り方を、間違った方向へ高める令息淑女が居る。

 主に学院内の交流を、自由奔放に捉える愚物たちだ。


「どれだけの跳ねっ返り具合か、楽しみです。お嬢様」


 伯爵夫妻が待つ執務室の扉をノックし、執事バートンは表情を引き締めた。

 執務机で書類を捌いていた伯爵が、ペンを止めて視線を上げる。夫人は補佐の机で、手紙の整理を止めた。


「で? 」


 首尾を問う伯爵に、バートンは深く一礼する。


「少々……かなり。骨のあるご令嬢かと、拝察いたします」


「まぁぁ、よろしいですわね。ルイーゼの盾になりそう? 」


 夫人の問う盾なら、何枚分かと想像して、バートンは思わず笑んだ。

 普段はまったく感情を表さない執事に、夫人の片眉が持ち上がる。


「盾 だけで収まれば、よろしいのですが。御するのは、いささか難しいかと愚考いたします」


「ほほっ、エバンズ夫人の躾に期待しましょう」


 小真希のいない所で、小真希の本質と潜在能力取り説を知らない大人たちが、たぬきの皮算用を、していた。

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