第10話 予期せぬ出会いで びっくりする(改)
わけが分からない内に、一階へ転送されていた。
座り込んだ膝の上には、両手で包める大きさの真っ白な卵が乗っている。
『まぁ、頑張って、育ててくれ……』
「ぇぇえええ! いやよぉ、爬虫類だよ。大嫌いランキング第三位だよ。むりいぃ」
なんだそれはと、精霊が首をかしげる。
『今さら元の場所へは返せないぞ。主があの場所から消えれば、新しい主が生まれる。ダンジョンとは、そうしたものだ。それとも、無防備なそれを、ここへ捨ててゆくのか? 』
「えぇ……そんなぁ」
がっくりと音がしそうな仕草で、小真希は俯いた。
『ここでグズグズしていると……あぁ出た。仕方ない。我が防いでいる内に、それを安全に仕舞ってくれ』
顔を上げた小真希が見たものは、醜怪な緑色の小人だ。
「…って、ゴブリン。又々お約束? 」
精霊の威嚇で怯む魔獣に、小真希はやっと動き出す。
ダウンの膝掛けに卵を包み、リュックに入れた。
何かのはずみで蓋が開かないよう、ファスナーも閉めてストッパーも掛けておく。
「さぁ、頑張ろう、わたし。もうすぐ外だもん」
気合を入れた小真希の両手に、小太刀が顕現した。
ざっと見て、群れは十数体。走りながら薙いでゆく。
「ん? 」
空気を切ったように、抵抗がなかった。それでも、背後ではゴブリンが魔石を残して消えてゆく。
『自動回収しています』
「ぁ、はい」
薄明かりの見えるほうへ、一気に駆け抜けた。
しばらく行くと、魔獣が出なくなる。
『武器を仕舞え。人が大勢いるぞ』
精霊が言うように、マップには黄色い三角マークが蠢いていた。
(たぶん、人は三角マークなんだ。危険度は、青、黄色、赤の順かな。ほとんど黄色で、赤が少し……やだ、気をつけよう)
走るのをやめて、心持ち早足で人のいる広間へ踏み込んだ。
(すごい人の数。とにかく、外に出よう)
思い思いに武装した集団を躱して、明るいほうへ行く。
某ゲームのように、頭の上には三角マークが浮いているが、小真希以外に見えてはいないだろう。
ドームのアリーナみたいな場所だ。
観客席は無く、壁際は一段高くて、簡易なカウンターを持つ屋台らしい。
(大抵の町や村には、ギルドがあるのよね)
エリンの記憶を探って、町の構成を引っ張り出した。
(村なら集会場がギルドね。商業ギルドと冒険者ギルドは、どんなに小さな村でもあるし、まとめて受け付けている所もあった。ここは、どうだろう)
できれば町くらいに、発展していてほしい。
一番出入りが多く、明るいほうへ向かう。
すり抜けるように飛び出したそこは、なだらかな坂の天辺で、まっすぐ下る道の向こうには、天頂より少しだけ太陽が傾いていた。
「外だ……よかったぁ……そとだ」
麓の平地まで坂道を挟んだ両側は、階段状に整地されていて、幌仕立ての商店が並んでいる。
中には馬車の幌を上げ、そのまま店にしている所もあった。
坂の終わる広場の中央に、目を引く大看板が立っていて、矢印と紋章が描かれている。
「……開拓者ギルド? 役所と冒険者ギルド? 」
読めないはずの文字が読める。
矢印の方向に、それぞれのギルドがあるようだ。
平地まで下って振り返れば、木々に覆われた山脈の中腹に、ダンジョンの入り口が見え、南へ行くに従って尾根の勾配が緩やかに低くなっている。
南側は麓から中腹まで、階段状に開墾されていた。
疎らに点在する建物は、田舎家だろう。
逆に北へ登る尾根の勾配はきつく、重なって見える後方の山並みは、一気に急峻な峰々に変化している。
頂上以外は緑が多く、広葉樹も針葉樹も豊富な山脈みたいだ。
開拓さえすれば建材に困ることも無く、発展する街になるのだろう。
「そっかぁ。ダンジョンの開拓村かぁ」
進行方向の平地にも森があり、踏み固めただけの道が、そちらへ続いていた。
森を抜ければ、入植した人々の村か町があるのだろう。
まずはさっき集めたゴブリンの魔石を換金して、生活費を稼ごう。
宿に入って、とにかく寝たい。
昼夜の分からない地下で、どのくらい彷徨っていたのだろうか。。
(ものすごく歩いたし、食事は三回だけ……もっとお腹が空いていても、不思議じゃないのに…)
『サバイバル
たぶん、ありがたい機能だ。きっと、ブラックではないと思いたい。
「ありがとう…」
気持ちを変え、道に沿ってひたすら歩く。
日が落ちるまでに、食事と柔らかなベッドにたどり着きたい。
早くなる歩調が心地よく、だんだんと駆け足になっていた。
道の両側に森が迫り、遥か先に草原の一部が見えた時点で、悲鳴が小真希の足を止めた。
『……人間だな…』
面白くもなさそうに、精霊がつぶやく。
そういえば、さっきからおとなしすぎる。
「どうしたの? 疲れた? 」
不機嫌な精霊に、なんだろうかと首を傾げた。
もう一度聞こうと口を開いた時、またもや悲鳴が聞こえる。
「行ってみよう。気になるわ」
聞こえたのは道から南。下草のまばらな木々を抜けて行く。
なんだか悲鳴のような、威嚇のような、雄叫びのような? 。
「んー……なんだろ」
背丈ほど伸びた藪の壁をかき分けた時、目の前に泉と開けた草地が現れる。
「ケイロン、下がれ! おれがやる」
少年ふたりが、角の生えた鶏と、ひしゃげたゼリーと戦っていた。
『おぉ、角鳥と、お前の好きなスライムだ。よかったな』
言いたい事は分かったが、濁った水溜りのようなスライムは嫌だ。
飛び跳ねる少年が角のある鳥を追いかけ、動かないスライムを、もうひとりが叩き続ける。
鳥は器用に
「放っといても、良いような気がする」
間違って叩かれないよう、ゆっくりと藪から抜け出した。
ちょうど少年たちとは真正面の位置だ。
「……だれ? 」
休まずスライムを叩いている少年が、のんびりと声をかけてきた。
「えっとぉ……お気遣いなく。大丈夫なら、離れますので……」
側から見れば、横取りしにきた配置だ。ちょっと頭を下げて離れようとした隙に、角鳥が小真希のほうへ攻撃してきた。
いつの間にか慣れた反応で、流れるように
勢いよく突っ込んできた角鳥の角が、粉砕した。
「あ゛ぁ! てめぇっ。何すんだよ! 」
大声で怒鳴られた小真希は、激突の末に自爆して、足元へ落ちた角鳥から、思い切り後退った。
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