第9話 何気にサクッと(改)
彷徨い茸と黄金スライムのドロップは、
「スライムに
鑑定して、この世界の基準がおかしい。と思う。
小指大の透明アンプルに入った、黄金色の
彷徨い茸の
なぜだか小瓶で、五粒入りなのが平均とか。。
意味の分からないお約束だ。
『黄金スライムは、百層以上あるダンジョンの、最下層にしか湧かない魔獣だったはず。ならばここは、最低でも百層を越える最下層にちがいない。ダンジョンの最深部なら、落とすものが貴重品なのは、当たり前だろう』
精霊の偉そうな
「ここって、最下層? ほんと、かんべんして? 」
危ない場所から逃げ出して、命がけの戦闘をくぐり抜けて、とっても危ない場所へ彷徨い込むなんて、不幸だ。
『確か、ダンジョンの主を倒せば、一階への転送陣が出てくるハズだぞ。お前なら、サクッと殺れるだろう。ゴーレムみたいに』
「いや、それおかしいから……普通に無理だからね? 」
どうせ手助けする気もない精霊に向け、小真希は真剣に言い返した。
このまま調子に乗ったら、今度こそ死んでしまう。
痛い思いをして、死に戻りなんかしたくない。
そう思う反面、怖い思いはしたものの、呆気なくゴーレムを素材にできた。
時戻りの加護を使えば、案外できそうな気もする。
思った事が、口に出ていた。
「なら、サクッと!」
『そうだ! さっさと終わろう』
精霊が浮かべた満面の笑みに、確信した。
「やっぱり、現状に飽きたのか」と。。
さあ行こう、ほら行こうと、遠足前の小学生ではあるまいに、精霊のテンションがおかしくなっている。
ダンジョンの危ない主と出会う前に、テンションのおかしい精霊に絡まれるなんて、やっぱり不幸だ。
誰のせいでもない。すぐにその気になる、己の軽い口のせいだ。
ポロっと溢れたそれを早くも後悔して、小真希は項垂れた。
「ドンマイ。次は気をつけよう……わたし」
落ち込んだ気を掬い上げて、前向きになる。
マップにある大きな赤い点を目指し、ダンジョンの通路を行く。
後から考えれば、直角に曲がった辺りが、そこだけ薄闇だなんて、あからさまに怪しい。
罠を張って待ち構えていた皇帝蟻と遭遇。速攻で、
両手に具現化した
蟻の悲鳴で薄闇が晴れ、小真希と同じ大きさの皇帝蟻が、びっしりと床を埋めるのに対面した。
『罠解除
迫る蟻の背中には、大嫌いな白い幼虫が、うぞうぞ。。
忌避的感情緩和と精神安定支援の、リミッターが振り切れた。
奇声をあげて倒しまくった結果、
なぜか狂戦士の
「もう、
冗談抜きで、泣き叫ぶ小真希。それなのに、助かって、ホッとして、油断して、同じ事を繰り返した。
真正面から突っ込んできた俊足の月光兎に跳ね飛ばされて、強化
自動発動で
埋もれた身体に、執拗な体当たりを繰り返す月光兎の群れ。
俊足を生かして体当たりしてくる攻撃に、ひたすら耐える。
最後は、激突を繰り返した月光兎のほうが、衝撃に耐えられず砕け散った。
大地の精霊から
耐えるだけで終わった戦闘に、感慨深く思う。
蟻も兎も、群れる習性があったのだなと。。
(月光兎の角が
透き通った角型に、淡い真珠色のクリームが詰まっている。
(すごい数よね。売ったら大金持ち? )
収納に自動回収して先を目指す。
痛い目にあっても、目先のお金に安心して、危険を忘れる性格は治らない。
平和に慣れた日本国民の小真希だ。
(早く外に出たい……)
支援で回復してゆく心身でも、心の折れ具合は治しきれないと思う。
『さぁ、ここだぞ。何がいるのかな。ぁははは』
重厚な扉を前にして、ご機嫌な精霊だ。
折角手に入れた
(入ってすぐに正体確認。時戻りで威力削減。転送陣に飛び込む…うん、完璧)
そんなに都合よく行けば、誰も苦労はしない。
深呼吸で気持ちを落ち着け、こっそりと重々しい扉を押した。
積もった埃の具合で、永く閉じていたのがわかる。
初めて開くかもしれない扉は、存外に軽く動いた。
全開しても、中の様子は理解し難い。
マップの赤点は目前にあるが、
『
頭が理解する前に、小真希の身体は前転し、さらに真横へ飛び跳ねた。床全面を鋭い突起が覆って、着地した身体のあちこちが傷だらけになる。
「かべ……」
壁ではない。
巨大な魔物が羽ばたいて、距離をとった。
天空かと思うほど天井が高い。
周りの壁も見えない空間が、広がっている。
硬そうなのに、しなやかな動きで空中を泳ぐ、巨大な
どうしようもなく、腰が引けた。
「あれって、ドラゴンに見えるけど、間違いよね……間違っていて…」
蠢く虫も嫌いだが、爬虫類は死ぬほど嫌いだ。
『惚けてないで、時戻しせよ。下手をすれば、魂まで砕けるぞ』
軽薄で毒舌、いい加減な気性だった精霊が、怯えを含んだ真剣さで言った。
『どうしてアレが、ここに居る? 閉じ込められるほど、大人しい奴ではないのに…』
小真希の中で、警鐘が鳴り響く。
『
ふわりと小真希を目掛け、空飛ぶ危険が滑空した。
「時戻り……生まれる前! 」
勝手に口が言葉を紡ぐ。
落ちるように突撃するドラゴンが、朧げな光に包まれた。
勢いのまま迫る体躯が、どんどん小さくなってゆく。
それは、見る間に形を変えた。
「……ぁ、え? 」
弧を描いて落下する丸い物体が、慌てて伸ばした両手をすり抜ける。
「ぁ、ぅわ……」
わざとでは無い。
虚を突かれて、動きが遅れただけだ。
足元に落ちた物体から、クシャッと、悲しい音がする。
床一面が鋭い突起に覆われていたと、遅ればせながら思い出した。
「あぁぁ……ごめん」
一瞬の空白に、精霊の怒声が響く。
『
精霊が上げた悲鳴で、
優しく卵を膝に乗せ、収納から呼び出した
大きくひび割れて陥没し、裂けた卵膜の間から
『早く殻を修復しろっ! はやく! 』
わいのわいのと煩い精霊を無視して、取り出した角型容器を捻り、指で掬ってひび割れた殻に塗り込んでいく。
見る間に修復されて形を取り戻した卵の殻に、血の跡が残っていた。
『まさかお前、怪我をしたのか? 』
「え? 」
卵の横に落ちている
「ぁ…アンプルを折った時、ちょっと痛いかなって……なんか、まずかった? 」
小真希がへたり込んでいる床に、転送陣が浮き上がってきた。
『……仕方ない……これも巡り合わせか……』
悲壮な精霊に、不安しかない。
「ちょっとぉ! こわいんですけどぉっ」
小真希の手や身体に付いた傷は、見る間に回復して消えた。
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