第72話 意地悪は ほどほどに

 レーンより先に出発し、馬の調子を見て、そのつど休憩を入れる。

 範囲を広げた探索マップの端には、野営場所らしき地形があった。

 先頭がトロトロ進行するために、なかなか進まない。これはきっと嫌がらせだ。


 陽が傾き始める頃、ようやく先頭が野営地に到着した。ただし、小真希たちの邪魔をする荷馬車は、雪に埋もれた街道の中央を占拠して、わざとらしく蛇行している。


「暗くなる前に着きたい。なんか仕込まれたら、嫌だし」


 本当はもっと速度を上げたいのだろう。

 ブツブツ言うリムに、小真希は燻製肉のサンドパンを差し出した。

 お腹が空くと、怒りっぽくなると言うし。。


 無表情を保つリムは、これ燻製肉が大好物だったりするのだが、ダンジョンのクローチ騒動クローチ魔石の悪ふざけ以降、表情をコントロールするのに必死だ。

 謝るまでみんなに無視されたのが、相当に応えたらしい。


 ノロノロとろとろ。どんなに頑張って嫌がらせしても、いつかは着く。

 辺りがすっかり薄暗くなってから、ようやく野営地に到着した。

 雪に覆われたそこ野営地は、まばらな林に囲まれた広場だった。


「ははっ、徹底してんじゃん 」


 リムの呟き通り、見事だなと遠い目になる、嫌がらせの最終形態。。


 思ったよりは広い場所に、ぐちゃぐちゃと幅を取って停めた馬車群。

 思い切り乱雑に散らばった馬車で、これ以上は入り込める隙間がない。

 おまけに煽っているのか、集団で嘲に満ちた笑顔を向けてくる。


「ふぅぅぅん。上等じゃん」


 小真希はうすら悪い笑みを貼り付けて、ぐるりと見返した。


『カカカカッ。良いぞ良いぞ、れ! やれっ! 行け! 』


 突然現れた興奮気味の精霊が、小真希の頭上で三回転宙返りをする。

 声援に応えて、どう料理してやろうかと意気込む小真希の頭を、がっしりと掴む感触があった。


「なに考えてるんだ。分かってるよなぁ、目的を。あぁん? 」


 バカでかいミズリィの指が、頭蓋骨にめり込んでくる。

 声も出ない小真希は、降参とばかりに全身脱力した。

 首を咥えられた子猫の如く、だらんと身体が揺れる。


「ギブ……ギブぅぅ」


 大人しくしていなさいとホアンにも言われ、シュンとなる小真希。あれだけ調子に乗っていた精霊は、影も形も見えない。


(裏切りものぉぉぉ)


 小真希が心の叫びをあげている間に、ホアンとミズリィが馬車から降り立った。その途端、笑いを引っ込めた集団が散ってゆく。


「タチが悪い。もっと距離を空けておくべきでした」


 幸いに、暖かな食料は小真希の収納ストレージにある。

 無駄な騒ぎを起こして、領主街の衛兵に告げ口されたら面倒だと、頭を突き合わせて話し合い、接触しないと結論を出した。


 野営地に入れないなら仕方がない。このままで野宿しよう。

 馬車の後方に大型テントを設営し、手綱を外した馬を入れた。

 温風で雪を溶かして地面を乾燥させる。主に小真希の担当で。。


 収納ストレージに保存していた落ち葉を、てんこ盛りに敷き詰め、樽に適温の水を入れ、馬体を拭って毛布をかけた。

 飼料も浅い桶に盛り、砂糖の欠片を与えてご機嫌をとる。


「ちょっと場所を貸してね」


 大型テントの隅に囲いを作り、洗面とトイレを確保した後、入り口は馬車の後方に固定して、革の垂れ幕で仕切った。

 これで馬車内を通らなければ、テントに入れない仕掛けが完了だ。


 馬車に乗り込みながら広げた探索マップに、レーンの幌馬車が離れた場所で停まるのが見えた。

 ここで接触したら、他人の顔はできない。我慢我慢。。


「レーンさんが着いたみたい」


 目で合図しあって、車座になる。真ん中にドンとシチュウ鍋を出し、深皿にカトラリー、大皿に焼きたてパンを盛った。


「接触して来るでしょうね。覗かれても良いように、手荷物を置いておきましょうか」


 ホアンが率先して、食事しながら相手の出方を推測する。


「躾が悪そうな奴らだ。夜番はホアンとコマキィが前半、自分とウェドが後半で行こうと思う」


 珍しく提案してきたミズリィは、真剣な表情だ。頷くホアンの眼差しが、成長を喜ぶおかんに見える。


「それが良いでしょう。、一応女の子ですから」


「ん? 」


 なんだかホアンに貶められた気がして、じっと見つめる小真希。

 やばいと口を押さえたホアンは、眼を逸らしながら話も逸らした。


「……手荷物と毛布を、出してもらえますか? 」


「  まぁ、 良いけど」


「良いんだ」


 ケラケラ笑い出したリムの脇に、小真希の肘がめり込んだ。


 食事も終わり、暗くなった御者台に魔道ランプを置いた小真希は、撥水加工したモコモコのマントに包まる。

 マップに映る馬車の周りをホアンが見回り、それを避けて赤の点が三つ、忍び寄ってきた。

 野営地の方もは、見事なほど毒々しい。


(自衛よ、自衛。仕方ないなぁ、もぉ〜)


 語尾にハートマークが満開です。

 足元に転移陣を展開して、一キロ離れた場所に放り出そうか。いやいや、眠らせたところで、雪の下にでも埋めてやろうか。クフフッ。。


『待て。我に任せろ。こんな面白い事  いや、危ない事は、我が片付けてやろうぞ。 ぐふぅ ぐふふふ クカカッカカ』


 張り切って算段する精霊を、小真希は不満げに睨む。


「横取りするって? 」


『早い者勝ちじゃ! 』


 スンッと精霊が消えた途端。馬車の周りでくぐもった悲鳴が上がった。

 

 「ずるぅ! 」


 不貞腐れたまま御者台で暇を潰す。

 時折聞こえた変な悲鳴は随分前に終了して、シンと冷えた空気の中、枝から落ちる雪の音だけがした。


『クックック。むははっ、楽しいいのぅ』


 気色の悪い精霊の声は、小真希専用の効果音か。。


「楽しそうで良かったねぇ。横取り精霊」


『むぅ? お前に足が付かぬよう、我は気を利かせてやったと言うに』


「ホウホウ、ソレハソレハ。フゥ〜ン」


 完全につむじを曲げていた。

 気づかないのか知らん顔なのか、当たり前に消えた精霊の後、ホアンが何度目かの周回を終えて帰ってくる。


「コマキィ。そろそろ交代だ」


「わかった」


 じっと座っているのに疲れた小真希は、とても良い返事を返した。

 そそくさと馬車内に潜り込み、ウェドを突つき起こす。

 ホアンに肩を揺すられたミズリィは、一瞬で飛び起きた。

 さすが騎士? かも。。


「はぁ〜、寒ぅ 眠ぅぅ」


 温もりの残った毛布を巻き付けるのと、落ちてきた目蓋がくっ付くのとは、ほぼ同時だった。

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