第71話 冒険者 いろいろ

 早朝の薄暗い空に、細かな雪が降る。

 今日は一日中、雪かもしれない。

 レーンと約束した通り、ミトナイ村から領主街へ行く街道の脇で、馬車を止めた。

 峠を越えて下った場所は、近い割にミトナイ村の門からは見えない。

 

「さっむう」


 くじで決めた順番通り、御者台で待機しているのはリムだ。

 一泊する野営の見張りからは外れるので、文句も無く大人しい。


「はい、お茶。ソアラの薬草入りだから、あったまるよ」


 馬車の前後は、厚い毛皮の垂れ幕で防寒している。

 左右へ分けられるように、少しずらして重ねた毛皮の垂れ幕から、御者台側に顔を出した小真希が、マグカップを差し出した。


「ん、ありがと」


 受け取ったリムに、小真希は笑いを堪える。フードからはみ出した前髪が原因だ。


 昨日。一番簡単な変装をしようと髪を染めた結果。男四人は派手な赤毛になって、違和感が半端ない。

 急な事で染料が一色しかなく、地毛の加減か微妙な色違いではあるものの、四人とも燃えるような赤毛になっていた。


 小真希エリンは染めていない。元々髪も目も平民に多い茶色だ。ガリガリの身体に肉がついて、人相も変わっている。

 染める必要は全く無かった。


 今回の遠出に参加したのは、ホアンたち四人と小真希だ。

 身元保証があれば、名前を変えて領主街の冒険者ギルドで登録できる。

 ミトナイ村に縛られない方法を、村長が教えてくれた。


 残った四人ソアラ・レダ・ケイロン・マリウスは、村のゴタゴタが収まれば村民の優遇が受けられるのと、戦力外なので居残った。

 わざわざ領主街の冒険者ギルドで、登録しなくても構わない。

 念の為、黒竜猫オプトは開拓地に残してきた。番犬、番猫? にはなるだろう。


「村の門が開いた頃だよな」


 息を吹きかけながらお茶を飲んでいたリムが、御者台から首を出して振り返っている。峠を気にしても、まだまだ見えないだろうに。。

 小真希の探索マップには、移動を始めた黄色い点が複数視えていた。この中にレーンが居るはずだ。


「絡まれてなきゃいいけど」


 ルイーザの機嫌が悪い時に当たったら、眼も当てられない。

 精霊に頼んで確かめてもらおうかと思う頃、峠を越えた馬車が近づいてきた。


 黒の箱馬車を先頭に、数台の幌付き荷馬車が続く。

 箱馬車に貴族の紋章は無いが、嫌な予感しかしない。

 先駆けの騎馬が追い越しながら、じっとこちらを睨んでいる。


「ぁ、おはよぉっす」


 挨拶するリムに合わせて、小真希も軽く頭を下げる。

 男は気持ち悪く口角を上げ、舐め回すように視線を動かした。

 手を上げて後ろに止まれと合図を送ると、間近まで馬を寄せてくる。


「お前ら、こんな所で何をしている」


 なんと答えるのが正解? 見交わすリムと小真希に、威嚇するように剣の柄を握った。

 この距離では避けられない。

 小真希はそっと、逆境を生き抜く処世術サバイバルを発動した。


「おい。朝っぱらから絡むな! また騒ぎを起こすのか。これ以上、旦那を怒らせるな。いい加減にしろ」


 追いかけてきたイケメンの男に諌められても、小真希を凝視したまま、変態確定はものすごく嫌らしい視線でニヤついた。


「怪しいだろ。馬車の中で、ちょいと調べるくらい、かまわねぇ。すぐに追いつくからよ。先に行けや」


「お前な……ガキは相手にするな。俺たちは護衛対象だけ守れば良いんだ。ここで騒ぎを起こしてみろ。今度こそ、衛兵に突き出されるぞ! 」


 小真希は思った。ガキだって? 上等じゃん。ふたりとも、きっちり樹海に飛ばしてやる。来いや! 。。


 不言実行。決心した小真希の目の前で、変態男の騎馬が突然いなないて走り出した。

 どうやらイケメンが、剣の腹で馬の尻を叩いたようだ。


「悪かったな。けど、誰だって、怪しいと思うぞ。 じゃぁな」


(イケメンだけど、感じ悪い。の かな? )


 偶然なのか故意なのか、ギリギリに接近した箱馬車が追い抜いてゆく。

 嫌な感じが増した小真希は、幌の中へ引っ込んだ。

 

 探索マップで見ていると、慎重しすぎる進み具合に、こちらを伺う気配がする。

 ホアンもウェドも、自分の獲物武器を手に構えていた。その横で、緊張感のないミズリィが、眠そうに欠伸をする。


 そんなに暇なら、大男こいつを動かそう。


「ねぇ、ミズリィ。ちょっと外を見てくれる? レーンさん、遅いし」


「ぁあ? おぅ、わかった」


 ガタイの良い強面ミズリィが顔を出して、辺りを見回した。と、マップ上でノロノロ進んでいた箱馬車が、急に速度を増して行く。


「ほんと、要注意だわ」


 一泊する野営地は決まっていた。毎回レーンもそこで馬を休める。

 マップ上、幾つも続く荷馬車の点が行きすぎた頃。

 レーンの幌馬車らしきキラキラした光点が、小真希たちの馬車を行き越して止まった。


「お待たせいたしました、レーンでございます。大丈夫でしたか? 」


 レーンの呼びかけに、雪の轍を避けて降り立つ。

 外はすっかり明るくなって、レーンの幌馬車に戯れる妖精たちを照らしていた。

 マップのキラキラは、妖精みたいだ。


「カサンドラ商会の者と、何かありませんでしたか? 昨日も、村で少々争い事がありまして。皆様なら、大丈夫だと思っておりましたが」


 昨日にミトナイ村を訪れたレーンは、商売敵のカサンドラ商会と出会った。この時期、開拓村へ来る王都の商人は少ない。

 要するにダンジョンから出たとソーマになったものに釣られ、やってきたのだろう。


「門前に居座って、先に出るのを邪魔をされました。まぁ、いつもの事ですが、わたしと共にいれば絡まれるかもしれません。ひょっとしたらあなた方が、闇でソーマを流す相手かもしれないと、勘繰るような輩ですから」


 最初の計画では、アカルパ商会の見習いになって領主街へ入る筈だったが、探索者ギルドのレオンがパレイの探索者ギルド長から、五人分の身元保証書を取り付けてくれていた。


「レオンさんは、元々パレイの副ギルド長でしたから、手配されたのでしょう。ミトナイ村の探索者ギルドの保証書より、よろしいかと思います」


 どこのギルドも、身元保証が無ければ基本的に登録はできない。無法者や他国の間者を警戒しての処置だ。

 ミトナイ村では身元保証がなくても冒険者ギルドに登録できるが、開拓民として領内に根付くので、ある程度首輪を付けた状態になる。


「付かず離れず他人の顔で、お互いに様子を見ましょう」


 レーンが預かってきた保証書に、パレイのギルマスからの手紙が添付されていた。

 五人パーティーの新人が、領主街の冒険者ギルドで登録を希望していると、記されているものだ。


「カサンドラ商会の護衛は、王都の『銀羽』です。駆け出しに、少しばかり力がついたパーティーですが、良い噂は聞きません。充分にご注意を」


(よっしゃっ。悪党、滅ぶべし! )


 レーンに念押しされて、凹むより闘志を燃やした小真希だった。

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