第83話 お悩み相談受付中

「誰だ、お前は。なんなんだ」


 取り乱して立ち上がったアルノール・モルターの前で、途方に暮れる小真希。

 空中で騒ぐお気楽な精霊が、心から羨ましい。


『マスター、早く。ほら、聞いてください』


 頭の中で響くの弾んだ声に、長いため息が溢れた。

 こうなったら仕方がないと、小真希は素早く切り替える。

 両手を胸の前で握って、気合を入れた。


「あのですねぇ。よかったら、お悩みを解決しますよ」


 どこの詐欺師? 。自分で言って、最高に怪しい勧誘の仕方だ。案の定、アルノール・モルターのびっくり顔が、険しいものに変化する。


「なんだと? 」


 思いっきり、挙動不審者を見る目つきで睨みつけられた小真希は、最終手段の切り札、曖昧な笑顔を発動して、ヘラりと微笑んだ。。

 途端に引き攣った怖い眼差しが、かわいそうな子を見る残念な視線に変わったのは、ある意味、救いだったのかもしれない。


「あのな、子供が首を突っ込んで良い事情ではない……好奇心は、ゴブリンの巣穴で後悔するに同義だ。馬鹿な事を言っていないで、さっさとお家に帰りなさい。怖いおじさんに連れて行かれるぞ? 」


 無理に浮かべたアルノールの笑顔は、ハッとするほど端正だった。

 苦痛に苛まれたしかめ面で、貧相に見えていただけか。。

 子供と思われているなら、そのままで良い。このままグイグイ攻めてみる。


「じゃぁ、わたしみたいな子供に話しても、何を言っているか理解できないのだから、お気楽に喋ればいいのよ。井戸の底に話すのと同じで、ちょっとはスッキリするんじゃない? 」


 大袈裟に身を引いた間抜け面が、クツクツと滲み出した笑いに取って代わる。

 笑いながらも泣き崩れる顔を両手で覆い、微かなすすり泣きが漏れた。やがて深呼吸して上げた面差しは、憑き物が落ちた穏やかさに変わっていた。


「お嬢さんは人外なのか? 私には悪魔の囁きか、女神の慈愛か、判断に困る。だがまぁ、落ちる所まで落ちた私には、どうでも良い事かもしれん」


 石のベンチに並んで座り、呼吸を整えたアルノールは、堰を切ったように話だした。数年前にやらかした、悔恨の出来事を。。


******

 きっかけは数年前。

 この辺り一帯を治めるサザンテイル辺境伯が、年末に開催する夜会だった。

 派閥に属する近辺の全領主を集め、結束を固める意味合いもあるが、教会の慈善事業を援助する為のオークション開催が、夜会の目的でもあった。


 辺境伯城で開かれる「年納めの夜会」を、領主たちは毎年心待ちにしている。

 オークションの品揃えは、安価な物から希少で高価な宝飾品まで多岐に渡った。

 奥方連中が喜びそうな異国の小物や、カットの美しい香水瓶や、絹に刺繍を施した扇子やらの、それほど高くない美しい品々も多い。


「その中に、現領主が喜びそうな、珍しい薬草花の寄せ植えがあったのだ」


 現領主のエドウィン・モルター子爵は、植物に造詣が深い。

 領内に開拓地を抱える子爵は、安価で育て易い薬草の品種改良に力を入れていた。


 開拓地では、わずかな傷も、防ぎようのない病気も、死に直結する。

 高価な錬金薬液ポーションは買えないが、良質な薬さえあれば、助かっていた事案も多い。


 サザンテイル辺境伯の五女を妻に迎えてからは、夫婦揃って、領民に必要な医薬品の改良を盛んに為していた。


「どうしてもを手に入れたくて粘っているうちに、考えられない金額まで値が釣り上がって……引くに引けなくなってしまった」


 競り勝った高揚感より、競り上がった金額に目眩がした。

 自領に帰った後、妻にも家臣にも打ち明けられず、アルノールは私物を売払い資金を作ったが、どうしても金貨三十枚が足りない。


「あの時、気づくべきだった」


 そんなある日。金策に悩むアルノールを訪ねてきたのは、薬草花を競り合った隣り街の領主だ。


「良い金融業者を紹介しよう。意地になってしまった私からの、わずかばかりの謝罪だと、思って欲しい」


 そう言って紹介してくれた両替商は、甥の治める領主街モルターにあった。金融も行っている大手の商会だ。

 早速出向いて交わした借用書には、別段おかしな文章は無く、オークションの代金は無事に支払えた。肩の荷が降りたアルノールは、ホッとひと息ついた。だが。。


「一ヶ月後、利子を支払いに行った先で、借入金が倍になっていたのだ」


 短期借入金の額が、金貨六十枚に膨らんでいた。

 法外の利息だ。


「訴えて裁いてやると言い合いになって、脅されたよ。『交わした契約を反故にした場合、呪いが発動する事を承認すると、書いてあっただろ』と 」


 そんな文章は目にしていないと言い張ったアルノールに、提示された借用書。

 それを見て、言葉を失った。

 自筆の署名の上の段に、『交わした契約を反故にした場合、呪いが発動する事を承認する』と、書かれていたからだ。


「呪いなど馬鹿げていると。ふざけるなと言い捨てて屋敷に帰ったあと。甥が原因不明の熱で倒れたと、領主館から報せが届いたのだ」


 アルノールの領地は、モルター領主街の近郊にある小さな村だ。

 呪いに効くような特産品があるわけでもない、平凡な村。

 甥のモルター子爵の役に立つほど、突出した力など無い。


「わたしには、どうする術もなく。甥の命を繋ごうと思えば、奴の言いなりになるしかなかった。言われるがまま、領主の命とも言える品を、奪われてしまったのだ」


「呪いかぁ。嘘臭いけど、本当だったんだ」


 横で項垂れる男を、なんとか助けてあげようと決心した小真希は、腕を組んで問いかける。


(それで? どうやって助けるか、教えて


 頭上で浮かんでいた精霊が、カクリと墜落しそうになる。


『おまぇ ちょっとくらいは 自分でも考えんかぁー! はぁぁ 』


 精霊のため息とのため息が、見事に重なった。

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