第9話 何気にサクッと(改)

 彷徨い茸と黄金スライムのドロップは、魅了薬チャーム完全回復薬神酒のソーマだった。


「スライムに完全回復薬神酒のソーマなんて、びっくりだわ」


 鑑定して、この世界の基準がおかしい。と思う。

 小指大の透明アンプルに入った、黄金色の液体ソーマ。まるで宝石のようにキラキラしている。


 彷徨い茸の魅了薬チャームは、皮膜に覆われたカプセルで、何にでもすぐに溶ける優れものだ。

 なぜだか小瓶で、五粒入りなのが平均とか。。

 意味の分からないお約束だ。


『黄金スライムは、百層以上あるダンジョンの、最下層にしか湧かない魔獣だったはず。ならばここは、最低でも百層を越える最下層にちがいない。ダンジョンの最深部なら、が貴重品なのは、当たり前だろう』


 精霊の偉そうな薀蓄うんちくに、気持ちが凍った。


「ここって、最下層? ほんと、かんべんして? 」


 危ない場所から逃げ出して、命がけの戦闘をくぐり抜けて、とっても危ない場所へ彷徨い込むなんて、不幸だ。


『確か、ダンジョンの主を倒せば、一階への転送陣が出てくるハズだぞ。お前なら、サクッと殺れるだろう。ゴーレムみたいに』


「いや、それおかしいから……普通に無理だからね? 」


 どうせ手助けする気もない精霊に向け、小真希は真剣に言い返した。

 このまま調子に乗ったら、今度こそ死んでしまう。

 痛い思いをして、死に戻りなんかしたくない。

 そう思う反面、怖い思いはしたものの、呆気なくゴーレムを素材にできた。


 時戻りの加護を使えば、案外できそうな気もする。

 思った事が、口に出ていた。


「なら、サクッと!」


『そうだ! さっさと終わろう』


 精霊が浮かべた満面の笑みに、確信した。


「やっぱり、現状に飽きたのか」と。。


 さあ行こう、ほら行こうと、遠足前の小学生ではあるまいに、精霊のテンションがおかしくなっている。

 ダンジョンの危ない主と出会う前に、テンションのおかしい精霊に絡まれるなんて、やっぱり不幸だ。


 誰のせいでもない。すぐにその気になる、己の軽い口のせいだ。

 ポロっと溢れたそれを早くも後悔して、小真希は項垂れた。


「ドンマイ。次は気をつけよう……わたし」


 落ち込んだ気を掬い上げて、前向きになる。力技ちからわざ空元気からげんきだが、無いよりマシだ。


 マップにある大きな赤い点を目指し、ダンジョンの通路を行く。

 後から考えれば、直角に曲がった辺りが、そこだけ薄闇だなんて、あからさまに怪しい。


 罠を張って待ち構えていた皇帝蟻と遭遇。速攻で、肉体操作マリオネットが発動した。

 両手に具現化した鏡鋼アダマンタイトの小太刀で、蟻の細い胴を両断する。

 蟻の悲鳴で薄闇が晴れ、小真希と同じ大きさの皇帝蟻が、びっしりと床を埋めるのに対面した。


『罠解除技能スキルを習得しました』


 迫る蟻の背中には、大嫌いな白い幼虫が、うぞうぞ。。

 忌避的感情緩和と精神安定支援の、リミッターが振り切れた。


 奇声をあげて倒しまくった結果、若返り薬アムリタを抱えるほどドロップ。

 なぜか狂戦士の技能スキルも増えている。


「もう、肉体操作マリオネット無しでは、生きていけない」


 冗談抜きで、泣き叫ぶ小真希。それなのに、助かって、ホッとして、油断して、同じ事を繰り返した。


 真正面から突っ込んできた俊足の月光兎に跳ね飛ばされて、強化シールドが砕け散る。

 防御プロテクロで致命傷はなかったが、気がつけば壁に身体がめり込んでいた。

 自動発動でシールドを連続展開するが、発動するそばから破壊されてゆく。


 埋もれた身体に、執拗な体当たりを繰り返す月光兎の群れ。

 俊足を生かして体当たりしてくる攻撃に、ひたすら耐える。

 最後は、激突を繰り返した月光兎のほうが、衝撃に耐えられず砕け散った。


 大地の精霊からマナをもらっていなければ、瞬殺で死に戻りしていたのは、小真希のほうだ。

 耐えるだけで終わった戦闘に、感慨深く思う。

 蟻も兎も、群れる習性があったのだなと。。


(月光兎の角が万能薬エリクサーの器だったのは、呆れたけど…合理的? )


 透き通った角型に、淡い真珠色のクリームが詰まっている。


(すごい数よね。売ったら大金持ち? )


 収納に自動回収して先を目指す。

 痛い目にあっても、目先のお金に安心して、危険を忘れる性格は治らない。

 平和に慣れた日本国民の小真希だ。


(早く外に出たい……)


 支援で回復してゆく心身でも、心の折れ具合は治しきれないと思う。


『さぁ、ここだぞ。何がいるのかな。ぁははは』


 重厚な扉を前にして、ご機嫌な精霊だ。

 折角手に入れた万能薬エリクサーを、使わないで済むように短く祈る。


(入ってすぐに正体確認。時戻りで威力削減。転送陣に飛び込む…うん、完璧)


 そんなに都合よく行けば、誰も苦労はしない。

 深呼吸で気持ちを落ち着け、こっそりと重々しい扉を押した。

 積もった埃の具合で、永く閉じていたのがわかる。

 初めて開くかもしれない扉は、存外に軽く動いた。

 全開しても、中の様子は理解し難い。


 マップの赤点は目前にあるが、くろぬめる壁以外に何もなかった。


肉体操作マリオネット発動』


 頭が理解する前に、小真希の身体は前転し、さらに真横へ飛び跳ねた。床全面を鋭い突起が覆って、着地した身体のあちこちが傷だらけになる。


「かべ……」


 壁ではない。

 巨大な魔物が羽ばたいて、距離をとった。

 天空かと思うほど天井が高い。

 周りの壁も見えない空間が、広がっている。

 硬そうなのに、しなやかな動きで空中を泳ぐ、巨大なくろい威容。


 どうしようもなく、腰が引けた。


「あれって、ドラゴンに見えるけど、間違いよね……間違っていて…」


 蠢く虫も嫌いだが、爬虫類は死ぬほど嫌いだ。


『惚けてないで、時戻しせよ。下手をすれば、魂まで砕けるぞ』


 軽薄で毒舌、いい加減な気性だった精霊が、怯えを含んだ真剣さで言った。


『どうしてアレが、ここに居る? 閉じ込められるほど、大人しい奴ではないのに…』


 小真希の中で、警鐘が鳴り響く。 


精霊使いの紋章大地の精霊の加護を発動します。加護【時戻り】を強化。自動発動オートコントロールで対処します。戦闘回避できません』


 ふわりと小真希を目掛け、空飛ぶ危険が滑空した。


「時戻り……生まれる前! 」


 勝手に口が言葉を紡ぐ。


 落ちるように突撃するドラゴンが、朧げな光に包まれた。

 勢いのまま迫る体躯が、どんどん小さくなってゆく。

 それは、見る間に形を変えた。


「……ぁ、え? 」


 弧を描いて落下する丸い物体が、慌てて伸ばした両手をすり抜ける。


「ぁ、ぅわ……」


 わざとでは無い。

 虚を突かれて、動きが遅れただけだ。


 足元に落ちた物体から、クシャッと、悲しい音がする。

 床一面が鋭い突起に覆われていたと、遅ればせながら思い出した。


「あぁぁ……ごめん」


 一瞬の空白に、精霊の怒声が響く。


『 万能薬エリクサー! いや、先に完全回復薬ソーマをかけろ! アレが死ぬぅ! 』


 精霊が上げた悲鳴で、肉体操作マリオネット状態だった小真希は機敏に反応した。


 優しく卵を膝に乗せ、収納から呼び出した完全回復薬ソーマのアンプルを、素手で捻じ切る。

 大きくひび割れて陥没し、裂けた卵膜の間から完全回復薬ソーマを注ぎ入れる。


『早く殻を修復しろっ! はやく! 』


 わいのわいのと煩い精霊を無視して、取り出した角型容器を捻り、指で掬ってひび割れた殻に塗り込んでいく。

 見る間に修復されて形を取り戻した卵の殻に、血の跡が残っていた。


『まさかお前、怪我をしたのか? 』


「え? 」


 卵の横に落ちている完全回復薬ソーマのアンプルと、万能薬エリクサーの角型瓶には、小真希のものだろう血痕がついていた。


「ぁ…アンプルを折った時、ちょっと痛いかなって……なんか、まずかった? 」


 小真希がへたり込んでいる床に、転送陣が浮き上がってきた。


『……仕方ない……これも巡り合わせか……』


 悲壮な精霊に、不安しかない。


「ちょっとぉ! こわいんですけどぉっ」


 完全回復薬ソーマか、それとも万能薬エリクサーか。

 小真希の手や身体に付いた傷は、見る間に回復して消えた。

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