第161話 間話 蚊帳の外では

 小真希の冬季休暇が目前に迫った、ある日。

 サザンテイル辺境伯領に隣接したオークランド辺境伯領の五男が、王都邸タウンハウスに訪ねてきた。


 サザンテイル辺境領がジン皇国と国境を接するように、オークランド辺境領はノルデン王国と国境を接している。

 隣同士であり、互いに他国との国境を守る領主同士でもあるため、盟友を深め助け合ってきた。


 対面するミカエル・オークランドは、王都で頭角を現した冒険者「鉄槌」のリーダーでもある。

 通り名を「爆進のミグ」と言い、評判も良い。


「お久しぶりです。サザンテイル辺境伯閣下。辺境伯夫人」


 エントランスへ迎えに出た辺境伯に、闊達な挨拶をするミカエルと、満面の笑みで答える辺境伯アーロン

 次に、隣りで微笑むキャロリーヌの手を取り、ミカエルは息が掛かるくらいに口付ける。尊敬する貴婦人への正式な礼だ。


 サザンテイル辺境伯家の三女ラスティナは、オークランド辺境伯家の三男に嫁いでいる。

 ミカエルは娘ラスティナの義理弟だ。


 穏やかに挨拶を交わした後、辺境伯は表情を無にして一瞬目を閉じた。なぜかミカエルに付いてきた、魔塔の主。

 無言の帰れ攻撃を前面に押し出し、辺境伯は渋い顔で向かい合った。


「訪問の先触れはありませんが、師匠は、何かご用で? 」


 魔塔の主は、辺境伯アーロンにとって学院時代の恩師だ。


「久しぶりだな辺境伯。俺に先触れを出せなんて、面倒臭い事を言うな。ミカエルとは、門の前で出会った。実はな、あんたの娘について、ちょっと聞きたい事があって来たが、このメンツでなんの話だ? 」


 猫をも殺しそうな勢いで、好奇心満々な魔塔の主である。


「面白そうな予感がする。一枚噛ませてもらうからな。ところで、あんたの養女はどこで拾った? あれは人じゃないだろ」


 まったく周りへの配慮もなく、場所柄もわきまえず、夫人の逆鱗を蹴った魔塔の主。

 辺境伯とミカエルは、内心で飛び上がった。


「ほほっ。我が家の玄関先で、勇気ある質問をなさいますのね」


 寒いがそれほど気にならなかった外気温が、急に冷え込む。

 口を噤んだ魔塔の主は、誤魔化すように咳き込んだ。


「可愛い娘ですよ、師匠。失礼にも娘を化け物扱いですか? 」


 妻が爆発する前に、慌てた辺境伯アーロンが口を挟んだ。

 ミカエルは、そっと魔塔の主から一歩の距離を空ける。


「違うのかい? あれは人では収まらない魔力量だ。それとも古代のエンシェントエルフだとでも? 」


 持っていた夫人の扇子が、もう一方の手のひらでピシリと音を立てた。


「エンシェントエルフとは、褒めていただけて光栄ですわ。でも、わたくしの娘に、のかしら? それともわたくしに、のかしら? ? 」


 おそらく、まだブチギレてはいない。

 貴族の慣習で言葉を包む部分はストレートだが、感情の暴発はしていない。たぶん。。

 に向ける微笑みが、絶対零度以下であってもだ。


「とんでもないレディ。。褒め言葉に決まっている」


 学院生時代に呼ばれていたキャロリーヌの愛称を、魔塔の主が言い訳に使った。

 慌てて機嫌をとるなら、初めから言葉を選べと、他の男ふたりは内心で唸っていたりする。。


「まぁ、よろしいでしょう。お気をつけて下さいまし。そもそも、ここでの話題ではございません。どうぞ、お入りになって」


 そっけなく背を向けて、エントランスを戻り始めたキャロリーヌの後ろで、見交わした三人は無言で牽制しあった。


 通された接客室で、改めて向かい合う。

 魔塔の主は借りて来た猫状態で、出された紅茶を味わっている。

 人払いしてすぐに、ミカエルは用件に入った。


「ノルデンのエルクス第七皇子が、オークランドの国境を越えたあと、入れ違うように銀羽のキーマが国境を越えて来ました」


 モルター領での騒動で、キーマは賞金首になっている。だが、あまりにも戦闘力があるため、捕縛に手こずっていると、ミカエルは苦々しく言葉を継いだ。


「エルクス第七皇子が賞金首のキーマと接触した事実は、確認しています。そのキーマが、ノルデンからオークランドに向かったと報告がありました。オークランド領を通過したキーマを追跡したのですが、追っていた配下が全滅し、行方が掴めません。推測ですが、サザンテイル辺境伯領に向かったと思われるのです」


 バードック神星王国の王都には、キーマが秘匿する財があると、不確かな情報も上がっている。


 王都へ向かう途中の街や村、小領に警戒を促して欲しいと、ミカエルは要請した。

 キーマが再びバードック神星王国内で活動するつもりなら、今度こそ捕縛して処罰したいと。。


「キーマか。あいつはまだ生きているのか。エルフの里でやらかして、逃亡したと聞いている。よくまぁ、追跡を躱せるものだ」


 里内で罪を犯し、逃亡し続けるのは難しいと、魔塔の主は口を挟んだ。

 手練れの追跡者から逃れ切る者は、まずいないと言う。


そちらエルフの里で捕縛してくれれば、手間と被害は省けたのに……まったく迷惑な話です。教授」


 多くの配下を失ったと、ミカエルは愚痴をこぼした。ちなみにミカエルの魔術指導も、魔塔の主だったりする。

 確かミカエルの曽祖父の祖父も、魔術指導教授は魔塔の主だ。


「ノルト村奪還時に逃走したキーマは、モルター子爵の領地に意趣返しする可能性があります。パレイでも目撃情報が上がっていますので、ミトナイ村経由で王都へ向かうかも知れません。何を企むかは分かりませんので、注意していただきたい」


 関わった「鉄槌」メンバーは、王都からモルター領主街を経由し、ミトナイ村に移動して、キーマ捕縛に尽力する旨を、サザンテイル辺境伯に申し入れた。


「おい、俺も混ぜろ。幸い冬季休暇だ。暇つぶしがしたい」


 興味津々。乗り出す勢いで魔塔の主は手を上げた。


「師匠。遊びじゃないんですがね」


 やれやれと言った様子で、辺境伯アーロンは肩をすくめる。


「お前のところの犬が嗅ぎ回ってる件だが、俺に隠し事をするな。目障りでも、学院での行動は見逃してやっているんだぞ」


 小真希の身辺で、妙な動きをする学院生がいる。

 念のためにと辺境伯家の密偵を潜らせたが、魔塔の主は気づいていたようだ。


「対キーマ戦に、先生魔塔の主の助力は必要だと思いますが。辺境伯閣下は、いかがお思いですか? 」


 キーマに関わったオークランドの密偵が、かなりの数で殲滅されている。戦力強化したいミカエルにとって、魔塔の主の介入は歓迎なのだろう。


「何が目的か不明ですが、これ以上は野放しにできません」


 オークランドの手勢をこれ以上は減らせないと、ミカエルは助力を乞うた。


「そうだな。……エルクス皇子の狙いは、大方わかっているから、キーマがどう動くのか予測は立つ」


 サザンテイルでも、密偵の多くがキーマに潰されている。

 情報の共有は必須だ。


「情報の共有は、お願いできますか? 」


 ミカエルの要請には応えたいのだがと、辺境伯アーロンは言葉を濁す。


 ここで聖教会とアレクシア王女、エルクス皇子の関わりを話せば、必然的に勇者召喚まで話す事になる。

 ここに来て辺境伯アーロンは、小真希の個人的な事情を慮った。


 知る者が少なければ少ないほど、小真希の安全は保証されるのだが、事は一国を揺るがす大事だ。


「個人的に繊細な問題だ。情報開示は、慎重に行いたい」


「我らオークランドの精鋭が、虚仮にされました。このままでは面子が立ちませんし、殉職した者に報いてやれません。もしもキーマを捕縛して処罰できるなら、情報開示を要求します」


「人ひとりの人生を、犠牲にするかも知れないと言っても? 」


「これからも増えるだろう多くの命には、代えられません」


 喰らい付くミカエルに、続く言葉が途切れた。


「あなた。本人の意思を確かめてみれば? 案外に大丈夫かもしれないわ」


 何を思ってか声を上げたキャロリーヌに、アーロンは眉間の皺を深くする。


「だがっ……わかった。私から話してみよう」


「無理を通し、申し訳ありません。よろしくお願いします」


 いつになく歯切れの悪い辺境伯に、ミカエルは頭を下げながら不可解な様子を見せた。


「俺の質問も忘れるなよ」


 まったく空気も雰囲気も読まない魔塔の主に、夫人キャロリーヌの足元がピキリと凍りつき、辺境伯アーロンが飛び上がって叫んだ。


「ひつこいですね。師匠は逆鱗に触れるどころか踏み抜いたの、分かっていますか? 私の立場も配慮して下さいよ。まったくもぅ、仕方ない、分かりましたよ。本人の意思次第ですからね」

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2025年1月10日 08:00 毎週 金曜日 08:00

やり直し人生の代役は、ぼちぼち生きる事で良いですか? 桜泉 @ousenn

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