第124話 夕闇の王都

 蹄の音が、王都へ向かう街道に響く。

 辺境領を出発して早七日。河原で昼食を終えて、のんびり進んでいる。


 隣国ウィンザードと接する連山の麓を西に見て、大きく東に迂回しながら北上した場所に、エベリック山から流れる清流があり、整備された休憩所が設置されていた。

 ここは王都から、半日の距離にあるらしい。


 バードック神星王国の首都バリスは、神が座する連山に守られた楽園だ。秀麗な峰の麓に発展した都市は、荘厳な佇まいをしている。と、淑女クラブから得た知識を、スーザンは披露した。


「でも、さすがに飽きましたねぇ〜。夕方には到着だそうですけど」


 速歩はやあしで快調な馬車の揺れは、たっぷりなクッションで心地良い。

 淑女クラブを読み飽きた専属メイドスーザンは、両手であくびを隠した。


「伯爵邸に着いたら、何枚くらい猫を被ればいいかなぁ」


(いや、無理でしょ)


 仮主人小真希の前でだから、百枚被っても化けの皮は剥がれるって。。


昨夜ゆうべ兄さんバルトから、私にも指導役家庭教師が付くって聞いたんですけど。伯爵家シンプソンが用意してくれる人たちって、めちゃくちゃ厳しいそうです」


 肩を落としてしみじみ言うスーザンに、小真希はびっくりした。


「え? 聞いてなかったの? めちゃくちゃ厳しいってのは、聞いてなかったけど……」


「え? 家庭教師の事は、聞いてたんですかぁ? 」


 どうやら伝達に不備があったらしい。。

 スーザンだけ知らなかった。または、知らされていなかった。


「ひどい。知ってたら、来なかったのにぃ〜 」


 うん。どうやら故意に、伝達を跳ばされたもよう。礼儀のなっていない同士、頑張れと言うことか。護衛騎士バルトの想いは、よく分かった。


「腹括って、がんばろー。きっと未来で仕返しの役に立つ、タイセツナ技能スキルダー」


 バルトへの仕返しとは言わないが、もっと早く心の準備をさせてくれぃ。。


 言葉の途中に気落ちしてカタコトになる。それでも、ここで投げ出して帰れない。受け入れてくれる場所も無い。


 礼儀作法の家庭教師が付くとは聞いていたが、めちゃくちゃ厳しいとは聞いていなかった小真希。半分騙されたと落ち込んだ。


「ま、まぁね。なんとかなりますって……たぶん  なればいいナァ」


 動揺して挙動不審なスーザンに、癒しの技能スキルは皆無と見た。

 これっぽっちも、癒されない。


 には、貴族の礼儀など分からない。小説や乙女ゲームに出てくる貴族と、実際に会った本物の貴族家宰とか辺境伯では、威厳も物の考え方も大きく違った。

 うまく言葉にできなくて、もどかしいが。。


「王都になんか、着かなきゃいいのに……なんで私が、苦労するのぉ」


 ぶつぶつ煩いスーザンと、落ち込んだ反動で開き直った小真希。

 嫌だ嫌だと諦めの悪いスーザン。そんな時ほど時間は早く飛んで行く。

 並走していた護衛の騎士から、窓のカーテンを閉めるよう注意された。


 闇の迫るの空の下。

 門に並ぶ長い列を追い越して、ふたりを乗せた馬車は、城塞じみた都壁を通り抜け、ギラギラ眩しい都会の街へと入って行った。

 先頭で掲げた紋章が通行手形で、顔パス状態に驚いた。貴族って凄い。


「あぁ〜 着いちゃうよ 」


 カーテンの隙間から外を見ていたスーザンが、口をへの字にした。

 緩く登る石畳の坂道を、馬車は滑らかに走る。


「うぉぉぉ、お菓子の店ぇー。あっちもこっちも、キラキラ〜。あー、宝飾店っ。ドレス、あの人のドレス、ステキぃ 。広場 おっきぃぃぃ」


 けたたましい実況中継だが、だいたいの景色は想像できる。

 

 立て込んでいた街並みが庭付きの家になり、さらに大きな前庭のある邸宅になり、今はどこまで続くのかと思うほど、果てしない石積みの塀に沿って登っている。らしい。。

 規則正しい間隔で灯っている街灯がなければ、真っ暗なそうだ。


「迷子にならないかな 」


 諦めの悪いスーザンの呟きと共に、馬車が停まる。


「ご無事の到着、安堵いたしました。どうぞ、お通りください」


 外から聞こえる応答に、ここがシンプソン伯爵邸だと理解した。

 再び走り出して、いつ停まるのか心配になった頃。ようやく馬車は停止した。


「着きました。扉を開けます」


 よそ行きの声を出して、バルトが扉を開けた。笑いそうになった小真希は、しっかり奥歯を噛んで堪える。

 先にスーザンを降ろし、無表情で手を差し伸べるバルトに、小真希も感情を消して手を添えた。


 降り立ったのは、早咲きの薔薇で設えた玄関広場エントランス。香りと様々な華の色で、鼻も視界もクラクラする。

 

「ようこそおいでくださいました、お嬢様。伯爵様ご夫妻がお待ちです。専属の侍女ともども、こちらへ。ご案内いたします」


 ザ・執事が、ピンと張った背筋を優雅に折って、浅く頭を傾けた。


「はい」


 のっけから柔らかそうで堅苦しい挨拶だ。

 自動でオンオフするようになったが、ザ・執事の頭の上で、ピコン! とオレンジの三角を立ち上げる。


(歓迎されてない? 勝手に人の立場を変えといて? はぁっ? )


 ちょっとキレ気味の小真希の後ろを、百枚以上の猫を被ったスーザンが着いてきた。


 案内された部屋の前で、案内人ザ・執事?に立ち位置を示されて、重そうな扉の前に移動する。

 スタンバイ完了に一瞥された小真希は、小さく息を吐いた。

 案内人ザ・執事?の軽やかなノックと、小真希たちの到着を知らせる口上に、短く「入れ」と声が返ってくる。


「ようやく来たか」


 開かれた扉の奥。豪華な家具調度を背景に、煌びやかな男女が寄り添っていた。

 普通に頭を下げて部屋に入った小真希に、女性は扇子で口元を隠す。

 この時点で、女性と男性の頭には、赤に近いオレンジの三角が立った。


「躾がなっていないわ。お前、まともになるまで別館に居なさい。後ろのメイドも、無礼極まりない。バートン、連れて行きなさい」


「かしこまりました、奥様」


 訳のわからない状況で、振り返った先の案内人ザ・執事?が、丁寧に頭を下げた。

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