第68話 動き出す

 氷柱つららが押し広げた鱗の隙間を、ホアンの双剣が抉り、続くミズリィの大剣で、一気に切り裂く。

 太い尾がしなって迫るのを、ミズリィは転げて躱わした。


「ウェド! 」


 ホアンの声が上がる。


「【∽§⊆〻≦§√〻∴§雷矢】」 


 錐揉みし、放電しながら飛ぶ半透明な竜巻が、血を流す傷口に触れた途端、轟音を上げて眩く爆ぜた。

 ふわりと舞った土龍の体表を、バチバチと稲妻が舐める。そのまま地面で二転三転したあと、ビクリとも動かない。


 強固な鱗で物理も魔法も跳ね返す土龍でも、傷口から侵入した稲妻で、内臓をやれば倒せる。


「よし! この調子です」


 次々と双剣を振るうホアン。的確にホアンの剣筋をなぞるミズリィ。

 留めにウェドの【∽§⊆〻≦§√〻∴§雷矢】が爆ぜて、屠ってゆく。


「【⁑∴※≧√∂‥≧氷裂】! 」


 振り切った土龍の爪を避け、飛び退いたホアンの頭上へ、スライムが落下し、リムが飛ばした氷の礫に弾かれる。


「リム、すごいっ」


 ワクワクしながら戦闘を見ていた小真希が、はしゃいだ歓声を上げた。

 精霊と変わらないお気楽さだと、本人は気づいていない。

 足元で顔を洗う黒竜猫オプトも、大概だが。。


 褒められても訝しい目つきのリムは、口元が緩むのを我慢しているように見える。


 【⁑∴※≧∽§≦≦∽※≧‖※∽≧氷棺拘束】で動きを止められ、立て続けに攻撃された標的は、呆気なく討伐された。

 洞窟の床に溶けた土龍は、傷のない小振りの魔石と、手のひら大の鱗を残した。


 今回はワンパターンの組み立てだが、状況に合わせて幾つか訓練しよう。そう言いながら、皆でドロップ品を拾い集める。


 ふわふわと漂う精霊に指差され、黒竜猫オプトも魔石集めに参加した。

 前足を交互に振って転がす様が遊んでいるようで、めちゃくちゃ可愛い。


「腹減った」


 黒竜猫オプトの愛らしさを堪能していると、リムが弱々しく呟く。

 思い出したように、小真希のお腹もいい音を立てた。

 そう言えば、昼食抜きだった。


「ぁあっ、ソアラのお弁当、食べ損ねたっ! 」


 叫んだ小真希に、吹き出す男ども。。


「少し歩けば拠点です。今日は帰りましょう」


 口の端をヒクヒクさせ、ちょっと笑い気味のホアンが恨めしい。

 ほんと、乙女に対して失礼だよね。

 乙女。。うん。


******

 なんやかんや言い合いながら、二十階層で狩りをすること一ヶ月余り。

 開拓地に、遅い初雪が降った。


 ダンジョンでは、帰還する騎士隊との遭遇を無事に回避。

 上の階に登るのを見届けた後は、穏やかな日々を過ごした。


 もうそろそろ行商人のレーンが訪れるだろうと、洞窟住居に移って生活を始めている。

 高台住居拠点と繋がる通路の壁に、頑丈な扉も付けて防寒対策も万全だ。


ここ洞窟住居も、案外と住みやすいわね。このままでも良いかも」


 まったりお茶を楽しみながら、ここ洞窟に馴染んだソアラ。

 マグを両手に包み込んで、熱い香草茶に頬を上気させるレダ。

 暖房対策をした洞窟の中は、思った以上に快適だった。


「住みやすくなるよう、頑張ったんだよ? 」


 ストーブに薪を足す小真希が、ちょっと自慢げだ。

 鍛治の手を生かして作り上げた力作ストーブは、五箇所の洞窟住居で活躍中だ。換気もスムーズで、隙間風もない。

 客室のストーブは、試験的に一回だけしか点火していないが。。


 村長たちが使っていた洞窟住居の奥隣りに、新しく女子用の洞窟を掘り、小真希たちは引っ越しをした。

 レーンは大丈夫と思うが、外部の人が出入りするようになった時、色々と支障があるかもしれない。

 基本、客用洞窟へ内部の廊下は設置しないが、もしもがあるかもしれない。転ばぬ先の杖? 的な。。


 女子が使っていた洞窟に、大型のストーブと井戸を掘ったので、共有スペースらしき食堂兼居間もどきができた。ホアンたち四人の洞窟住居は、そのままだ。

 一番外側ふもと客室洞窟は、前にレーンが泊まった洞窟住居で、ここにもストーブを設置している。


 マリウスが造った部屋の仕切りは中々で、ストーブのある居間から個別の寝室へ、暖かい空気が循環するように工夫されていた。

 ベッドと衣装棚だけの狭小部屋だが、かえって落ち着ける。


 個室とは反対側の壁際にストーブを設置し、その前の床にシプレン羊型巻毛種・もこもこタイプの敷物を敷いた。

 ごろ寝しても快適です。

 ストーブに掛けた薬缶が沸いて、良い感じ。。


「思ったより暖かいわ」


 すっかり元気になったレダも開拓地の環境に馴染んで、ソアラから薬学を習ったり、不得手な料理に挑戦している。

 味は、まぁまぁ? 。


「はぁ〜まったりする」


 ゴロゴロする小真希の側で、黒竜猫オプトも熟睡中だ。


『おーい、動き出したぞっ。クックックック』


 お気楽精霊が、まだ慣れないレダが悲鳴をあげる。


「なぁに? 騒がしいったら」


『いや、見張れと頼んだのはお前だろうに。まぁ良い。これを見よ』


 精霊が映しだしたスクリーンに、むさ苦しい男がふたり。寒風に震えながら馬に乗っていた。


『冒険者ギルドの下っ端だ。人質にした母子の様子を見に行けと、ルイーザが怒鳴っておったわ。ククッ、アレルイーザは突然キレて怒鳴るのが面白い』


「食堂に行って、みんなで見よう」


 洞窟内を繋ぐ廊下へ飛び出したレダが、村長たちの部屋の扉を叩いた。

 レダより先に飛び出したソアラが、ホアンたちの部屋洞窟住居の扉を叩いている。


「よしよしよしっ。やってやるわぁ! 」


 少々鬱憤が溜まっていたからか、今から腕が鳴る小真希だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る