第82話 こんがらがって来ました

 門から玄関までのアプローチは短い。

 小高い樹木を中心に、低木の常緑樹を配した円形の花壇は、玄関扉を隠す役割と、馬車がスムーズに方向転換するための石畳に囲まれていた。


「石畳のドーナツだ」とは、小真希の感想だ。


 こっそり門内に入って振り返れば、門扉の両側に配置された詰所小屋には、人相も体格も凶悪な男たちが暇そうにしている。


 だらけきった態度に呆れるが、見つかれば面倒臭い事になるので、そのままでいてもらおう。ここは気取られないように、こっそり建物に沿って庭へと足を向けた。


(目の前に居ても見えないから、良いけどね)


『こっちだ。早く来い』


 建物に上半身を埋めながら、壁に沿って移動して行く精霊。とっても器用だ。


『おいお前。突き当たりの部屋へ入ったぞ』


「はいはい。アリガトオ」


 丸く張り出した建物の角部屋は、一部がモザイクタイルのテラスになっている。

 こっそり覗くには最適なロケーションだ。


「おぉぉぉ、覗きやすいけど、怖い部屋だわ」


 艶やかでお高そうな飾り棚が、部屋中に乱立している。その上に、ゴテゴテギラギラの壺や皿。果ては意味不明の物体が、びっしりと並んでいた。


 ギンギラの黄金像裸体少女?とか、繊細なピカピカ陶器とか、ちょっとした衝撃で壊れそうな物が大多数を占めている。

 隙間なく物が置かれた棚と棚の通路?は、びっくりするほど狭い。


 小真希なら怖くて通れないような棚の隙間を、領主代行はマントをかき合せて通り抜けた。

 微妙なバランスで置かれた飾り物が、通り過ぎるだけの風圧で揺れる。怖っ。。


(うん。究極の成金収集部屋。ゴミなら汚部屋よね。きっと)


 大きな執務机の上も、値段は高いが、趣味のよろしくない判別不可な置き物で、溢れかえっていた。


「ちゃんと盗んできたか。代行様よぉ」


 尊大な態度で腰掛ける小男が、酷薄な表情で濁声だみごえを上げる。

 見かけは柔和な顔立ちの中で、肉食獣の目が立ち尽くす領主代行を睨みつけた。


「ぁあ。これで、甥には手を出さないでくれ」


 領主代行が懐から出したのは、大粒のダイヤが嵌った指輪だ。

 渡したくない様子で動きを止めた手から、小男がむしり取る。そうしてダイヤを回転させ、台座の裏に掘られた紋章を確認した。


「確かに、領主の印だな。良くやった、褒めてやるぜ。これでお前も、俺たちの仲間だ。立派な犯罪者の出来上がりよ。歓迎するぜぇ、アルノール・モルター男爵よぉ」


 何も言い返せず拳を握るアルノールを前に、小男は大笑いする。


「なんだろ、すっごく、腹が立ってきたんだけど」


 テラスから覗いていた小真希は、自分の事のように腹を立てた。

 この世界には、悪党しか居ないのだろうかとヒートアップする。


『そうかそうか、良いぞお。クハハハハ。楽しくなってきた! 』


 空中回転した精霊が、楽しくてたまらないように笑い転げる下で、小真希も不適な笑みを浮かべた。

 意気消沈したアルノールが部屋を出るのに合わせ、小真希も屋敷の外へ出る。


『どうするんだ。 助けてやるのか? んん? 』


 落ち着きなく弾む精霊に、考え込む小真希。「鉄槌」のメンバーからは、動くなと忠告されている。


「……どうするかなぁ」


 トボトボ歩くアルノールの後を着いて行きながら、珍しく小真希は迷った。

 何かしでかしたら、ソアラにこっ酷く叱られそうで二の足を踏む。決心がつかないうちに、町外れの広場まで来ていた。


 あちこち欠けた石のベンチに、アルノールは崩れ落ちるように腰掛ける。そっと側まで近づいて、小真希はうずくまった。


「こんなはずじゃぁ無かった。どうすれば良いんだ」


 頭を抱えて泣きそうな声を出すアルノールの上を、精霊が旋回している。

 人の不幸が美味しいのかと、追及してみたい。


「一生、あいつらに食われるんだろうか。あいつらを訴えてやりたいけど、わたしは犯罪を犯してしまったんだ。公になれば、処刑されるのはわたしだ。嫌だ、死にたくない。どうすれば良いんだ」


『ほぉぉぉぉ、死にたくないかっ。良いぞぉぉぉ、足掻けぇ、ほれっほれっ』


 だんだん興奮して、収拾がつかなくなってきた精霊に、頭が痛くなる。


「悪趣味。ほんっと、闇堕ちしてないよね? 悪霊じゃないよね。もぅ」


 思わず出した声に反応し、アルノールが飛び上がった。


「ぁ、やばっ」


「おまえ、誰だ! いつからそこにっ」


 認識されてしまえば、技能スキルは解ける。目が合った小真希は、曖昧な笑顔を作った。


「えぇーと、どぉも。初めまして? 」


 大きく目を見開いたアルノールを前に、何から誤魔化そうかと、回らない頭を働かせる。


『マスター。この男、助けましょう。何があったのか、聞いてください。あ、この辺りに、人払いの結界を張りました。さっさと起こった事を聞いてくださいね』


 突然聞こえたの声に、小真希の息が止まった。


『腐っても領主代行です。ミトナイ村のゴタゴタを、解決する糸口になるかもしれませんし、売れる恩は、売れるうちに売っておきましょう。さぁ、ほらほら。いつもの調子です』


 何がいつもの調子だろう。ソアラの怒った顔が、目の前にチラつく。


『何も深く考えないでください。いつもの事ですよ。この男を助けましょう。ほらほら、ダンジョンでもカップルを助けてあげたじゃないですか』


「ええええっ 」


 不信感丸出しのアルノールを前に、小真希の目が途方に暮れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る