第69話 向かう先は

 大型スクリーンに、背中を丸めて進む騎影がふたつ。寒風に煽られて、夜道を走っている。

 さすがに吹きっ晒しの中で、野宿は無理かな。

 いまいちよく分からない小真希は、無音の動画に飽きてきた。


「どこへ向かっているの? 」


『たぶん、方向的に領主街りょうしゅまちか。もっと先なら王都あたりか。まぁ、さすがに王都まで行く事はないだろう』


 ざっくりしているのは、精霊だからか。。


「んじゃ、目的地に着いたら教えてね。遅いし、寝るわ」


 あっさり言い切った小真希に、わらわらと自室へ引き上げる面々。


『ぉい をぃ 我を残して行くのか』


「んとぉ。見張り、ありがとぉ? 」


 感情のこもっていない感謝に、精霊は呆けた。


『むぅ。面白くない。せっかく喜ばせてやろうと思ったのだぞ。はぁ、よし決めた。こいつらを揶揄って、遊ぼう。クフフフフフ、カッカカカカ』


 画面に向けた視線が、獲物を見つけた猫のように輝く。

 瞬時に消えた精霊がどこへ行ったのか、スクリーンも共に消えたので、詳細は明らかではない。ただ。。


「ぶぅぇっくしょい! くっそう、領主街はまだ見えねぇのかっ」


 同じところをグルグル周り、夜明けを迎えた騎影がふたつ。いまだ草原を彷徨っていた。

 見下ろして漂う精霊の眉間に、皺が寄る。


『はぁ〜。なんか我も、飽きたかもしれん。ぅむ、帰るか』



******

 明けて翌日。

 朝食を済ませて、まったりお茶を飲んでいる頃に、精霊がやってきた。

 昨夜は冷たくあしらった自覚がある小真希は、二倍増しの笑顔で挨拶をする。

 村長はいつもニコニコしているので変わりはないが、他はちょっと気まずかったりする。


『お気楽な奴じゃな、お前は。 まぁ良い。これを見よ! 』


 画面には、街の門を通過する男たちが映っていた。

 初めて見る領主街りょうしゅまちの景色に、小真希は目を見張る。


 煉瓦か石積みの家並みは、白っぽい茶か灰色で、大抵は二階から三階建。締め切った鎧戸は白だ。

 何かの番組で見たのだが、南仏蘭西みなみフランスの古い街並みを再現した、テーマパークみたい。


「ほぉほぉ お? 」


 飲みかけのカップを持ったまま、小真希は首を捻った。

 精霊が出した画面には、密集したボロっちい小屋が映し出され、そのひとつの扉を開けて、出てきた女がいる。

 小屋の前には、手綱を引いたがふたり。


「どっかで見た? あっれぇ、どこだろ」


 疲れてクタクタの男たちは知っている。

 ひとりは冒険者キルドで、小真希を殴って腕を骨折した男。もうひとりは、やっぱり小真希に蹴りをいれ、足を骨折した男だ。


 気にかかったのは、小屋から出てきた女に見覚えがあるような、無いような。エリンの記憶だろうか。


『気になるなら、印をつけてやる。いつか思い出すだろう』


 精霊が手を振ると、女の頭の赤三角にバッテンが追加された。


「領主街の外れだね。元気だった時には月に一度通っていたから、大体の場所はわかる」


 小真希の出してきた紙に、村長は大雑把な丸を描き、主要な大通りと、それと交差する通りを描いて、小屋があると思われる場所に印を入れた。


「何年も前で、少しは街も変わっているだろうが、おおむねこの辺りだと思うよ。ここら辺を治める、モルター子爵様のお館がある街だ」


 村長の説明に、領主がモルター子爵だと、初めて知った小真希。

 今までエリンの記憶にない事は、まるっと興味を持たなかった。


「その上の人って、いるの? 」


 ちょっとした興味で聞いてみる。


「そうさね。この地方を治める方は、サザンテイル辺境伯様だ。ずいぶん前に、国王様の妹姫様がお輿入れなさって、たくさんのお子を儲けられた。たしか辺境伯様の五番目の姫様が、モルター子爵様の奥方だったと思うよ」


 王家は多産系か。と、少々不敬な事を小真希は思った。


「あ、サラさんだ。ミーナもいる」


 レダの言葉で画面を見れば、部屋の隅でうずくまる親子がいる。

 いつか見た冒険者ギルドのマスタースタンと、親子ほど離れた見掛けの女性。それに、ずいぶん幼い女の子。


「えーっと。スタンさんの、奥さん? 」


 村長は苦笑いし、レダとソアラは肩をすくめる。


「スタンとサラは、ふた回り年が離れているのでな。まぁ、娘のミーナは今年で五才になるか」


 お巡りさんを呼ぶ事案だ。


「それで、コマキィ。どうやって助け出すんだ? 」


 ぶっきらぼうに聞いてきたミズリィに、皆が頷く。


「ん〜。バッバっと、掻っ攫う? 」


「却下。なに考えてんだよ。俺たちは犯罪者じゃないし」


 フンっと顎を上げたリムが顔を顰める。


「自分は、コマキィのやり方が良いと思うが」


 難しいことが苦手なミズリィは、単純明快な方法が良いらしい。


「下手に騒がれて、罪をなすりつけられては迷惑です。謹みなさい」


 ホアンの指摘に、しょんぼりするミズリィ。チラッと小真希を見て、下を向いた。


「僕たちが乗ってきた荷馬車を、幌馬車にできませんか? コマキィ」


「うーん……できると思う。なんで? 」


 ウェドの問いに、小真希の頭には『できますよ』と、サポートが答えてくれた。


「商人を装って、迎えに行きましょう。ちょうどレーンが来ますから、ほんの少し、足を伸ばしてもらうのも良いかと思います。買取料金から手数料を払う形で交渉すれば、大丈夫です。きっと」


 細かな手筈はウェドが考えるとして、小真希とマリウスは荷馬車の改造に取り掛かった。


「くふっ、見てなさいルイーザ。もうすぐザマァしてやるから」


 湧いてくる興奮に、小真希は高笑いしたくなるのを、なんとか我慢した。

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