第80話 金貸しにはご用心
「あ、こっちの方が、いい宿ね」
半ば強制的に宿を移された小真希が、開口一番に放った言葉だ。
「宿代を持ってくれるって、嘘じゃ無いよね? こっちからは払わないからね」
「……なんで世話になる方が、偉そうなんだか。ねぇ、あんたら保護者だよね」
宿までみんなを引っ張ってきた
「一応そんな形ですが、手に負えないというか」
「無敵は野生児だからな。俺ら、魔獣使いじゃないし」
横から無自覚で余計な事を言うリムの肩を、気遣わしげにウェドが突つく。
「リム。それを言ったら、人生終わるよ? 睨まれてるの、自覚ある? 」
リムを諌めながら小真希を盗み見るウェドだが、明らかに面白がっている顔だ。
「ほれ、睨むな。小娘が、みっともない」
ヒョイっとミズリィに掴みあげられ、子猫になる小真希。脱力は条件反射か。
「だぁかぁらぁ〜 気安く乙女の頭を、あんたが掴むなってば」
身長差でプラりと揺れる小真希。絶妙な掴み加減を習得したのか、痛く無い模様だ。
ミズリィの脛を蹴ろうとして、またもやプラリと揺れる。
「面白いやつ。ほら部屋の鍵だ。しばらく大人しくしてくれ」
ジーンが渡してきた鍵は三つ。
ミズリィから逃げ出した小真希が、一番に手を突き出した。
鍵に付いた木札を確かめてから、ジーンが手渡す。
折り返しの階段を登り切ると、左右へ続く廊下の両側に扉が並んでいた。
左へ進んだ突き当たりの角部屋を、ウェドとリムが。真ん中の部屋を小真希。その隣りがホアンとミズリィの部屋だ。
「夕食は、一階の食堂で一緒に。情報の共有? ってことで」
案内がてら上がってきたジーンは、軽く片手を上げ、階段より反対方向へ歩み去った。
「夕食まで中途半端よね。まぁいいか。ちょっと休むわ」
うるさく頭上を旋回する精霊に、うんざり気味の小真希は部屋に引っ込んだ。
結界と遮音を重ねがけして、なおかつ外の音は聞こえるように調整する。
「んで? どうしたの? 」
ちょっと煩わしさを滲ませて、腕を組む小真希。
精霊は気にした風もなく、空中であぐらを組んだ。
『あの女。領主の屋敷に出入りしているぞ。おまけに、寝込んでいる領主に回復魔法を掛けておる。悪人のくせに、よく分からん奴じゃ』
「ん? 何それ。悪者のくせに、人助け? なんでよ」
人質の見張りをするくらいだから、小真希の中で、女は極悪人認定されている。
『知らん。そのくらい自分で見よ。面倒くさがるで無い』
しれっと言い捨てる精霊に、こめかみがプツンと音を立てた。
「えぇぇ! もうぅぅう、いっつも面倒くさいって言うの、そっちじゃない」
『当たり前じゃ、めんどくさい』
「酷ぉお」
思わず叫んだ後で、結界と遮音をしていて良かったと、小真希は心底思った。
誰かに聞かれたら後で何を言われるか。。
『今夜、行ってみんか? お前の認識阻害なら、楽々忍び込めるぞ。なんぞ面白いものでも、転がっているかもなぁ。ぁはっ くははは クカカッカカ』
「ほんと、悪霊っぽいよ……でも、見たいかも 」
家宅侵入は、犯罪。でもっ と、小真希の好奇心が正当性を主張する。
「じゃぁ、よろしくね。映像 送ってくれるの、楽しみにしとくわ」
ノリノリで小真希と行く気満々だった精霊が、ぴたりと動きを止めた。
『なんじゃ? 一緒に行かんのか? 』
「うん! んじゃ、晩御飯に行ってくるから、よろしくぅ」
バタバタと出てゆく小真希を見送って、固まったままの精霊は、しばらくボバリングしたまま放心していた。
******
弾むような足取りで、一階まで降りた小真希。夕食の時間まで中途半端な待ち時間を、
昨日泊まった宿には無かったスペースだ。
小さな硝子が嵌まった格子戸から、風に流される雪が見える。
街灯のない石畳は薄闇に包まれ、窓から漏れる光の範囲を、斜めに落ちる雪が過ぎる。
「お腹すいた。みんな早く来ないかな」
テーブル席がポツポツ埋まり始めて、美味しそうな食事が運ばれていた。
透明なスープに、ゴロゴロ入った野菜とベーコンの塊。トマトベースらしき
「ぅぅぅ 食べたい」
次々入ってくる客で、テーブルが埋まってゆく。
もうすぐ満席かと心配になり始めた頃。ようやくジーン以外の「鉄槌」のメンバーと、ミトナイ男組が食堂に入ってきた。
「待たせたな、嬢ちゃん。こっちだ」
調度品は、でかいテーブルと椅子だけ。それでも個室は高いと思う。
「まぁ座ってくれ。いろいろ仕込んできたからな」
最初に座ったミグが声を上げ、それぞれが席につく。
カートの隣りが空いていて、リムが座った。小真希はウェドとミズリィの間だ。
「ミグさん。ジーンさんはいないの? 」
「気にすんな。あいつは見張りだ」
小真希が座ると同時に、てんこ盛りの大皿料理が、テーブルの真ん中、縦一列に並んだ。大皿には、今日のメニューが全種類。
五枚ほど重ねた小皿も、各自の前にセッティングされる。
部屋の四隅に置かれたカートに、小樽のワインと火にかけた薬缶。
「よし、好きなだけ食って、飲んでくれ」
配膳した店員が部屋を出たタイミングで、
もちろん小真希が一番に手を伸ばしたのは、香ばしく焼き上げた骨付き肉だ。
「うっまぁ」
小真希と同時に食いついて、嬉しそうなリム。
ふたりは周りの生暖かい視線に、全く気づいていない。
「母娘に異常はない。外から鍵を掛けて、見張りの女が出ていった。今は、交代したジーンが見守ってる」
木のジョッキでホットワインを一気飲みしたトロンが、寒さを落とすように身震いした。
「ミトナイ村に出向した執行官は、評判が悪いね。金で刑罰の重さが変わるってさ。なぁんかさ、黒い噂のある両替商と、仲が良いんだと 」
熱々の燻製肉を切り分け、カートが顔を顰めた。軽い男のカートに似合わない仕草だ。
「領兵の中に、胡散臭い部隊がいるらしい」
木のジョッキを両手で抱えたミグが、片眉だけ上げてニマリと笑む。
食事を味わう雰囲気ではなくなってきて、落ち着かないミトナイ男組。
気にせず食べ続けているのは、小真希だけだ。ある意味、大物? 。
「本当に正規兵なのかと、これも噂になっている。きな臭くって、おもしろい」
ミグの笑顔に、黒くて怖いものが湧き出していた。
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