第128話 チョロイン……かも

「あぁぁぁぁぁぁ! 疲れたーーーーっ 」


 ようやく一日が終わり、入浴の時間になったのだが。。


 専属メイドの作法やら奉仕の指導で、ワタワタするスーザン。

 泣きそうなスーザンを宥め、ぼやきまくるミンツに呆れ、良い加減にせいとキレた小真希は、風邪をひきそうになりながら入浴を終えた。


 自室のベッドにダイブして、ストレス発散で転げ回る。

 散々な一日だった。

 何度死んだかわからない。精神が。。


「生きてるー? スーザン〜 」


 部屋の片隅で、ボォーと立っているスーザンの目は、腐った魚。。

 だめだ、これは……

 

「あたた。足 あしつる アタタタタ ○斗○拳じゃないっつうのぉ。

あぁ〜、古い〜 」


 祖父の口癖を呟いて、ひとり突っ込みに、情けない笑いが起きた。

 敵は歴戦の猛者(?)。悔しいけど、今のところ歯が立たない。でも、いまにグウの音も出ないくらい、ザマァしてやるっ。

 仕返しの方法は、また後で考えるとして。。


「あたた 」


「お嬢様っ。みっともない振る舞いは、おやめくださいっ」


 扉を閉めたミンツが、この世の終わりみたいなため息を吐き出す。

 頭の上には、綺麗な紅三角がピコピコ。


「元気ねぇ、。感心するよ」


「わたしは、ミ・ン・ツ! 記憶力もありませんのぉ? これだから、辺境の方は 。ルイーゼお嬢様なら、こーんな、みっともない事などされませんのに。ヤダヤダ、恥ずかしいですわぁ」


 頭上三角の紅が、得意そうにペカペカ光った。


(えー、表示能力が進化した? 芸、細かっ)


『お褒めに預かり、恐縮で〜す ほほ 』


 暇なだ。完全にミンツで遊んでいる。


、そんなに恥ずかしいなら、家政婦長に言ってあげるよ。ルイーゼさんとこに、行きたいのよね」


 クッと唇を噛み締めて、ミンツは小真希を睨んだ。


「ミ ン ツです! 家政婦長を盾に取るなんて、馬鹿のひとつ覚えですか。同じ事しか言えないくらい、記憶力がありませんの? 全くこれだから、は嫌なんです」


「うん。嫌われてるのに、覚えておく意味、ある? 」


「 ‼︎ 」


 驚いて、目も口もまんまるになったミンツに、小真希は歪んだ笑みを向けた。

 何やかんや人を貶めるミンツだが、底意地が悪そうには見えない。

 まぁね、駄々っ子のマウント取りは、うざったいが。。


「常識よね。どうして嫌われてる相手に、仲良くしてもらおうなんて努力を、わたしがしなきゃなんないの。あんたさぁ、一緒に居るのも苦痛なんだよね? 平民の田舎者に仕えるって、あんたのプライドが折れそうなんでしょ。お互いに疲れるよね」


 拳を握り、小真希を睨むミンツに、軽く指を振って退出を命じる。

 指先の意味を理解したのか、可愛らしい顔が鬼になった。


「下がって良いわ、ミンツ 」


「…… おやすみ なさいませ  」


 静かに出てゆく後ろ姿に、やり過ぎたかも、と反省する。


「やっぱ、意地悪だったかなぁ 」


 もうちょっとミンツが、スーザンに親切なら良いなと思う。


 横について口だけ出すスタイルが一般的なのかどうか、小真希には分からない。ただ、使用人の作法を知らないスーザンが、オロオロして萎縮するやり方は、人としても違うと思う。


「スーザンも休もうか」


 いまだぼんやりしている専属メイドスーザンの肩を押して、侍女用の部屋に押し込んだ。


『安眠の魔法をかけますか? Y/N 』


「イエスでお願い」


『了解しました。マスター』


 小真希もベッドに潜り込み、かけ布団をミノムシみたいに巻き付ける。包まれている感じで、安心感が増す。


「ハァァ  きっつい 」


 午前中はミセス・エバンズの、マナー実践歩行訓練教養座学筆記、計算テスト。マナー実践歩行訓練は手こずったが、教養座学筆記、計算テストは満点だった。


 午後は家政婦長シシィ・モンゴメリが担当するダンス指導で、パートナーは執事バートン・クルウ。さすがに身体強化と反射神経補助技能スキルが働いて、珍しくお褒めに預かった。

 はぁ〜。。


 緊張感溢れる午後のお茶アフタヌーンティーの後に、執事バートン・クルウによる魔術関連の座学。実践は知識を付けてから。。


 夕食前にバルト・ユミナルスーザン兄戦闘訓練素振り百回。淑女教育に、戦闘訓練素振り百回? なんか違う気がする。


 昼食と午後のお茶アフタヌーンティー、それから夕食時にミセス・エバンズが同席した。

 これから毎日、朝食以外は一緒だそうな。。


 昼食も、午後のお茶アフタヌーンティーも、夕食も。

 着席する姿勢と、専属侍女スーザンによる椅子移動のタイミング合わせが難航し、なかなか先には進まなかった。

 ワタワタするスーザンと息が合うまで、延々と着席の練習は続いた。


 やっとこさ席に着いて、さぁお茶とお菓子だと張り切ったのに、座る姿勢を指摘され、繊細なカップの持ち方や置き方、果ては口をつける角度から、一連のスムーズな首の傾け具合まで指導が入った。


 昼食と夕食も、スーザンと息が合わずに難儀したし、いざ食事と思ったら、カトラリーの持ち方、食材を切り分ける大きさ、口に運ぶ角度から咀嚼回数まで指導が入る。

 好きなだけモグモグさせてぇ〜。。


 結局、朝食以外になにを食べたのか、覚えていない。。


 なんのこっちゃ何のことやら、頭がだ。

 おかげで小真希は、午後のお茶セットアフタヌーンティーを見つめただけで、お茶もお菓子も口には入らず、時間切れタイムアップに歯軋りして、長いお説教を食らった。


『大丈夫です、マスター。本日分は完璧に習得しました』


 ウキウキしたに不満が湧く。


「ズルするのは、負けたみたいで嫌なのよ。ここは実力でギャフンと言わせなきゃ、モヤモヤが晴れないっ。  まぁ、ちょっとぐらいアシストしてくれるなら、嬉しいかもだけど 」


 正々堂々宣言に、きっちり泣きが入っている。


「それにさぁ。意地悪じゃ無いっぽいし、おばさ ミセス・エバンズ」


 何回見ても、ミセス・エバンズの頭上には、ずっと青三角がくっ付いていた。

 言葉もキツいようでいて、心から人を蔑む嫌な感じはしなかった。


「何だかなぁ。めっちゃ張り切ってますぅ! て、感じ? 」


『マスターが望んだ事ではありません』


「そうよねぇ」と返事をする小真希の意識は、半分以上眠りの中だ。


『他人の勝手な思惑に、乗ってやる義理はありません。でも、ちょろいマスターは、お人好しを利用されてしまう。困ったちゃんですね』


 寝入ってしまった小真希に、のアナウンスが、優しく溢れた。


『マスターのストレスが幾分か軽減するよう、スーザンに睡眠学習をしましょうか……ね』

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