第126話 伯爵家の一日 ミセス・エバンズと対面〜

 重厚なカーテンの隙間から、眩い光線が差してくる。

 風が通るのか、チロチロと顔に当たる光で、小真希は目を覚ました。

 暖炉の火が部屋を暖めている。


「お目覚めですかぁ? 」


 間延びした問いかけに、思い切り手足を伸ばして起き上がる。

 ぼんやりしていた頭が動き始め、いろいろと思い出した。


(あーーーめんどくさい所に、来たんだっけ )


『並列思考、自動学習を、開始します。頑張ってください。マスター』


 なんだかんだ面白がっているに、小真希はむくれた。

 今日は家庭教師と初対面の日で、会社の面接を思い出す。

 小心者の小真希は、家庭教師の度合いが気になる。

 

「おはよう、スーザン。寝坊しなくて、関心関心」


 到着の次の日。つまりは昨日の朝。スーザンは寝坊した。

 家政婦長のシシィ・モンゴメリから大目玉を喰らって、一日中へこんでいた。


「  ありがとうございます  お嬢様」


 不自然な仕草で礼をするスーザンの後ろで、伯爵家が用意した小真希の専属侍女ミンツ・モンゴメリが、長々とため息を吐く。


 このは家政婦長シシィ・モンゴメリの娘で、将来は伯爵家シンプソンの家政婦長になると期待されている。

 そのせいか、小真希の専属侍女を言い渡された時、ものすごく恨めしそうな目で、自分の主人小真希を睨んだ。


 自分は次期家政婦長だから、王太子妃が確約されたルイーゼの、専属侍女になると思っていたらしい。それが、平民上がりの田舎者の専属になるなんて、屈辱でしかない。らしい。。

 う〜〜ん……の方向が、違う気がするけど。。


 同僚になったスーザンとふたりきりになった時、田舎のような不潔な場所から来たのねと、鼻高に見下したと聞いている。


 本当はルイーゼの専属だった筈なのに、田舎者の指導ができるのは自分だけだから、変更されたのよ。と、散々当たり散らして、扱き下ろしたそうな。


 小真希さえ来なければ、王太子妃になる筈のルイーゼに、最高の侍女として仕える筈だった。と。。

 許すまじ。。


 文句があるなら家政婦長に言えば良い。小真希を恨むのはお門違いだ。


「あれぇ? ミンツ。具合でも悪い? 疲れたの? に言って、休んでも良いわよぉ」


 初っ端からスーザンのマウントを取って、細々と先輩風を吹かせるわりに、主人小真希に対する態度は不真面目だ。主に家政婦長の目が無いところで。。


「! いえ〜、失礼いたしました〜。おじょうさまぁ」


 初顔合わせから思うけど、ミンツの態度は太々しい。

 今もスーザンの後ろに張り付いて、不満を隠しもしないから、よほど小真希の専属指名がショックだったのだろう。


 本物の伯爵令嬢ルイーゼでなくって、悪かったね。まぁ、そんな事は絶対に忘れてやらない小真希だ。。たぶん。


「よいしょっと 」


 小真希エリンの身体では寝台が高すぎて、ちょっと飛び降りる格好になる。


「おっ お嬢様⁉︎ 何をなさるのですか! 」


 素っ頓狂な声をあげるミンツ。


「え? トイレ 」


 分かりきった事を、いちいち聞いてこないでほしい。まったく。。


「はぁっ⁉︎ い いやいやいやいや 」


 いやいや言いながら着いてくるミンツを無視して、寝室からお着替え室にあるトイレへ飛び込む。


(トイレくらい、ひとりで行けるわよ。もう)


 スッキリさっぱり。機嫌よく出てきた扉の前で、目を釣り上げたミンツが腰に手を当てて待っていた。


「おじょうさま。はベッドを飛び降りて、のように裸足で走ったりは致しません。とくに、では、です。お控えください。はしたない」


 言ってやったぞと意地悪く笑うミンツに、小真希は拍手した。


「へぇぇぇ。ミンツって、詳しいのね。すっごーい」


「はぁっ? わたしが田舎の事なんて、知るわけがないですわ」


 穢らわしい田舎など知らない。と言いたそうなミンツに、コテンと首を傾げてやる。


はベッドを飛び降りて、のように裸足で走ったりはしないんでしょ? とくに、では、だっけ? 都会も田舎も知らなきゃ、比較して注意はできないじゃない。すごいねミンツ。に詳しいんだ」


「い いい 田舎なんて 知るわけないわっ」


 頭に血が上ったのか、大声を出したミンツに後ろを指差してやり、小真希も視線を逸らした。


「は? なんの真似で……」


 ガシッと肩に置かれた手を見て、ミンツの顔色が白くなる。ついでに小真希も、愛想笑いをこぼした。


「おはようございます。みなさん。朝からお健やかなご様子で、感服いたしましたわ。ささ、朝の御用意をなさいませ」


 家政婦長シシィの優しげな笑みに、ゾゾッとなる。


「支度を、お願いしま……お願いね」


 つい丁寧にお願いしそうになって、慌てて言い直す。初対面からずっと、家政婦長に言い直しをさせられた言葉だ。


「はい。みなさん、始めっ」


 ぱんぱんと手を叩く家政婦長に、皆の身体が反応した。


 身繕いを終え、きちんとコルセットを締めて朝の装いに着替える。まだ子供の小真希は、ゆるゆるにコルセットを巻いているが、学院に通うようになったら、芯の入ったソフトコルセットを締める予定だ。


 朝昼夕の食事は、別館の食堂でひとり呑気に頂く。

 マナーを見極めて合格したら、本館に引っ越して家族と食卓について良いと、言い渡された。

 小真希としては、ずっとひとりで別館にいる方が嬉しい。


 朝食の後、学習室に案内される。いよいよと御対面の時間だ。

 ミンツがノックし、穏やかな声が入室を許可する。どんなきつい先生が居るのかと慄いたが、ふんわりとした印象の夫人が待っていた。


「貴方が、コマキィ・シンプソン伯爵家令嬢ですね。わたくしはマグノリア・エバンズ。ミセス・エバンズと、お呼びなさい」


 立ち襟の首元には、古めかしい円花飾りロゼットのブローチ。細身のベストと上着は黒絹の共布で、やや膨らみを持たせたスカートは、艶を抑えた黒の繻子サテン

 全身で未亡人だと主張する、シックな出立いでたちの女性が、そそとして佇んでいた。

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