第159話 ちょっと 火種?

 放物線を描いて飛んで行った騎士のうち、半数くらいがクルリと回転して立ち上がる。

 成功した喜びに雄叫びを上げながら、嬉々として再び組みついて行くものの、次は地面を転がって悔しそうに拳を握った。


 痛みや浮遊の恐怖を克服して耐性をつけ、格段に強くなった第三騎士団の新兵たち。

 威圧に慣れ、相手から視線を離さなくなっただけで、攻守ともに身体が動く。


 投げられ続ければ、上手に受け身が取れるようにもなる。

 重装備の鎧に新兵も、重量級の鎧を軽々とようになっていた。


 目に見えて力をつける兵に、第三騎士団団長はニマリと相好を崩し、魔獣討伐で死者が減るだろうと胸を撫で下ろす。


 週末が来て、それらの成果をもたらしたは、辺境伯家の王都邸タウンハウスに居た。


 恒例の辺境伯家で行われる訓練場では、が、さらに人外と切磋琢磨し、磨きに磨きをかけて魔王も追い越す勢いで、を伸ばしていた。


「楽し〜いぃ! 」とは、小真希。


「もう一回! 行〜きまーす」とは、ノリノリのリノ。


「くっ……」


 リノの斬撃を双刀二本ダガーで弾き、重い蹴りをスレスレで躱した途端、足腰が立たなくなった庭師兼庭園管理長リロイ


「ま まだ ま だ …ぁたた」


 小真希に蹴り飛ばされ、受け身は取ったものの回転が止まらず、植木に激突して立てない執事長セドラ


「来い! 小童こわっぱどもっ! 」


 戦闘不能になったふたりリロイとセドラを庇い、前に出て大盾を構える家宰アルバン


「ヒャッホォー」


「キャァァァー、いっくよぉ〜」


 リノと小真希が揃って跳躍した。


「「キ〜〜ック!! 」」


 いつもの休憩場所で辺境伯アーロンと夫人が、休憩さぼりをしていた。

 朝からリノを連れて、乗馬訓練に帰ってきた筈の小真希が、なぜだか戦闘訓練をしていると聞き、様子を監視……見守るためだ。


「なかなか、やりおるわい……はぁ」


「あなた、いい加減に止めてあげては如何です? 家宰アルバンは腰に来ているようですが」


「うむ」


「うむって、もしかして日頃の鬱憤、晴らしていますの? あなた。限界ですよ、家宰アルバンは」


 それでも「うむ」としか言わない辺境伯を、キャロリーヌは苦笑で見逃した。


「お嬢様〜、リノさーん。美味しいお菓子をご用意しました〜。お茶に致しましょうー! 」


 空気を読んでさすがと言うか、本当のところは定かでないスーザンの呼びかけに、小真希とリノは訓練を止めて飛んできた。


「わぁ、ありがと、スーザン。リノ、休憩しましょ」


「はーい。あぁ、楽しいね。コマキィ嬢」


 寒いけれど、まずは冷たい香草茶を飲み下し、小真希はテーブルを見渡す。

 いくつも並んだお菓子を、片っ端から皿に盛るようスーザンに言いつけた。


「次は乗馬の練習よ」


 クッキーを摘んでいるリノに、栗のケーキモンブランも差し出した。


「うん。頑張る」


 初めは馬の巨体に怯んでいたリノも、温和な牝馬に懐かれて、乗馬の楽しさを覚えた。


「辺境まで一緒に行ける許可が出て、よかったわ」


 リノの両親も、冬季休暇に辺境へ行く許可を出してくれた。

 将来の職が騎士見習いか、領政に加わる文官かは分からないが、後学のためだと納得したらしい。


「僕も。楽しみだな」


「ついでにダンジョンも、行けるといいな〜。お父さま〜〜」


 不意打ちのおねだりに、辺境伯アーロンが片眉を上げる。

 傍に座る夫人が頷いたので、目線は上向いて短い息を吐く。


「……護衛は、つけるからな」


「行ってもいいのですか? 」


 棒読みに近い小真希の声から、あらかじめ許可が出ると分かっていて、伺いを立てた気配がする。


「禁止しても勝手に行くだろうに。ならば護衛をつけて許可する方が、気分的に楽だ」


「ありがとう、お父様。うふ。手紙出しておいて、よかったぁ」


 レーンに手紙を預けた時から、何がなんでもミトナイ村に行くのだと、小真希は決めていた。

 反対されても、リノを連れて走り出すと堅い決心で。。


「事後承諾か……はぁ、頭も痛いが、胃も痛い」


「コマキィの気持ちも、分からなくはないわ。よく効く胃薬を、探させましょう。頑張ってくださいましね、あなた」


 ギチギチに小真希を囲い込むのは無理だと、夫人キャロリーヌは思っている。

 そんな事をしなくとも、情には情を。好意には好意を返す。善良な間柄で居れば良いと。。


 お茶もそこそこに馬場へ駆け出す子供ふたり小真希とリノを、方や気難しく、もうひとりは微笑ましく見送った。


******

 王都はまだ晩秋の半ばだが、辺境は寒風が吹き荒んでいた。

 今年に入って二度目の訪問となるミトナイ村の道を、レーンは錬金薬局へ向かっている。

 ここで何らかの商いをした後、国境の街パレイで越冬する。


 前の冬に遭遇したミトナイ村と領主街の騒動は、レーンにとって感慨深い思い出だ。

 あの頃と比べれば、現在のミトナイ村は平和そのものだった。


「もうすぐ、ミトナイ街になるんだが。見違えるな」


 田舎の鄙びた村が、整備の整った街の様相を呈していた。

 すっかり補修の済んだ錬金薬局は、新築同然の佇まいをしている。

 愛らしいドアベルを鳴らし、レーンは店の中へ足を踏み入れた。

 

「コマキィからの手紙ですって? あの子、元気にやっていましたか? 」


 溌剌とした若い店主ソアラが、レーンを迎える。


「大変お元気で、可愛らしい貴族令嬢になられていましたよ」


「あの子が貴族の令嬢だなんて、信じられないわ」


 カウンターの椅子をすすめられ、腰を落ち着けたレーンの前に、手作りの焼き菓子と、これまた手作りの薬草茶が置かれた。

 ほんわりとした香りが、熱い湯気に乗って鼻腔をくすぐる。


「お手紙を預かってまいりました。二日ほどミトナイ村でお世話になって、この冬はパレイで過ごします。なので、お返事をお預かりできませんが、あと一回は、パレイからこちらにお伺いいたしますので、ご注文があれば承ります」


 事のほか小真希を気遣っていたソアラだ。領主の命令とは言え、思うところはあるだろう。


「いいのよ、元気だと分かれば。そうね。ポーション瓶を百ほどお願いできるかしら。ダンジョンで怪我をする探索者が増えているの。そうそう。レーンさんは、ダンジョン街にも寄るの? 」


「はい、夕方には。は、そちらですね」


「ええ、人が増えて少し治安がね。レーンさんも気をつけて」


「ありがとうございます。では冬までに、もう一度伺います」


「はい。よろしくお願いします」


 夕方まで商いをして、ミトナイ村を出る。

 ダンジョンに向かう道筋の森があったところは、開拓されて新しい村になっていた。


 まだ名前の付いていないこの村に、マリウスとケイロンが暮らしている。

 今年開墾された畑では、冬野菜の最後の収穫が終わったところだった。


「お久しぶりレーンさん」


「せいが出ますな、おふたりとも。今年はパレイにおりますので、もう一回はこちらに伺います」


 剣士になると言っていたマリウスも、棒切れの代わりに鍬を振っている。


「レーンさん。俺んちの冬野菜、買って行かない? 」


 マリウスが持ち上げたのは、丸々と育ったかぼちゃだ。


「始めたばかりなんだが、豊作だ。よかったら仕入れてくれないか? 」


 同じようにカボチャを掲げるケイロンに、レーンは破顔した。


「ほぉ、なかなかの出来ですな。少しばかり買い取らせていただきます。で? 他の皆様はダンジョンですか? 」


 レーンの降ろした篭に、カボチャを詰めるマリウス。

 ケイロンは小鼻を擦って肩をすくめた。


「四十階層を中心に、下を目指してる」


 追熟前のカボチャを受け取って、開墾支援にと、レーンは少し色をつける。受け取ったマリウスはホクホクだ。


「では、ダンジョン宿で、お目にかかれるかもしれませんね」


 久しぶりに来たレーンを心配して、ケイロンはちょっと唇を噛んだ。


「流れの探索者が増えてる。あんま治安が良くないとミズリィが言ってたよ」


「ご忠告、ありがとうございます。気をつけます」


 ふたりと別れて馬を進める坂道は、相変わらず行商馬車で埋まっている。


 ここは昔からの馴染みで埋まるから、レーンのような新参者は、場所の権利をもらえない。

 王都やパレイのギルドから、たまに依頼される配達で、ミトナイ探索者ギルド宛の仕事を熟すしかない。


(今のところは、だけど。だ )


 ダンジョンから外れた宿を取り、王都の医師くすしギルドから依頼された配達物を、探索者ギルドへ届ける。


 依頼を終えて振り返ったレーンは、ギルドの酒場で食事するミズリィたちを見つけて歩み寄った。

 大男で厳ついミズリィは、良い目印だ。


「お久しぶりでございます、皆様」


「レーンさん。久しぶりですね。お元気そうで、何よりです」


 穏やかなホアンに迎えられ、レーンはテーブルに同席する。

 パレイへ行くと聞いたホアンが、わずかに躊躇ったあと、小包と手紙の配達を依頼してきた。


「レーンさんの出立日までに届けます。小包と手紙ですが、よろしくお願いします」


 この時。パレイの雑貨屋へ頼まれた配達が、騒動のきっかけになるとは、誰も思わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る