第160話 間話 ただの生存報告なのですが……欲望は 尽きないようで

 小包と手紙を受け取ったレーンの馬車が、坂道を降ってゆく。

 見送るミズリィたちは、それぞれに複雑な表情をしていた。


「もし違っていたら、レーンさんを巻き込むのは、心苦しいですね」


 とりわけウェドの顔色は冴えない。

 横目で伺っていたリムが、肩をすくめた。


「接点のない連絡要員は、レーンさんしかいないだろ。仕方ないじゃないか。それより、乳兄弟カルスを信じろよ、ウェド。俺たちを裏切ったのは、乳兄弟カルスじゃない。むしろ、お前の婚約者リーリアナが怪しいと思う」


「いえ、婚約者リーリアナの父親だと思いますよ。宰相であっても権力のある貴族に弱いですし、こう言ってはなんですが、金銭に執着もありました」


 以前より歯に衣を着せなくなったホアンが、ささやいた。


「何にしても、まんまと嵌められた自分の甘さが悔しい」


 皇城から逃亡せざる得なかった日を思ってか、ミズリィの後悔はひとしおだ。


「僕は、玉座なんていらないのに」


 幼い頃ウェドは、第二皇子に可愛がってもらった記憶がある。

 気の弱そうな、いつも儚げに微笑んでいた皇子。


「年上で第二皇子。複雑だっただろう。同情はせんが」


 切って捨てるミズリィの言葉は、怒りを含んでいた。


「それにしても、忙しない思いをしました」


 遡ること数ヶ月前。

 ギルドの酒場に訪ねて来た「鉄槌」のミグから、ジン皇国の噂話を聞かされた。


 前皇太子が崩御し、第二皇子が皇太子に選定された事。

 現皇王は病を得て、実質まつりごとは第二皇子の派閥が、良いように取り仕切っている事。

 おまけに、ジン皇国の情報屋を紹介してきた。


「あんたたちには、必要かと思ってな。いやいや、詮索はしない。先日の件で、あんたたちの助力には感謝してるんだ。礼の一部と思ってくれ」


 こっちの内情をすべて握っている様子に、何も言い返せない。


「腕の立つ奴だから、存分に使うといい。必要なら協力する」


 後日繋ぎを取ってきた男は、情報屋のクリスと名乗った。

 全大陸に店舗を持つ、ダリアン商会専属の情報屋だ。

 挨拶の代わりにと、ウェドの幼馴染カルスの所在を提供した。


「旦那。やばい調査だったよ。情報料金は弾んでもらってるから、文句は言わないがね」


 平凡で、どこにでも居るような男だが、合わせた眼光に冷や汗が出る。ただの情報屋とも思えない。

 

「下町の雑貨屋にしては、貴族らしき者の出入りがある。おまけに監視されている節もある。俺が行くのは、やばいね。俺は目を付けられるわけには行かないんだ」


 万が一ダリアン商会が関与したとなると、皇国から追放命令が出るかもしれないと言う。そこまで国内は荒れ、緊迫しているようだ。


「なんか仕事があるなら、いつでも言ってくれ。こっちもネタは仕入れたい。ただし、そっちに深入りはできないが」


 笑いながら言い切れる厚顔に、ホアンは舌を巻いた。


******絡まる思惑 「アレクシア王女」

「腹立たしいったらないわ」


 アレクシアは、母の機嫌伺いを終えて出てゆく男の背中を、思い切りねめつけていた。


 ノルデン王国第七皇子エルクス。

 ぬめった蛇のような風貌の、アレクシアの伯父。

 側に寄ると死臭がするようで、嫌悪感に鳥肌が立つ男だ。


「召喚の立ち合いをしたいなんて、横取りでもする気かしらね」


 改めて言葉にし、ストンと腑に落ちた。


「なんて事。きっとそうよ。いえ、初めからその気だった? 」


 何が何でも召喚神殿の所在地は、秘匿せねば。。

 大事な駒になる勇者を、横取りなんてさせない。


「聖女の心を奪う素敵な勇者を、何としても召喚してみせる。彼の傍から引き離せるまで、何度でも召喚してやるわ」


 両手を握りしめ、醜く顔を歪める姿に、一国の王女の品格は、霧散していた。


******思惑 「反教皇派枢機卿ヴェルランツェ」

「生贄は揃った。早く次の勇者を召喚すれば良い」


 枢機卿は、聖女もろとも教皇を排除したい。

 王女が召喚した勇者に教皇と聖女を殺害させ、罪は召喚を行なった王女になすりつける。


 王女アレクシアを唆して教皇弑虐を企てたのは、サー・ガイツ。

 罪人勇者を亡命させるノルデン王国第七皇子エルクス。


 あとは使い勝手の良い、勇者を揃えるだけだ。そうすれば、役者は揃う。完璧だ。


「聖教会のすべては、位階一位の枢機卿であるワシのもの。何故に、嘴の黄色い小僧教皇が自由に使うのか。下民どもなど、捨て置けば良いのだ」


 己の推す傀儡の教皇を立て、権力財力のすべてを、手の内に握りたい。

 満ち足りれば満ち足りるほど、欲望は限りなかった。


******思惑 「ノルデン王国第七皇子』

 帰国の途に着いたエルクスは、ノルデン王国の国境を越え、王城手前のサロンに居た。

 主に下級貴族が利用する、紳士クラブの類だ。


「お前に依頼だ。達成すれば、前から欲しがっていた国宝をやろう。確か、精霊のの指輪だったか」


 こぢんまりした個室でエルクスが対峙するのは、いつかの戦闘でバードック神星王国から逃げ出した、銀羽のキーマだった。


「依頼の内容は、なんだ」


 どこまでも仏頂面のキーマに、エルクスは鷹揚に見えるよう、ゆったりと背もたれに身を任せる。


「バードック神星王国で行う勇者召喚の神殿を、突き止めろ」


 エルクスとしては、次に召喚される勇者が利用できる者なら、横取りして自分以外のノルデン王族を殲滅させたい思惑がある。


「報酬は精霊のの指輪だ。間違いないな? 」


「分かっている。精霊のの指輪をくれてやる」


「承知した。違えるなよ、皇子」


「もちろんだ」


******思惑 「銀羽のキーマ」=追われるエルフ=

 キーマはノルデン王国の宝物庫にある、籠の指輪が欲しい。

 このところ常に痛む胸を、鷲掴んで吐息する。


「あと少しの我慢だ。精霊のの指輪さえ手にできれば、この痛みも消える」


 百年近く前。

 キーマはエルフの里にある氷結の祠で、囚われたまま眠る氷の精霊を、身の内に移した。

 エルフの里にとって、許し難い禁忌を犯し、逃亡した。


 あの冬の戦闘までは、身体に変化はなかった。

 無尽蔵に発動できる氷魔法で、無敵だった。それなのに。。


 モルター領のチンケな田舎町での戦闘は、身の内で眠っていた精霊を呼び覚ました。

 意識のないまま戦っていたキーマ。

 顔に衝撃を受けて目覚めれば、徹底的に避けて来た吹雪の只中だった。


 雪の舞う場所では、胸が疼いて苦しいと気付いてからは、絶対に暖かな場所からは離れなかったのに。。


『・・・・』


 まさか吹雪く雪から呼ぶ声に、囚われの精霊が目覚めたのか?

 精霊の鼓動が、キーマを苛む。

 吹雪の呼びかけに、激しく鳴動する。


「くるなっ くるなぁ!! 」


 身の内から殺される。一目散に逃亡した。

 気づけば、ノルデン王国で行き倒れていたキーマ。

 気まぐれに拾ったノルデンの第七皇子と、つるむ仲になっていた。


 様々な話しをする内に、精霊の籠の指輪が、ノルデン王国の宝物庫にあると突き止めた。だが、宝物庫は王族の血筋にしか開けられない。

 業腹だが、指輪を手に入れるまで、皇子は生かしておこう。。


「やっと俺にも、運が回ってきやがった」

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