第8話 サクッと……『甘い奴だな』(改)

『我が去れば、この地は活力を失う。我を虜にした人間の国は、これから寂れるであろうのぅ。だぁっはっはっは』


 取って付けた笑い声は、乾いてしまった大地の精霊の、悲哀に聞こえた。


 精霊を縛った罰が、マナで豊かだったこの国にくだる。

 小真希や先輩を召喚した国に罰が当たるのに、あまり嬉しいとは思えない。


『ほれ。力を使いやすいよう、経路を繋いでやろうぞ。大盤振る舞いよの』


 ぼやぁとしているうちに、両手首が熱くなる。


「え! やだっ」


 ぐるりと手首を巡った蔦模様が、両手の甲に伸びて花になる。

 右手が百合に似た尖った花。左手が蓮に似た杯の花だ。

 うっすらと光を帯びたそれは、何かの紋章のようで、瞬く間に跡形もなく消えた。


「なんだったの? 」


 なんの変化も見えなくなった手を撫でて、身震いする。


『さて、我は行く。息災で居よ』


 てぷてぷに太った仙人みたいな大地の精霊が、地面に潜って居なくなった。


「ぜんっぜん、人の話し聞かないよね」


 大地の精霊の残滓なのか、地面のあちこちが光を宿している。


 仄かな明かりに安堵して、マップを展開した。

 ゴーレムとのどさくさに紛れ、お気に入りのキーライトは、どこかへ行方不明になっている。


「【把握】、キーライト」


『了解しました。点滅表示します』


 円盤状に広がったマップの数カ所に、キラキラが現れた。


「あらら、粉々になったのか」


『収納して、修復リペアしますか。Y/N」


「イエスっと」


 便利機能で、思い出の品が帰ってきた。


修復リペアの星が増加し、上位互換の加工クラフトが発現しました』


 幸先よく、上位互換も習得したようだ。 

 マップを最大限に広げて、広場より先を探る。

 浮き上がった安全進路の青が、色を変えていった。


「ん? 」


 この先の通路で青から黄色に変化したものが、グラデーションでどんどん変わっていく。


「んーーーーん? まさかの注意信号、だったりして……」


 歩くたびに更新するマップの先で、大きな赤が点滅し始める。


「……マジですか」


 さっきの失敗を踏まえ、しっかりと気を引き締める。

 用心して踏み込んだ亀裂の向こうは、壁全体が発光する人工の石造りだ。


『ほぉ。ダンジョンではないか』


 ずっと小真希の斜め上で見学していた精霊が、好奇心旺盛に前へ出てくる。


「ダンジョン? 」


『そうだ。魔素の濃い地形では、まれに無機物の核が湧く。魔素が集約して凝った擬似生命だ。己が成長するのに、となる魔獣を生み出し、外界の獲物を引き寄せて吸収しようとする。を狩れば、面白いものを落とすぞ』


 ポップとドロップだろうか。


(ものすごーく、ゲームくさい)


 マップに映る通路の先で、不意に小さな赤点が灯る。


「ん? さっきまで何もなかったよね」


『おおかた魔物でも湧いたのだろう。迂闊うかつなお前の事だ、油断するな』  


(ほんっとに、一言多いわ)


『心配してやっている』


「だーかーらー。頭の中を読まないでー」


 なんだか腹が立つと思いながら、神経を研ぎ澄ませる。


『サバイバル技能スキル、発動します』


 マップの赤点が、ぶれるように増えた。

 真っ直ぐな一本道の床に、ちょこまかと動くシルエットたち。


「きのこ? 歩くきのこ…と、黄金色の…水風船? …みたいなの」


 ちょこまかと移動する、エリンギみたいな茸が二体。ポワンポワン跳ねる水風船が三体だ。


「縁日で掬ったわ、


 気が抜けそうなユニーク物体の取り合わせだ。


『彷徨い茸と、お前の好きな黄金スライムだ。嬉しかろう』


 茸は膝丈まである大きさで、スライムはソフトボールくらい。


「ヤダ、可愛い」


 ほっこりする小真希に、精霊が鼻を鳴らした。


『お前、死に戻るぞ。油断しおって』


 敵対生物の赤だが、見かけの可愛さに攻撃を忘れている。


肉体操作マリオネット発動します』


「え? 」


 左手で掴んだシールドが、跳ねたスライムと激突する。

 澄んだ音を立てて割れたのは、実体化した小真希の盾だ。


「うそぉ」


『大地の精霊の加護を流用。強化に転換します』


 再び両腕に発現した小盾シールドが、足元に迫っていた茸と、時間差で突撃してきたスライムを打ち抜く。

 弾け飛んだ赤点茸とスライムは壁に激突するが、ダメージが通った様子はない。


「めちゃ強い? 」


 もし一度でも当たったら、きっと死に戻る。


『素材保存庫内で、ゴーレムの素材を加工します。三分間、持ち堪えてください』


(短い ? 長い! )


 突進を躱す耐久レースが、始まった。


 時間差で攻めてくるスライムの攻撃を、強化したシールドで弾きながら跳躍する。

 ピンボールのように、壁や床、天井から跳ね返るスライムが、身体を掠めて吹っ飛んだ。

 着地と同時に、肉体操作マリオネットが消滅。気を取られた隙に、茸の体当たりを受けて転倒する。

 起き上がる前に、天井からスライムが突き刺さった。


「ぐほぉ……い…ったぁ」


 シールド防御プロテクトをぶち抜いて、躱しきれなかった脇腹が裂ける。


『並列思考。シールド多重展開。加工終了まで、残り十秒切りました』


 淡々と脳内で声がする。 


「時戻り、脇の怪我のまえ……お願い。間に合って…」


 スライムと茸の攻撃で、外側から破れるシールドに、冷や汗が出た。


休止時間クールタイム終了。肉体操作マリオネット再起動。完成した武器を顕現します』


 両手で掴んだ柄を、跳ね起きた身体が振り回す。


「ぐぇっ」


 有り得ない動きに脇腹が捩れ、ひしゃげた声が漏れる。


 器用に弧を描くのは、両手に握る鏡鋼アダマンタイトの小太刀だ。

 左右にふた振り。茸が裂け、スライムが空中で爆散する。


「当たれ! 」


 流れるような小太刀の斬撃にスライムが四つに割れ、千切り茸が床に散らばった。残りひとつの金色スライムが耳元をかすめ、くらりと意識が揺れる。


シールド展開』


 跳ね返って背後に飛来する黄金スライムを、二枚のシールドが抑え込む。

 捕縛は一瞬で砕かれるが、回転して踏み込んだ小太刀が、真ふたつに黄金スライムを両断した。

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