第7話 んー……サクッと……(改)

 歩きなれない足は、休憩のつもりで座った泉から出発できなくなった。


 外なら夕方にもならない時間だと、精霊は呆れて文句を言ったが、現代っ子を舐めないでもらいたい。

 こんなに歩いた記憶は、高校生の時で終わっている。


 怯える神経は支援技能スキルで緩和され、自分でもびっくりの平常心で熟睡した。


 泉の区画は安全地帯セーフティーゾーンだったらしく、魔獣の襲撃もなく一夜が明けたのは幸運だ。

 それでも暗い洞窟は苦手で、及び腰になりながら、再び進行方向を進んで行く。


「もうすぐ赤い点と接触するわ。どんな魔獣なのかな」


 足元で展開している進路図を、マップと呼ぶ事にした。

 ぐるりと周りを映し出す半透明の地図は、上空から俯瞰ふかんする某マップにそっくりだから丁度よい。


「この向こう? 」


 少しづつ細くなっていくトンネル状の通路が終わり、扉の無い入り口から中を覗こうとした目の前に、突然、透明なが落ちてきた。


『サバイバル発動』


 自動で始まった肉体操作マリオネットが、瞬時に身体を跳ね上げる。


「はぅぇ? 」


 空中で器用に回転し、着地し、後方回転バック転

 途切れる事なく、上下左右に転身する。

 見えない速度で飛んできたを、ぎりぎりで躱してゆく。

 当然、一瞬前に居た場所は弾け、抉り込んだ線を刻む。


「うぅわ。いつの間にが側にいたの」


 潜ろうとしていた壁が砕け散り、ずぬぅっと現れた透明な巨体。よく見れば、鏡のような鋼色だった。


 広い場所の中心近くに居たはずの敵対生物赤点が、地響きを立てて一歩踏み出す。それにつれて、洞窟の天井が崩落した。


「えっと、◯ン◯ダ◯? いや、凄くブサイクだわ」


『無知な小娘だ。あれはゴーレムと言って、地底の宝物庫などの守護者ガーディアンだ』


「え゛ぇ〜……普通にブサイクだわ。球状の関節って、ないわぁ」


 肉体操作マリオネットで躱せる事実が、小真希を危ういほど冷静にした。

 もっとも、精神的な支援の賜物だろうが。。


『過度の魔力及び、体力の消費により、一時的に肉体操作マリオネットの発動が切れます。防御プロテクト展開、合わせてシールド重複展開。回避、または攻撃の準備をしてください。再始動まで、三分。次回からの発動時間は、大幅に調整されます』


 頭の中で淡々と告げられた内容に、思わず目を剥いた。


「はあぁぁぁ? そんなの聞いてないぃ! 何星人なのっ? 」


 後方に飛んで着地した身体が、ありえないほど重くなる。


「ちょっ あぶなっ 待ってぇ きゃっ」


 真正面から被弾した衝撃で、軽々と飛ばされた。

 消えない勢いで、身体が二転三転地面を跳ねる。


『あと三回の衝撃で、シールド。その後二回で、防御プロテクトが崩壊します。対処してください』


「えええぇ! じゃぁ か、解体」


 エラー音が頭に響く。

 同時にゴーレムの拳が、最外層のシールドを砕いた。


「ぎゃっ……ぇ、えーと……収納? 」


 またも響くエラー音と、拳の衝撃音。派手に二層目シールドが砕け散る。


「ひぃいい……ぇぇと…とぅ…ひゃぁ! 」


 最後のシールドが砕け散って、機械的にゴーレムの腕が持ち上がる。


シールド、消滅しました。直接攻撃に備えてください』


「むぅ…りぃ」


 今度は直接に殴られる。

 たとえ防御プロテクトしていても、無事で済むとは思えない。


『うぅむ。死に戻りか』


 呑気な精霊の声がした。


「うぇえ! ぇ? あ。時戻り! 素材に還れっ! 」


 破れかぶれで叫んだ小真希の面前で、ゴーレムが急停止する。

 振り下ろした拳は、小真希の鼻先だ。

 情けなくへたり込んだまま、耳に刺さる自分の呼吸音を聞いていた。


(し ぬ? )


 一回りして、妙に冷静になった部分が、思った。

 人の身体って、こんなに震えるものなのだと。。

 支援で精神をカバーしているのに、本能はきっと怯えている。

 もう二度と、油断はしない。深く深く、反省した。


 淡い光に包まれたゴーレムが、素材に還って行く。

 時戻りって、ほんとに怖い加護だと思う。


『……お前、なんだかエグい気がする』


 あんたに言われたくないと、大声で返してやりたい。


「あのねぇ! 合理的…なのっ」


 せっかく生まれて? 今まで頑張ってきたゴーレムが、ちょっとだけ可哀想かなと思ったのは、なかった事にした。


 自動解体、分類別収納が終わって、見晴らしが良くなった向こうは、スタジアム級の広場だった。

 中央に歪な石柱が浮いているのは、ある意味お約束だろうか。。

 変形した菱形に、ふくよかな老人が杭で縫い付けられている。


『おー、大地の精霊ではないか。長い間会わなかったが、こんなところで何をしている? 』


 同行している時空の精霊が、のんびりと声を掛けた。


*****

『なはは……世話になったの』


 試行錯誤のすえに、身体ごと石柱まで貫いていた杭を、空間収納で取り去った。


 両手足と右肩を縫い付けていた杭は、鋼鉄並みに硬い硝子だ。


 精霊や妖精は、硝子を通り抜けられない。ゆえに、のんきに地下で眠っていた大地の精霊を、人間は、これ幸いと硝子の杭で封印したらしい。

 身体を縛った石柱には、精霊のマナを拡散させる魔法陣が刻まれ、一国を潤す豊穣の加護を、だだ漏れにしていた。


『散々こき使われて疲れたのぉ。暫くは眠るとするかのぅ』


(いや、今まで寝ていたよね? )


 背伸びをした精霊は、たゆたゆと豊かなお腹を揺らす。

 欠伸混じりにあちらを見ては眉をしかめ、また視線を動かしては息を吐く。


『我の恵みに満足せず、欲望に負けて、要らぬ血を流しすぎたの。豊かで清浄であった地が、ずいぶんと汚れておる。何を求めたのであろうか』


 異世界人を召喚した目的は、やはり戦争かなと、他人事のように思った。


『さて、この地を離れて眠るには、少々重い荷物がある。面白い魂の人間よ。我を自由にしてくれた礼に、持って行け』


 大地の精霊が地面に手招きすると、眩い塊が浮き上がった。

 塊と言うよりも、輝く地面そのもの。。


『我が汚れぬように纏っていたマナだ。お前にやる』


「ふぁ? 」


 冗談抜きで、アゴが外れた。


『そうさのぉ。お前の認識なら、直径で百キロというところかのぅ』


「はぁ? いや、でもぉって、なに? キロって。わたしの記憶を見た? 」


 そんな嵩張る荷物など絶対に遠慮したいし、プライバシーの侵害だ。


『もらっておけ。お前の収納なら楽に入る。安全に生きたいのであろう? 大地の精霊よ、つべこべ言わずに、とっととくれてやれ』


『あい分かった』


 小真希をそっちのけに進めるふたりへ、思わずキレる。


「あい分からんわっ! 勝手に話を進めないでっ」 

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