第15話 追跡は、命がけだってば パート1(改)

 案内された個室は、シンと静まり返っていた。


 鎧を切った直後、両手を地面に着いた熊を見て、小真希は失敗したと冷や汗をかいた。


 ギルドの備品を壊した弁償代が、幾らになるか不明だ。

 借金ができてしまう。

 小真希のほうが、両手を着きたい。


 すっかりしょげ返って、ちんまりとソファーに沈む小真希の前に、受付嬢おねぇさんがお茶を置いてくれた。

 テーブルを挟んだソファーにも、項垂れた熊が座っている。


「もぅ、いい加減にしゃんとしてください。ギルマスが挑発しすぎたからでしょ? 負けたぐらいで何ですか。男らしくない」


 よく分からない単語が聞こえたような。。

 上目遣いした先で、ぶすくれたギルマスが、不機嫌にお茶を啜っていた。


「……おれが、探索者ギルドのマスターだ……おまえ、何者だ」


 そうか、熊がギルドマスターかと、妙に納得してしまう。


「ぁんだとぉ? 」


 慌てて口を押さえる小真希。どうやら声に出ていたらしい。


「まぁいい、合格だ。あれだけできれば、文句は言わねぇよ。ただし、ランクは通常通りだ。一階層から始めて、納品ドロップけたでランクアップ。優遇はしねぇから、自分てめぇで這い上がってこい」


 どこか拗ねた気配を残しつつ、熊ギルドマスターは出て行った。

 弁償うんぬんは、忘れていいかのか? と、びくびくする。


「許可も下りましたので、ここで手続きをしましょう。わたしは探索者ギルドの受付で、ライランと申します。これからよろしくお願いしますね」


「はい。小真希です。よろしくお願いします」


 簡単な手続きで、小真希は探索者の資格を手に入れた。


 初心者は、一階層の植物区画エリアで薬草採集から始め、装備が整った頃にゴブリンの討伐を始める。

 一定数のドロップ品を納入する事で、ランクを上げるのが一般的だ。

 ランクを上げれば相応な下層へ進めるが、いまだに最下層への攻略はできていない。


 現在の最高到達階は三十階層で、神銀ミスリルランクのパーティーだけらしい。

 ランクは青銅から紅鉱ヒヒイロカネまで十段階。小真希に渡されたのも、青銅製の薄いカードだった。


 片隅にパンチ穴が開いており、開拓者登録証明証と合わせて、紐に通しておく。

 冒険者カードが邪魔だなと思ったが、どのカードも紛失すれば再発行にお金がかかる。

 失くして追加金など、恐ろしい。

 特に、冒険者ギルド登録証明証が。。

 仕方がないので、三枚綴りのカードを首にかける。微妙に重たい。


「これからダンジョンに潜りますか? 」


 聞かれて迷う事なく、開拓地へ行くと答えた。


「ぁあ、そうだ。ひとつ聞きたいんですが、北へ向かう道を行くと、何があるのでしょう。……入って行く人を見かけたので」


 困ったような笑みで、首を振られる。


「入って行っても、かまいませんか? 」


 軽く握った指で口元を支えてから、難しい顔をするライラン。

 聞いてはいけなかったなと思い始めた頃に、吐息を吐いた。


「コマキィさん。割り振られた開拓地は、どの辺りでしょう」


 なんだか秘密の相談めいていたので、もらった地図を黙ってテーブルに置く。

 場所の確認をしたライランの怖い顔つきが、なぜだか錬金薬局のソアラと双子な気がした。


「……あなたなら、行けるでしょう。後を付けられないように、警戒していただけるなら…ですが」


 はっきりと言葉にしない会話が、何故か成立したように思える。


「山脈の尾根を、越えた人はいますか? 」


 非常に不味いものを口に放り込まれたように固まったライランが、はっと気を取り直した。


「……いやいやいや、それは無いです、コマキィさん。なだらかに思える南山脈側からでも、尾根の絶壁は登れません。まして強靭な魔獣が蔓延る北山脈側からなど、論外です。今までたくさんの探索者や冒険者が挑戦しました。ですが、登頂する事は叶いませんでした」


 尾根を越えた者がいないなら、山脈の裏側へ行く開拓者たちのルートが分からない。

 今までの会話から、ライランは教えてくれないだろう。どうしても行きたいなら、自分で切り開けと言う事か。。


「わかりました。では、これで失礼します。二、三日うちには、ダンジョンに潜りたいと思っていますので…」 


 探索者ギルドを出て、すぐに脇道へ入る。

 しばらく進んだ頃合で、再びマップに赤三角が近づいてきた。

 なんとかしないと、開拓地へ行くルートがバレてしまう。

 どこにあるのかは知らないが。。

 追ってくる相手は、冒険者ギルドの荒くれ者に違いない。


 マップを確認していた小真希の顔が、容赦のない笑みに変わった。


*****

「おい、大丈夫なんだろうな」


 麓へ至る道から逸れた男三人が、怯えながら森の中を進んでいた。

 道はあるような無いような、途切れ途切れの獣道だ。

 三人の内ひとりは【探知】の技能スキルを持っている。

 目視して標的を定めると、魔力が切れるまで気配を追える技能スキルだ。


「この方向でいい。やっぱり裏側山脈のに行けるんだろ」


 小真希の気配を追いながら、探知技能スキルの赤三角が言い切った。


「そうだよな。何年前からだった? 切捨てるのに裏へ割り振った奴ら開拓者が、いつまでも居つくようになったのは」


 恐々と周りを見回す赤三角三人が、気を紛らわすのに口を軽くする。


「せっかく見回りに行っても、開墾されてねぇ。それでも地所の税は、きっちり収めやがる。無理して踏ん張っているんだろうが、すぐに諦めると思ったのによぉ」


 ちょっとした物音にビビり、だんだん赤三角の足は遅くなる。


「ダンジョンのアイテムだけで上納を賄うには、無理があんだよ。ひょっとして、本当に隠し開墾地があるのかもな」


 一番怯えているのに虚勢を張った技能スキル無しの赤三角が、物知り顔だ。


「あの小娘が、おとなしくルイーザの玩具になっていれば、こんな苦労はしなかったんだ。黙ってヤらせてくれれば、面倒も起きなかった。ああっ! 思い出したら腹たってきた」


 ずっと探知し続ける気疲れが、探知赤三角の苛々を煽る。


「けど彼奴らは、ざまぁなかった。小娘にやられて、使い物にならなくなっちまってよぅ」


 震えているのにもかかわらず、赤三角トリオの馬鹿笑いが森に響いた。


「癇癪を起こしやがって、ルイーザのボケが。小娘に手も足も出なかったくせによぉ。潰してこいだとぉ? 何様のつもりだ」


 一番後ろから着いて行く技能スキル無しの赤三角が、何かを吹っ切って顔をあげる。


「ルイーザなんかの言いなりになるリーダーなんぞ、もう知るかよ。小娘を渡したら、おれは村を出る。やってられるかっ」


 朝からずっと付き纏ってきた赤三角三人が、ようやっと小真希に追いついていた。


「北、だな。金星隠れ開墾地の匂いがしてきた」


 他人を嵌めて潰す瞬間の快感を、赤三角たちは予想する。

 ほくそ笑むに向かって、小真希が接近を開始した。

 山が深くなれば強い魔獣が出る森の中、無謀な者たちが執拗に追いかけたのは、身に降りかかる災厄だったのだが、知るには遅すぎる。


「燃えてきたなぁ、おぃ」


 だらしなく緩む顔が引きつるまで、あと少し。。

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