第123話 あれやこれや

「コマキィ嬢。準備はよろしいでしょうか」


 別宮幽霊屋敷に住み着いて、約一ヶ月。すっかり雪の消えた辺境伯領から、王都へ出立する日が来た。


 ここ別宮に案内されてから、毎日欠かさず通ってくれた騎士バルト

 雪原をものともせず、食材を運んでくれた食事係バルトに、心の底から感謝している。


「忘れ物はありませんか? 」


 小真希の迂闊さを学習した騎士バルトは、本人に確認をとりながら専属メイドに目線で問いかける。


「準備万端。大丈夫」


 バルトそっくりな色合いの専属メイドは、バルトの妹スーザンだ。

 握り込んだ手を突き出し、グッと親指を立てる。


「おま……まぁいい。ではコマキィ嬢、お手をどうぞ」


 出発直前だ。

 誰を見習ったか、日々のあれやこれやに慣れたバルトの想像は当たっている。今はメイドと淑女のマナーについて、細かな注意をしている暇はない。

 十才以上年が離れた妹にも、妹とそれほど変わらない小真希にも、バルトは甘かった。


 小真希はお疲れ気味の騎士バルトにエスコートされ、目立たない仕様の馬車に乗り込む。

 同乗するスーザンも、ちゃっかりとバルトにエスコートをねだった。

 バルトが騎乗して、左右と後方を守る騎士も、走り出した馬車に並走を始める。

 

「やっと王都ですね」


 辺境伯領から出た事のないスーザンは、都会の暮らしを想って浮かれていた。

 小真希の専属メイドに選ばれなかったら、生涯を辺境の地で過ごしただろう。


「とうとう王都か〜 面倒臭いなぁ」


 しばしば訪れた家宰アルバンから今後の予定を聞いて、小真希は不貞腐れていた。

 知らない間に伯爵家への養子入りが決まり、王都の名高い貴族学院への入試手続きも完了したと聞かされて、不満タラタラだ。


相談無しって、おかしくない? 」


「もぉっ、またその話ですかぁ⁈ いい加減に諦めてくださいよお。お館様辺境伯の決定は、絶対なんですぅ! だいたい平民が伯爵令嬢になれるなんて、夢みたいじゃないですか! コマキィさんの方が、おかしいですって」


 王国に仕える騎士は、騎士団に長く勤務し、上司の推薦を受けて初めて騎士爵を賜る。ちなみに一代限りで継承はできない。


 辺境伯家では、代々騎士爵の家系が継承された。

 国境を守る辺境伯家の騎士団は、実力主義で後継者を選ぶ猛者ばかり。チンタラした騎士に居場所は無い。

 軟弱であれば、あっという間に放逐される。生存競争は苛烈だ。

 スーザンの実家は、代々騎士爵として辺境伯家に仕える家系だから、お館様辺境伯には絶対服従する。小真希は家臣じゃないけど。。


「シンプソン伯爵家は貴金属の出るダンジョンを持っていらして、王国内でも屈指のお金持ちなんです。玉の輿? 玉の養女? なんですってば。おまけに試験に受かったら、王立学院に入学できるんでしょ? 」


 目がお金マークのスーザンに、小真希は斜め上へ視線を逸す。

 欲しい物があれば自分で調達していた小真希にとって、他人の財産は他人の財産。別に要らない。それに。。


「わざわざ入学しなくっても、本人確認くらい、ぱぱっと……」


 愚痴を言いかけて口を噤む。

 羽蟻を使った潜入で、ド派手美人の確認くらいはできると、家宰かさい自白心眼石でさせられたのだが、それはしないと言われた。


ーー「王都には、探知に優れた魔術師が居る。ひしめくほど居る。正体がバレて、どこかに幽閉されて、使い潰されでもしたら、我れがお館様に殺されるわっ。自重しろ」ーー


 半笑いの座った目で淡々と言われた。本気の上から目線は怖かった。

 げんなりして、心ここに在らずの小真希を放ったらかして、スーザンの解説は続く。何回も聞かされて、耳にタコの状態だ。


「シンプソン伯爵様の御息女ルイーゼ様も、この秋に入学されますし、第三王女ナスタシア様も、同学年ですよ。あ、王太子様もご入学されますね。ルイーゼお嬢様は、レナルド王太子殿下の婚約者候補筆頭です」


 小真希がお世話養女になるシンプソン家は伯爵だが、建国以来の古い家系で、王女が何人も降嫁している。三代くらい前も、王妹が降嫁したらしい。

 王室の装身具を数多く献上しているのも、シンプソン伯爵家だ。


(まぁね。富豪のお嬢さんルイーゼ・シンプソンなら、嫁候補よね。サザンテイル辺境伯家も、きっちり付いてくるし )


 シンプソン伯爵に嫁いだカテリーナは、サザンテイル辺境伯家の四女だ。

 夫のエラルド・シンプソン伯爵とは、同級生と聞いた。


 ものすごく分厚い貴族年鑑を家宰アルバンから押し付けられて、小真希は発狂しそうになった。暗記なんて、小真希の脳に収まる筈がない。

 収納ストレージに仕舞って、取り説が管理した。的確な情報は把握済みだ。随時、情報提供してくれる取り説に、感謝。。


王太子殿下レナルドの後ろ盾ですかね? 伯爵様シンプソンの領地も、公爵家くらい広いって書いてましたよ。淑女クラブの一面に 」


 噂好きのスーザンに、乾いた笑い声が出た。


「好きよね〜 そう言うの 」


 淑女クラブは、こちらの世界のタブロイド誌娯楽冊子だ。

 王都中央新聞お堅い経済情報紙とは違い、センセーショナルな社交界のデマや噂を、面白おかしく書き散らしている。


「このままでは、王妃様より側妃様の方が国王陛下の母ですねぇ」


 王妃様は、隣国のノルデン王国第八王女。

 サザンテイル辺境伯領と隣り合う、オークランド辺境伯領と国境が接するノルデン王国の出身だ。


 オークランド辺境伯家は、代々の王宮騎士団の団長を輩出する武門の家系で、サザンテイル辺境伯家とは仲が良い。

 ちなみにサザンテイル辺境領と接している国は、東南のジン皇国と南の砂漠の国、ウィンザード王国だ。


「ディアナ正妃様って、ものすごく気位の高い方だから、子爵出のソフィアーナ側妃様や、息子の王太子殿下が、大っ嫌いだそうですよ。これに書いてあります」


 新刊の淑女クラブタブロイド誌を膝に広げて、スーザンは指差した。

 ひどくデフォルメされた絵で、鼻高の女性が、扇子の影でハンカチを噛んでいた。。どっかの漫画でも見たなと、遠い目になる。


側妃様ソフィアーナのお母さんの実家は、グランズ侯爵家でしょ? 領地が西の穀倉地帯で、国内の半分以上を生産してるって家宰アルバン様に教えてもらったわ。それに、側妃が母親の実家に籍を入れたのだから、血統は良いでしょ」


 忙しいだろうに、常識を講義してくれたのは、家宰アルバンだった。

 小真希の存在が広まらないよう、秘匿する為だと愚痴られたが。。

 教えてもらった常識ノートは、五冊をゆうに越える。


「侯爵家の養女でも、子爵出の女性が、世紀の恋愛で王様と結ばれたって方が、断然おもしろいじゃないですか。夢がないですねぇ、コマキィさんは」


「お母さんの実家侯爵家の養女だよ? それに貴族の結婚って、政略結婚だよね⁈ 」


「もおぉぉぉぉ、いいじゃないですかぁ〜 夢のある方が楽しいのにぃ〜」


 スーザンは、現実より、いろいろ無理のある夢の方が良いらしい。。


「王都に居たら、いくらわたしでも、疲れるわーっ‼︎ 」


 会心? の雄叫びに、馬と護衛騎士が、ずっこけた。。

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