第81話 小真希 尾行する 

 食事をしながら思い知ったのは、母娘を掻っ攫って救出して終わりにできる話ではないという事だ。

 素行不良の領兵や横暴執行官に、悪徳臭のする両替商だなんて。。


 人質を取り返してミトナイ村を正常に戻したかっただけなのに、きな臭いものが纏わりついている。


「お前ら領兵に顔が割れてるよな。追放刑にしたはずの罪人が、無闇に領主街をウロウロするな。聞き込みなら、俺らがしてやる。なんせ、お前らは命の恩人だ。遠慮するなよ」


 両替商はカートが、母娘の安全はジーンが、領兵の探りはトロンが当たる。

 ミグリーダーは街の様子を見るそうだ。その上でミトナイ組は、この宿から出るなと釘を刺された。

 何か言いたそうだったホアンたちも、黙るしかない。


 解散して寝床に潜り込んだ小真希は、お腹いっぱいの幸せに包まれて寝落ちした。

 目が覚めたら昼近くで、食堂はランチの時間だ。


 昨夜と同じ窓際の小カウンターに座って、曇り空を眺める。

 風はないようで、寒い中でも道ゆく人の足取りは緩い。


 運ばれてきた昼食がシチューなのは、寒い地方のお約束だなと思う。

 熱いチーズが溶けてじゃがいもに絡んだのを、木のスプーンで掬う。

 のびのびチーズと、ホクホクもっちりのじゃがいもがたまらない。


「とろとろ おいし〜」


 干し葡萄を練り込んだ薄切りパンをかじる。それがチーズの塩気を緩和して、また熱々シチューをスプーンで掬った。

 塩味と甘めのパンの連鎖が止まらない。


『分かっておるのか。ワシを放ったらかしにして、何か言う事はないのか』


「ん? 」


 突然空中に現れて顔を覗き込んだ精霊に、小真希は首を傾げた。


『忍び込んだ映像をよこせと言ったのに、グースカ寝ていたのは、何処の誰かと聞いておる』


 やっと思い出して頷く小真希に、精霊は口をへの字に曲げた。

 

「あー  ごめん。すっかり忘れてたわ」


『ぬわぁ! 軽すぎて、わしショック! それで謝っとるつもりかっ』


 胸に何かが刺さったのか? 派手な精霊の反応に吹き出しそうな小真希だ。確かに、忍び込んだ映像を送ってと頼んでいた。


「いやぁ、ごめんってば。ほんとごめん。ごめんなさい」


『全くもぅ、お前と言う奴は。 はぁ もう良いわ。わし疲れたぞ』


 平謝りする小真希に、精霊が空中で不貞寝ふてねした。明らかに、拗ねているのが丸わかりだ。


「ごめんね。お腹いっぱいで寝落ちしたよ」


『ふん。赤子か、お前は』


 そっぽを向いて耳をほじくる精霊に、小真希は重ねて苦笑する。


「それで? 何か変わった事でもあったの? 」


 剥れたまま寝転んでいる精霊が、ホワリと欠伸をした。


『むぅ。人というのは、ややこしいな。何食わぬ顔で物をくせに、屋敷中の人間から頼りにされておる。分からんものじゃ』


「え? なんの事よ」


 突飛な話に首を傾げるが、熱いうちに食べてしまおうと食事を再開する。


『調子よく周りの人間にチヤホヤする男がな、あちこち忍び込んでは、金目の物をくすねておる。ほれ、お前も金や宝石は好きじゃろ。その男も、好きなんじゃろな』


「それって、泥棒じゃん。なんで捕まらないの」


 シチュー皿をこそげて、固まりかけのチーズを集める。最後のひと掬いは香ばしさが格別だと、口に放り込んで頬を押さえた。

 もぐもぐしながら感じたのは、警戒の緩すぎる領主館の警備体制だ。

 賊の侵入にも気づかないなんて事、本当にあるのだなと。。


『なんで捕まらんのかのぉ……ダイコウサマとか、呼ばれておった』 


「ダイコウサマ? ……えっ。もしかして代行さま? って、領主代行とか? 」


 興味を持ったらしい小真希に、精霊が良い笑顔になる。


『よう分からんが、あいつだな』


 身体を起こして精霊が指差したのは、窓の外を通り過ぎる人影だった。

 フードを被って、挙動不審にキョロキョロしながら歩いている男。


「なんか、とっても貧相だよね。あれが代行? 」


 突風で捲れ上がったヨレヨレのフードの下から、不健康に痩せた顔が出てきた。

 お世辞にも、お偉いさんのオーラは無い。


「ここでは偉い人も歩くのかぁ。って、なんか気になるわ」


『ぐふふ。着いて行くか? お前は認識阻害すれば良い』


 ワクワクし出した精霊に、小真希も浮かれる。


「なぁんか、悪いことしてたりして。ふふっ」


『だなぁ ぁははは クックック  行ってみるか』


 収納ストレージから外套を取り出した小真希は、そそくさと宿の玄関へ小走る。

 食堂の扉を抜ける瞬間に、認識阻害を発動。ちょうど人気のない扉から、するりと大通りへ飛び出した。


「この寒いのに、何処へ行くんだろうね」


 いくぶん背中を丸めた男の後を、一定の距離で尾行し始める。簡単なお仕事だ。

 大通りからふたつ三つ路地を入った辺りで、建物の雰囲気が変化した。

 小さいながらも庭付きの一軒家が増えてくる。


「なんか、ここら辺はお金持ちの家みたいね」


 小市民の小真希の感覚から、高級住宅街を連想した。

 領主代行?が向かう方向には、豪華で派手派手しい建物がある。


「うぅぅ どぎつくて浮いてる。手作りプリンの中に、着色料山盛りのプリンアラモードが混じってる感じ? 」


『わけの分からん感想など、いらんわ! 何処の言葉じゃ、紛らわしい』


 尾行している領主代行はオドオドと周りを見回したあと、項垂れた様子で、豪華派手派手屋敷の門を潜った。


『行ってみるかのぉ』


「もちろん。行ってみるわよ」


 門番が居ないのをこれ幸いと、精霊を引き連れた小真希は、ド派手な形状の門扉を潜って敷地内へ侵入した。

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