第49話 ダンジョンに潜ろう

 空中に投影された映像を、小真希たちは見上げる。

 映っているのは、冒険者ギルドで男たちに囲まれ、土下座している大柄な男。

 初めて冒険者ギルドへ訪れた時、小真希に「諦めてくれ」と言った男だ。

 何がおかしいのか、見下したルイーザが、身体をくねらせて馬鹿笑いしている。


「スタン……」


 村長の呟きで、やはり土下座する男がギルドマスタースタンだと分かった。

 残念なことに声は聞こえないが、逐一説明する精霊の言葉を、小真希が皆に伝える。


「ルイーザが村長になったみたい。領主が認めたって……村民全体の税率を、今年から八割に増やすって言ってるし、逆らう村民がいたら黙らせろって、スタンギルマスさんに命令してる……」


精霊の通訳? をするほどに、周りの気配がどんどん険しくなった。


「そんな馬鹿な! 五割の税でも精一杯だったんだ。なぜ急に、領主様までが、そんな無茶を? 」


 狼狽える村長に、皆は何も言えない。

 

『ゴタゴタ言っても始まらん。冒険者全員に妖精を貼り付けておいた。嫌でも何が起こったか、分かってくる。任せておけ。クハハハハハ! 』


『ナァォォォォーン クファ〜』


 楽しそうに笑い転げる悪霊精霊と、あくび混じりな黒竜猫オプトの遠吠えに、「お気楽だね」と呆れながらも通訳をした。


「精霊様のおっしゃる通りだな。顔が割れている我々に、できる事はないと思う」


 いつもに増して大人しいホアン。少なからず違和感を覚える。

 休憩場所で薄紅三角刺客?に襲われてから、様子が変だ。


「そう言えば、薄紅三角はどうなったの? まだ樹海にいるのかな」


 ややこしい時に、面倒な連中がウロウロするのは嫌だと、精霊に問いかける。


『ぁあ、アレなぁ……面倒臭いから、国境付近の森に飛ばして、追い払っておいた。今頃は隣国だと思うぞ』


 心底面倒臭そうな返事の仕方で、あっちもこっちも観察するのに、飽きたのだなと思う。

 半裸のむさ苦しい男たちを、ずっと観るのは嫌だろう。小真希も嫌だ。

 もう居ないなら、まったく問題はない。


「ホアンさん。休憩地で襲ってきた人は、精霊が国境へ飛ばしたって言ってるよ。今頃は隣国だろうって」


「……そうでしたか。精霊様に感謝します」


 剣の手入れに夢中なミズリィを除いて、返事を返したホアンも、リムもウェドも、どこかホッと緊張を緩めた。

 何があったのか聞きたい。

 聞きたいが、耳に入れれば面倒事もくっついて来る気がする。


(今でも手一杯だもの。ダメダメ……)


 食糧も生活雑貨も何も無い状態を、まずは解決しよう。

 雪で身動きが取れなくなる前に、しっかりと冬越えの準備は必須だ。


「じゃぁ明日から、本格的にダンジョンに潜りますか」


 小真希の掛け声に、男たちの瞳が輝いた。


 出来上がりつつある開拓地は、村長の差配に任せれば良い。

 マリウスとケイロンを指揮して、程よく形にしてくれるだろう。

 食事は作り置きを温めるだけにしておけば、レダに頼める。たぶん。。


******

 明けて早朝。

 悪戯妖精を追いかけて、黒竜猫オプトは森へ駆けて行った。

 まだまだ遊びたい盛りなのか? 。


 妖精が一緒なら心配はないと、装備を固めた小真希たちは出発した。

 初めて潜る地下道のダンジョンに、ワクワクが止まらない。


 見上げれば反り返るほど高い山脈の崖に沿って、下りの獣道を行く。

 しばらく進むと、崖から突き出した大岩に突き当たり、それを回り込んだ崖の割れ目に、人ひとりが通れる穴が開いていた。


「ここが、秘密の通路だ」


 どこか自慢げなミズリィに、ソアラと見交わして苦笑する。

 昨夜の打ち合わせで、強い魔獣が発生ポップするのは一箇所だけだと聞いた。それでも油断は禁物だ。


 ダンジョン特有の人工的な階段を降りながら、小真希は気を引き締める。

 狭い入り口を入り数歩歩けば、ふたりが余裕で並べる幅になった。

 発光する壁や天井のお陰で、かなり明るい。

 石積みの階段に欠けは無く、躓いて転げる心配もなさそうだ。


 ソアラと並んだ前をミズリィとリムが進み、後ろをホアンとウェドが固める。

 小真希にしてみれば、自分が前衛に出た方が良いと思うのだが、騎士の矜持が許さないらしい。


(騎士って、めんどくさい……あれ? 騎士だったの)


 隠す気が無くなったのか、はたまた口が滑っただけなのか。。

 まぁいいかと、小真希はうやむやに意識の外へ追い出した。


「ねぇソアラ。ちょっと聞きたいのだけど」


 空間把握でマップを展開しながら、隣りに囁く。

 さっきから緊張でビクビクしていたソアラが、軽く飛び上がった。


「あ、ごめん。急に声をかけて」


「べ べ 別にぃ。いいわ よ」


 周りに魔獣は居ないと安心させたいし、展開したマップがソアラにも見えているのか、確かめようと声をかけただけだ。


「あー、えぇっと。今ね、周りに魔獣がいるかどうか、【探索】する魔法を使ってるの。それで、安全だよって言いたかったんだけど……ソアラには、足元の探索図マップは見えてるのかなって……思って」


 歩きながら器用に、上半身だけ硬直したソアラの口が、ニマリと持ち上がる。

 何気に背中が寒くなり、フルリと身体が震えた。


「全員、止まれ」


 急な号令に従って、速やかに足が止まる。

 いつソアラが司令塔になったのか、理解が及ばなくて首を傾げた。

 前後の視線が集まって、なおさら小真希は震え上がる。


「ぇえーっとぉ……なんでかなぁ? 」


 諦めたような、呆れたような、不穏な眼差しのが、心に痛い。


「あんたね……そういうことは、事前に言ってよね」


 ソアラの口から出たのは、幼い子に言い聞かせるような言葉だった。


(だから、気がついた今、言ったよ? )


 言い訳を心の中でして、誤魔化し笑いを浮かべる。


「ぁあぁ……ごめん」


 とにかく謝っておこう。そうすれば、ソアラがなんとかしてくれる。


 ヘラリと笑う小真希に、苦笑いを浮かべたソアラが音頭を取った。


「はーい。では、作戦会議しまーす」


 周りを警戒しながらも、頭を突き合わせて話し合いが始まった。

 探索範囲を聞かれて正直に答えると、皆が皆、胡乱な目付きになる。

 どうやら、非常識な範囲らしい。


「ハァァ……なら、中衛の位置からでも斥候の役割がこなせると……非常識だと思っていた範囲を、遥かに突き抜けて、笑いたくなるくらい、超えていますね……」


 お疲れモードのホアンに、なんだか申し訳ない。。


「それならコマキィに斥候を任せましょう……中衛の位置からです」

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