第70話 領主街へ行こう!

 荷馬車に馬蹄型の枠をつけ、カゥルゥ中型無毛種・幌、敷物タイプの皮で幌をかけた。

 もともと撥水性のある皮だから、充分に雪の対応ができる。

 幌にシプレン羊型巻毛種・もこもこタイプの内張りで補強もしたし、床も二重に敷いて断熱を施す。モコモコの内部に、小真希はご満悦だ。


「布団は嵩張るから、毛布で良いか。たくさん持って行こう」


 収納インベントリにも毛布の予備がある。さっさと親子を掻っ攫って、帰って来よう。などと、穏やかならぬ思考になる。

 荷馬車の改装に二日かかった翌日。夕方近くに、レーンはやって来た。


 行商人は雪に慣れているとは言え、開拓地までは初めての往路だ。

 念のために二頭立ての幌馬車で、必要最低限まで荷物を減らして来たらしい。

 雪が少なくて何よりだった。


「皆さんお元気そうで、良かったです。アカルパ商会のレーンが参りました。よろしくお願いいたします」


 すっぽりと毛皮のフードを被ったレーンは、立ち上げた毛皮の襟で口元も覆っていた。

 着膨れした上、雪に塗れて白いイエティに見える。


「良くいらっしゃった。食堂で熱いお茶でも召し上がってください」


 迎える村長に招かれ、洞窟住居に案内されるレーン。

 マリウスとケイロンは馬車の車輪に滑り止めを填め、馬を外して馬小屋へ引いて行く。三頭入れるには狭いので、小真希もついて行った。


 逆境を生き抜く処世術サバイバル発動でチャチャっと厩舎を拡張し、ついでにお風呂も沸かして、湯船に埋め込んだ温度維持の魔石に魔力を満たす。


「寒いもんねぇ。温まってもらおう」


 これからレーンに頼み込んで、領主街まで一緒に行ってもらいたい下心もある。

 なにせ街の門を通るには身分証が必要で、樹海追放の処分で取り上げられた小真希たちは、どの街にも入れない。


「うまくいけば良いな」


 食堂で暖をとり、まったりとお茶を飲んだレーンは、やっと人心地がついたらしく、広げたドロップ品の買取を始めていた。


「これは、なかなかのお品ですな。高く買い取らせて頂きます」


 土龍の魔石や鱗を丹念に鑑定した顔が、ホクホクと綻ぶ。

 今回も、薬草スライムは高値で取引された。

 今年は例年になく赤斑病が大流行し、街や村で薬を求める人が増えているらしい。


「これだけあれば、助かる者が増えます。ありがとうございます」


 村長は値を釣り上げる事なく、商談を終えた。


「お願いした小麦と乾燥野菜。それに野菜の保存食を、お支払いいただく金額で、買えるだけ頂きたいが、いかがかな? 」


 冬を越す食糧を確保できれば、あとは狩りで賄える。実際、小真希の収納インベントリには、二、三年分の肉類が眠っていた。


「はい、承知しております。それでもお支払いする金額は、こちらで」


 布を敷いてレーンが並べた硬貨は、金貨七枚と銀貨が少しだった。

 買取の値段と、食料の明細も並べる。


「今回のお品は、質の良いものばかりで、ありがたい事です」


 揉み手せんばかりのレーンは、良い商いをした商人の笑顔だ。


「レーンさん。実はお願い事がありまして。聞いていただければ、ありがたいのですが」


 真剣な表情の村長を見て、レーンは背筋を伸ばす。

 訝しく困った様子のレーンに、村長はにこやかなまま膝を乗り出した。


「ここにいる者たちを、商家の見習いとして、領主街まで連れて行っては下さらんか」


 小真希たちに降りかかった災厄を、レーンは正確に知っている。

 探索者ギルドのマスターレオンから聞いて、便宜を図ってくれた人物だ。


「作用でございますね……領主街へ行かれるわけは、お尋ね致しません。差し当たって入領に必要な身分証が、ご入用という事ですか? 」


「はい」


 簡潔に答える村長から目線を落としたレーンが、しばし考え込んだあと、笑顔で顔を上げた。


「かしこまりました。アカルパ商会のレーン。皆様のお役に立つよう、頑張らせて頂きます。お任せください。まずは、明日からの打ち合わせを致しましょうか」


 明日の朝。約束の品を届けに、レーンはミトナイ村を訪れる。そこで一晩を過ごし、明後日に領主街へ向け出発する。

 レーンの目的地は王都の本店であり、来年の春まで留まる予定だ。


「明後日の朝に、領主街へ行く街道で落ち合いましょう。あなた方の身元保証は、探索者ギルドのレオンさんが出して下さると思います」


 色々とミトナイ村の現状に、不満のあるレオンだ。

 追放刑の後も、便宜を図って助けてくれた。あれから開拓村へは来ないが、レーンを寄越してくれた。

 今回も、手を貸してくれるだろう。


「わたしどもは、皆様があってこそ、成り立つあきないをさせていただく立場です。信頼が得られたことを、ありがたく存じます」


「よろしくお願いします。レーンさん。このご恩は、忘れません」


 頭をさげる村長に習って、小真希たちも慌てて頭を下げた。


「こう申してはなんですが。悪どい冒険者ギルドに、わたしも一矢報いたいと、常々思っておりましたので」


 爽やかに微笑むレーンの目が、一瞬ギラリと光った時、小真希は胴震いして、乾いた笑い声を上げた。


(商人 こわぁ)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る