第6話 アドベンチャーでGo(改)

 安心な履き心地に、心の余裕ができる。


 衣食住の「衣」の収納には、小真希の持っていたリュックが、「食」の収納には、スーパーで買ったお洒落な惣菜類が入っていた。


 お高いビールに心は揺らいだが、酔っ払って迷子は御免だ。

 無事に外へ出られたら、冷たいビールでボッチ乾杯しよう。


 傷んだ衣服を修復リペアで修理し、身体ごと洗浄クリーンで綺麗にして着替える。

ついでに惣菜も少し食べ、満足して頭もはっきりした。


 冷え性の小真希のリュックには、気温変動対策品が、常時目一杯に入っている。


 小真希に比べて、エリンの身体は小さい。

 幸い下着やレギンスはどうとでもなったし、エリンが着れば脹脛ふくらはぎ丈になるロングブラウスも、スカーフを捻ってベルト代わりにした。


 ふた回りほど大きかったスニーカーは、予備に持っているクーラー対策のソックスを重ねて、ぎちぎちに紐を引き締めたら充分に履けた。


 冒険の準備は万端だ。


 小真希に必須の三欲が満たされ、歩く元気も出てくる。


「いやぁ、満腹した。さて、行くぞぉ」


 食事、清潔、好奇心。これがあれば、頑張れる。

 空にしたリュックに、ハンカチとクーラー対策のダウンの膝掛けを入れる。


「水筒の中を、空間収納にできるかな」


 携帯に向かって質問すれば、イエスの文字が浮かんだ。


「ここの水を、できるだけ収納して」


『了解しました。地底湖と水筒を、異空間で接続します』


「キャッ。ありがとう! 」


 お気に入りの喉飴を口に放り込んで、本人的には颯爽と歩き出す。

 赤熊に遭遇した場所から、しばらくは起伏のある洞窟内を確実に下った。


「ほんと不思議。上からの明かりって、どうなってるんだろ」


 鋭角に重なった天井の暗がりから、所々漏れくる光で、洞窟の中はかなり明るい。

 多少でこぼこしている地面も照らされて、足元は安全だ。


『また熊に出会わぬよう、【把握】の練習くらいせよ。お前は能天気でいかん』


 そうだった、そうだった。


 サバイバルの限定技能オリジナルスキルにあった【把握】を使えば、周りの気配が分かるようになる。……らしい。


『【鑑定】を併用すると、いろんな事も察知できる。そのくらいは、出来の悪い自分の頭で考えよ。この、甘ったれめ』


 ものすごく意地の悪い言い方をする精霊に、いちいちカチンと反応する小真希。その反応が面白くて、遊ばれているのに気がついていない。


「はあくと鑑定? ……把握……【把握・鑑定】」


限定技能オリジナルスキル【把握・鑑定】を発動します。全てを対象にしますか。Y/N  または対象を限定しますか。 敵対生物1・否敵対生物2・安全進路3』


「むむむぅぅ……どれも、対象よね……イエスで、ポチッとな」


『了解しました。地形表示上に、敵対生物1を赤で、否敵対生物2を緑で、安全進路3を青で表示します』


 足元に、半透明な円板状のスクリーンが展開した。

 小真希を中心として、白の濃淡で地形が浮かび上がる。

 一本道だった前方に複雑な枝道が広がって、どこかで見たような形を展開していく。


「これ、地図? なんか…航空地図? みたいな? 」


 前方にあるのは、区画整理された場所が、崩れたような地形だった。

 赤の点はひとつだけ。綺麗で大きい青緑の点の側だ。


「あれ? 青緑って、なんだっけ」


 いくつも枝分かれした道は、すべて中心にある青緑の点へ繋がっていた。そのうちの一本が青くなり、進路表示に変わる。


「うぅわぁ、どうしても赤い点の近くを通るの? 」


 安全進路は赤い点滅を通り過ごし、円形のスクリーンからはみ出していた。


「最悪ぅ」


『グジグジ言っても始まらん。その時はその時で、何とかするのが面白い』


 高みの見物状態な精霊を、いつかギャフンと言わせよう。

 小真希はしっかりと決意した。

 なだらかな道を歩いているうちに、ずっと続いていた違和感の原因に気がついた。


「ねぇ、どうして道があるのかな。道以外の周りは、自然だよね」


 両手を広げて左右の壁に手が届くか届かないかの広さで、道が出来ている。

 自然の裂け目なら、もっと足場が惡い筈だ。

 道の表面のでこぼこは、丸く磨耗している。


『スライムだな。アレが行き来すれば、自然と溶かされて道ができる。アレは同じ場所を徘徊する習性だ』


 小真希の頭に、青くてウルウル目の水滴が浮かんだ。


「……可愛いかも」


『アレがかわいい? ……高尚な趣味とは思えん』


 辛辣な精霊を無視して、足を速めた。

 前方のぽっかり空いた部分をくぐれば、迷路じみた場所へ入る。


「天井も低いし、暗いわ。どうしよう」


 恐々のぞきこんで腰がひける。


『火は使うな。地底の狭い場所で使うと、爆発する事がある』


「ぇぇえ。うん……」


 生活魔法の【着火】は何かを燃やす魔法だし、今は燃やすものがない。


「明かりねぇ。キーライトしかないわ」


 一人暮らしになって、家の鍵を開けるのに必要だと知った。

 お役立ちアイテムと友達に勧められていたが、実際に使うまで必須アイテムだとは思わなかった。


 小真希の居たアパートは、ずいぶんと年季が入っていた。

 部屋の外灯は各部屋が点灯する仕組みだったので、帰宅が遅い小真希は鍵穴の見当がつかない。

 小さなキーライトの頑張りに、頭が下がった記憶がある。


「あれって、ずっと押したままにしないと、消えるのよねぇ」


 ぶつくさ言いたいが、仕方がない。暗い中を歩くよりマシだ。

 収納から指で摘めるサイズのライトを取り出し、前方へ向けた。

 遠くまでは無理で、あちこち照らした結果、なんとなく丸く浮き上がったのは、薄暗くてぼんやりした足元だった。


「無いよりマシか」


 覚悟を決め、小真希は天井の低い暗い洞窟へと踏み出した。

 幸い足元はなだらかで、つまずく出っ張りもない。

 ずっと押さえつける指が、地味に痛いだけだ。


「何もないね」


『ぅむ』


「静か過ぎるね」


『そうだな』


「やっぱり怖いよね」


『……』


「魔物の赤点は無いよ」


『……』


「出てきたら、いやだなぁ」


『む…』


「はぁぁぁ」


『やかましいわ! 黙って行けっ! 』


「ひどい……」


 漫才じみた会話をしながら、暗がりの中を歩く。

 時間の感覚がおかしくなり、パンパンに張ったふくらはぎが痛くなってくる。


「あれ? 洞窟の終わり? 」


 進行方向のマップに、開けた空間が表示された。

 深く曲がりくねった道を行けば、先の方で薄明かりが射している。


「出口……な わけないか」


 長く歩いて上がらなくなった足を引きずり、たどり着いた場所には、柔らかな下草と疎らな木々、岩に囲まれた泉があった。

 どこからか薄陽が差して、ほのかに暖かい。


『ん? 精霊の加護か……あそこにもヒュバル苔がある』


 好物の言葉に、小真希は目を輝かせた。

 地底湖の側にあったのは、さくらんぼに似た果物だ。


「どこにあるの? あれ、美味しかった」


『……急に元気だな……泉と岩の境目を探してみよ』


 泉の中央から湧き出す水で、水面は細かなさざ波を立てている。

 小真希の背丈ほどもある大きな岩が泉に迫り出していて、さざ波を砕く場所の岩肌に、濃い緑の尖った苔と、みっちり実っているヒュバルが赤い。

 微かな飛沫に濡れた実が、完熟していた。


「たくさんある。よし、ぜんぶ収穫していこう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る