第158話 本格的に 始動

「大丈夫です。奥様なら、コマキィお嬢様のお願いを聞いてくれますよ。きっと」


 馬車で対面に座るスーザンが、機嫌よく言い放った。

 スーザンの機嫌が良いのは、王都邸タウンハウスにお目当てがいるからだ。

 片想いが実ればいいねぇと、心の中で思っておく。


 週末になり、小真希は王都邸タウンハウスへ向かっていた。

 学院での諸々主にルイーゼを報告しがてら、リノの乗馬訓練参加や冬季休暇の帰省許可を取るつもりだ。


 何か面白そうな物はないかと、カーテンの隙間から沿道を覗いているうちに、見知った人物が目に飛び込んでくる。

 アカルパ商会のレーンだ。


 すぐに馬車を止め、呼んでくるようスーザンを使いに出す。

 初めは見ず知らずのスーザンに怪訝な顔をするレーンだが、馬車の窓から手招きすると、ようやく笑顔になって近づいてきた。


「お久しぶりでございます。ソアラさんから、辺境伯様の元へ行かれたと聞いておりました。まさか王都にいらっしゃるとは思わず、失礼を致しました」


「ソアラは元気だった? ずっと会っていないから、心配で」


「この夏にミトナイ村でお目にかかった時は、お元気でした」


 レーンの言いようで、ソアラが村に帰っていると知った。


「そう、よかった。他の皆は? 」


「ダンジョン村の方でご活躍です。あぁ、明後日からパレイまで行商を致します。ご用がございましたら、お言い付けください」


「手紙を頼んでも良い?」


 冬季休暇で帰るつもりだが、もしも帰れなかった時のために連絡はしておきたい。


「ソアラさんにですか? かしこまりました。明日にでも、お屋敷に伺いましょうか? 」


「お願いします」


「では、所用がございますので、これにて失礼致します」


 少しも変わらないレーンに、小真希はなぜか泣きたくなった。


「スーザン、レーンが来たらお願いね」


「かしこまりました。お嬢様の、お知り合いの商人ですか? 」


「とても世話になったの。正直な人で、アカルパ商会の商人よ」


「アカルパ商会って、随分と大店ですね。学院で知り合った侍女仲間に、何でも揃うと人気がある店です」


「辺境伯の養女になる前、色々あって……」


 言葉を濁した小真希に、スーザンは口を噤んだ。

 微笑もうとして失敗した小真希を、気遣ったらしい。


 会話の無くなった馬車は、程なくして王都邸タウンハウスに到着した。


「ただいま帰りました」


 居間でくつろぐ辺境伯夫人の元へ、挨拶と報告に行く。


 最近のルイーゼが淑女らしく振る舞っている事や、王太子との距離感が近くなっている事。

 ルイーゼの相棒使い魔が活躍しているとか、マルグリットとは距離を空けているなど、日常の細々だ。


「お母様、お願いがあります。乗馬訓練に、リノも加えていただけますか? 」


 一通り近況報告が済んだ時点で、お願いタイムに移行した。


「構いませんよ。率先して訓練に参加したいとは、見込みがあります。さすが、家臣になるかもしれない少年です。しっかり鍛えてあげましょう」


 嬉々とする辺境伯夫人に、小真希の期待が膨らむ。

 

セドラ執事長リロイ庭師アルバン家宰に、しっかり鍛えるよう頼みましょうね」


 ウキウキとテンションの高い辺境伯夫人。

 なんだか分からないなりに、早まったかもと虚ろになる小真希。微妙な温度差がある。


(ぅおぉ リノは大丈夫 よね? たぶん)


「辺境伯家の騎士団も特殊訓練が充実して、さぞ喜ぶでしょう」


「わあぁ、たのしみぃ……」


 棒読みな小真希だ。


「奥様。リノ様はコマキィお嬢様と、とんとんの実力です」


 自信満々に進言するスーザン。

 口に出してから、ハッとして口を押さえても、遅いと思う。

 

「あらあら まあまあ 楽しみねぇ」


 上機嫌でコロコロ笑う辺境伯夫人に、冷や汗の微笑みを浮かべるスーザン。


「……兄さん、大丈夫かな」


 重ね重ね、気づくのが遅い。。


「あの、お母様。冬季休暇に、ミトナイ村へ帰ってもいいですか? リノも一緒に」


 一瞬目を細めた辺境伯夫人は、ゆったりと熱の無い笑みを浮かべる。


「あなたが、我が家の娘でいるなら、許可しましょう」


 問題が解決するまで逃さないと、暗に言っている。


「自由がなくなったら、逃げますよ」


 小真希も負けじと主張した。

 途端に朗らかに笑った辺境伯夫人が、笑いすぎて目尻に溜まった涙を拭いた。


「あなたの自由を取り上げる英雄がいたら、顔を見たいわ。誰もあなたを止められないと、分かっています。だから安心なさい」


 小真希が貴族になりたくないという気持ちを、周りは理解しているはずだ。


「お父様の許可は……」


「ほほっ、わたくしの決定に反対できる者が、この世に居たかしらね」


「あー はい。愚問でした」


「しっかり結果を出してから、ミトナイ村で遊んでいらっしゃい。リノの同行も許可します」


 やっぱり辺境伯より、夫人の方が鷹揚だ。


「はい。ありがとうございます。では、来週末の訓練から、リノも参加でよろしいですか? 」


「良いわよぅ。久しぶりに、わたくしも参加しようかしら」


(う、乗馬の訓練よね。まさか特殊訓練じゃないよね? )


 小真希の懸念を察したように、お茶の支度をしていた執事長セドラが口を挟んだ。


「奥様。冬季前の夜会でお召しになるドレスの選定日が、ちょうど来週末でございます」


「まぁ、そうだったわ。残念ね」


 ホッと胸を撫で下ろしたのは、小真希だけではないようだ。


「コマキィ、お茶をいただきましょう」


******

「腐ってますねー。王女殿下も、騙されているみたいだしー。司教も枢機卿も、腐ってますわぁ」


 王都近郊の街で、乙女勧誘に売られた乙女が、首元の輪っかを指でなぞりながら呟いた。


 なぞる指先から滲み出た光が、執拗に首輪を覆い尽して染み込み、満杯になっても許容量を超え、ねじ込むように注ぎ込まれる。


 小刻みに振動し始めた首輪の表面から蜘蛛の巣状の光が漏れた途端、ピキリと内側の術式が壊れた。


「マジ、隷属の首輪だったわぁん。うふふ」


 少々化粧は濃いが、大人の色気を醸し出す乙女の微笑みに、薄ら寒い空気が漂った。


 隷属の首輪をされても意識を支配されなかったのは、侵食しようとする術式に対抗して、強力な回復魔法をかけ続けたから。


 精神を支配する術式ですら、治癒して無効にする乙女は異常だが、できてしまえるからこそ優秀な密偵と言える。


「ハァァ〜。なんだか、も・え・る・ぅ〜。ぁ、そうそう、定期連絡しなくっちゃっ」


 キャッと可愛らしく両頬に握った拳を当ててから、徐に片手の小指を立てた乙女が、耳元の伝信魔道具を操作した。


「こちら、わ・た・し。応答せよ、応答せヨォ」


『こちら対策本部……先輩……キモぃ』


「んだとっ! ゴラァッ。任務だろうがっ」


 囁くような怒声が、護送馬車の中で響いた。

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