第46話 高台の上には

 ギルマスレオンは馴染みの行商人に話をつけておくと言って、夜明け前に帰ったらしい。

 ぐっすり眠っていた小真希は、全く知らなかった。

 厳つい見かけによらず、ギルマスさんは、気配りの人みたいだ。


 技能スキルを発動し、上に向かう螺旋階段を造りながら思う。

 いつ見ても不思議で壮観な眺めだ。

 崖がウネウネしながら、形になってゆく。

 大掛かりな粘土細工を見る感じ。ただ、崖の中をくり抜くように上がって行くので、土壁に囲まれている分、景色は見えない。


 ぐーるぐる二回転ちょっと登っている頭上で、ポカリと空が開く。

 明るくなって登り切った先には、展望台から渓谷を見渡すように、絶景が広がっていた。


 眼下に見える足元は、寂れた開墾地跡と小洒落た鍛治小屋。厩は崖下の死角なのか、全く見えない。

 段々畑が急角度で落ち込み、岸まで降りた先には、豊かな河が流れていた。

 対岸は遠く、晩秋の最中でも濃い緑が、遥か先に連なる山脈まで覆い尽くして、まさに樹海。。


「うぁおぅ……野生の王国? 」


 小真希の足元。一歩先に切り立った断崖がある。

 ソアラやレダが落ちないよう、後で柵を造ろう。

 ケイロン……は、いいとして。マリウs ……まぁいっかなぁ。。


「ついでに、畑を見ておくか? 」


 ホアンに声をかけられ、なんで登ってきたか思い出した。

 振り向けば、ホアンの後ろに半眼の面々が見える。ドンマイ。。


「あ うん。じゃぁ籠を……」


「大丈夫、持ってきたわ」


 小振りな籠を抱えたソアラと、ケイロンが登ってくる。

 レダは村長の介護で残ると言い、マリウスは川へ行ったらしい。もちろん、黒竜猫オプトも。。

 黒竜猫オプト、そんなに魚が好きなの? 寂しい……。  


 は、もう少し下った場所にあると言うので、ホアンたちに付いて行く。

 見渡した地面も林の中も、びっしりと魔除け草に覆われて、歩く度に踏みつけた草が臭う。

 そう、スウスウと臭う。ちょっと臭い。いや、すごく。。

 これで魔獣が寄って来ないから、我慢我慢だ。


「あれ? 家だ」


 ちょうど洞窟住居の上を通り過ぎた辺り、林が拓けてボロっちい家があった。いや、小屋よりは数倍大きいから、家。。

 ぱっと見は、古ぼけた田舎家ログハウスに見える。


「開拓していたんだな。住んでは……いないようだが」


 ホアンの声が耳に入らない小真希。

 ものすごく瞳が、キラキラしている。


「ぉぉぉ…… 」


 立ち止まってに入った小真希を、全員が置き去りにした。

 覚醒するまで待つ時間が、勿体無い。


「置いていきましょ……大丈夫よ。強いし  熊より ずっと 」


 でたらめな小真希を心配するより、理不尽な臨終を迎える魔獣の方を、ソアラは気の毒と判断した。

 その方が正解な気もする。とっても理不尽に思えるが。。


 残された小真希は、ワクワクと家の周辺を探索開始した。

 皆が居なくなったのは、すっぽりと抜け落ちて気付いてもいない。


 訳のわからない植物が、みっちりと生えた広場は、草が腰を覆う荒れ野原だ。

 廃屋古いログハウスの山側に、枯れた樹木の林が見えた。

 拓けているので、日当たりは良さそうだ。

 ひび割れた壁や、一部抜け落ちた屋根が、お化け屋敷に思える。


…できそうよ ね」


 思い出せば、村長の時間だけ巻き戻したと思い当たる。黒竜猫オプトの時も、確かに。。


「範囲指定すれば、戻したいものだけ……時を戻せた よね? 」


 立ち止まって、ぐるりと周りを見回す。

 ここは歪な円形に開けた広場。

 半円に山脈の崖があり、後の半円は枯れ木が密集している。

 廃屋は中心部分で、雑草の蔓延はびこった場所はとても広い。


「やってみても良いよね。欲しい技能スキルは、なんちゃて……ぅわぁ」


 身体から球状に、あらゆる気配が沸き起こった。

 瞬間的に脳裏に浮かんだのは、立体的な線描画。

 複雑な形状のワイヤーフレームで、周りの景色から地層まで網羅した、細かな立体映像だ。


「きっつぅ……これ、外部画面スクリーンで見られないかなぁ…頭痛い」


 ふっと脳内の映像が消え、目の前の空中に立体映像が現れた。


「…縛りがないと、不安な現象だわ…タブレットで操作できれば、落ち着くのに」


 いわゆる農園ゲームに近い操作方法が良い。

 しばらく浮かんでいた立体映像が、見る間に様変わりを始める。


 足元から湧き上がる粒子が見慣れたシルエットを形作り、立体映像を吸収していった。

 瞬きの間に出来上がったのは、見慣れた大画面のだ。

 映し出されたのは、現状の景色が縮小されたもの。。


「この景色が、最良の状態だった時に、戻って。お願い、おまけアシストさん」


『……はぁ〜。了解しました……【開拓全般】技能スキルを発動し、限定的に時戻しを実行します……ぅふぅ……お気軽……フゥゥ』


「ちょっとぉ……なんか ごめん……ごめんってばぁ」


 フィルムの巻き戻しに似た変化は、範囲指定した一帯の時を戻した。

 時間にして数秒だった気がする。


 映像が肥大して画面タブレットがら弾け出た後には、整備された畑と自然溢れる薬草の庭が広がっていた。

 簡素な真新しい家ログハウスが、果樹園らしき林を背景に、出現している。


「ではでは、お宅訪問! 」


 おまけアシストの意思表示をマルっと忘れて、はしゃぐ小真希。

 誰か止めてやってくれと、ボソボソ声が。。


 金属製のノブを回すとカチリと音がして、簡単に扉が開いた。

 鎧戸が閉じた室内は、もちろん薄暗い。

 すぐ側の窓を開ければ、狭い部屋は二重扉の玄関だった。


 手当たり次第に、入った部屋の窓も開けてゆく。

 内扉を押し開けた先は居間で、右に大きな暖炉がある。

 暖炉の奥が厨房と、短い廊下で隔てた洗面所付きの風呂場。

 廊下の奥が、勝手口の扉だった。

 勝手口も二重扉になっていて、外扉と内扉の空間には、手洗いとトイレがある平均的な家屋だ。


「エリンの記憶が残っていて、助かった。普通の田舎屋だ」


 居間の左側正面にも小さな暖炉があり、こちらは居間と裏の寝室の暖房用だ。

 寝室の向かいはガランとした大きめの部屋で、半地下の貯蔵室へ降りる階段があった。

 地下も広いが、造り付けの棚以外には、何も無い。


「ふぉぉお。いいもの見っけ。ラッキー! わたしぃ」


 大興奮の小真希を、いい加減にしろと止める者はいない。

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