第139話 気晴らし一番!

 辺境伯家の王都邸タウンハウスに移ってから、三ヶ月。

 いよいよ来月は、学院の入学式だ。


 制服がある時点で、某メガネっ子学院の学舎を、思い浮かべていた小真希。

 先週に行われた入学試験で訪れた先は、おどろおどろしくも、キラキラ荘厳でもない巨大な建造物だった。

 強いて言うなら、元居た世界の海外の美術館? でっかい博物館? 。。


(あんまりファンタジーじゃない……)


 試験結果は、まずまず。も実力の範囲内です。

 まぁね、それはそれとして。。


「まだまだでございます! 」


 銀髪の渋い執事長セドラが風魔法をクッションに、弾き飛ばされた勢いを消した。


「くっ またか! 」


 突然無くなった地面に転がり落ち、両手の短剣で穴の壁を這い上がる庭師兼庭園管理長リロイ


「まだ、 まだ負けていませんわよ ‼︎ 」


 年齢秘密。妖艶な色香が駄々漏れの侍女長マリィ

 タクトサイズの短杖から、複合魔法の雷が迸る。杖を振るうたびに、小真希の視線は、揺蕩う胸部装甲に誘導された。


「くっ、憎たらし〜っく 無い! 」


 翻った雷が直撃する前に、数枚のシールドを打ち出し相殺、そのまま足を掬って芝生に放り出した。


 小真希は今、侍女長マリィ執事長セドラ庭師兼庭園管理長リロイを相手に、日課の戦闘訓練だ。


 穴から這い上がった庭師兼庭園管理長リロイを、蹴り倒そうと跳躍した小真希の落下地点に、大盾を構えた家宰アルバンが割り込む。


「させるか! 小娘っ」


「吹っ飛べ たぬきオヤジ! 」


 身体強化増し増しの踵で、大盾をぶち抜く。

 金属の破壊音と一緒に、男ふたりが吹っ飛んだ。


「それまで ‼︎ 」


 たのしぃー。さぁこれからだーと盛り上がった小真希に、待ったが掛かった。


「えぇぇ、これからじゃん」


 小太刀サイズの模擬剣を両手で振り、不貞腐る小真希に、辺境伯はため息を吐き出した。

 小真希が相手にしていた四人は、元最上級冒険者「緋色」のメンバーだ。


 賢者の侍女長マリィ。聖騎士の執事長セドラ。斥候兼暗殺者の庭師兼庭園管理長リロイ

 それに、盾役タンク家宰アルバン


 家督を弟に譲りたいが為に出奔した若き日の辺境伯が、身分を偽って冒険者パーティーを組んだ「緋色」のメンバーだ。


「そんなになら、今日もあいつらの相手をしてやれ。ただし、怪我はさせるな」


 呆れ返った様子の辺境伯は、背後を親指で指す。その先には、小躍りして武器を構える集団がいた。


「よっしゃぁ! 」


 嬉々として駆け出す小真希と、雄叫びをあげて突っ込んでくる武装集団。

 辺境伯家が抱える騎士団第一部隊だ。


「たーのしぃーい」


「今日こそは! 」


「リベンジじゃぁ! 」


「負けてたまるかっ! 」


 スキップ状態で駆け抜ける小真希に合わせて、ランダムな方向へ飛んで行く甲冑の物体。

 着地音は、えげつないほど痛い音量だ。


 メキョ! とか。グジャ! とか。中身は大丈夫か。。


「ま まだ ま だ……」


 走り抜けてクルリと振り返った小真希に、ゆらりと立ち上がる武装集団。


「もう一丁! 行っくよー」




 訓練場を見渡すテラスで、辺境伯は喉を潤した。

 抱え込んだ問題は目白押しで、遅々として進展しない。

 気鬱を晴らそうと、久しぶりにここ訓練場へ足を運んだのだが。。


 眼下の惨状……見ている間もフル装備の騎士が宙を舞う。とんでも訓練風景に、そっと胃の辺りを押さえる。


 無邪気な怪力少女コマキィを養女にしたが、果たして跳ねっ返りを矯正できるのか、甚だ不安な今日この頃だ。それでも、抱える問題を解決できるのは、眼下の怪力少女モンスターだと睨んでいる。


 秘密裏に、教会主導のもと行われた勇者召喚。 

 集められた祈りの乙女の生贄疑惑。

 召喚に関わったド派手美人の正体。

 誰が、何を目的に、動いているのか。。


 二杯目のお茶を入れる侍女長マリィの手が、訓練に痺れて震えているのも、軽食をサーブする執事長セドラが、カクカクと滑らかさを失った所作で取り皿を用意するのも、辺境伯は見なかった事にした。


 遠くへ向けた視線の先で、庭師兼庭園管理長リロイが脚立から転がり落ちたのも、やっぱり見なかった事にした。

 程よい味と温度の紅茶が、シクシクする胃に落ちてゆく。


「はぁ、平穏が遠い 」


 眼下は死屍累々。それでもゾンビのように起き上がっては、突進方向へ背負い投げられる甲冑。違った。騎士団員。


「うん、大丈夫だ。これは特訓だ。先に備えた訓練だ……」


 自分を納得させる言葉は、自分を縛る言霊だと、知っているのだろうか。。


******

 聖教会の客室で、剣呑な話し合いが行われていた。

 人払いはされているものの、誰にも気付かれない保証など、何処にもない。


「何度も申し上げますが、今すぐは無理でございます」


 仁王立ちするド派手美人の前で、聖教会司教のマルボロウは頭を下げた。


「お前は召喚の準備をすれば良いの。今回の勇者は、お前に下げ渡すと、言っているでしょう。最初の召喚で呼んだ出来損ない共々、お前の好きなように処分なさい。役立たずばかり呼び寄せないで、本物の勇者を召喚しろと、わたくしは命じているのです」


 低頭したまま身動きしない司教マルボロウに、ド派手美人は苛立たしく吐息した。


「では、いつまで待てば良いのです? と誓える召喚は、いつなのか答えなさい」


 執拗に繰り返す問いに心が折れ、司教マルボロウの姿勢が崩れる。


「一年。お待ちください。乙女を集めるには、最低でもかかります」


「そう。では、半年で仕上げる事。できなくとも用意なさい。二度の失敗は許しましょう。けれど、次は無い。できなければ、お前を潰すだけです。お前の代わりなど、何人もいるのですから」


 反論もできずに俯く司教マルボロウを残して、ド派手美人が退出した。


「くそぅ、何処で間違った。 雌豚が、偉そうにっ」


 蹲ったまま、司教は長い間、不平不満を吐き出し続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る