第138話 辺境伯家のタウンハウス

 明けて翌日。

 小真希は養父母になるはずだったシンプソン伯爵夫妻と、対面していた。


 夫妻の横にはルイーゼ嬢も座っていて、取り澄ました笑みを貼

り付けている。小真希をチラ見する視線には、苛々が満タンだ。

 将来の王妃として、好感度マイナス五十点。かな?


「短い間でしたが、数々のご教授を賜り、ありがとうございました」


 逐一聞こえるの指示通り、令嬢らしく挨拶をすると、伯爵夫人の表情が柔らかくなった。

 どうやら礼儀作法のお眼鏡には、かなったようだ。


「わたくしどもの方針しつけが役立ったようで、なりよりです。わたくしの実家辺境伯家でも、通用する淑女の礼節です。けれど、わたくしの母は厳しい方です。精進なさい」


「はい。心がけます」


 いちいち気に触る言い方でも、表面的には恭順する。の助言で、言わぬが花に徹する小真希は、胡散臭く微笑んだ。

 自己主張して言い合いになる方が、よっぽどストレスだし。。


「あなたの専属侍女に指名した、次期家政婦長サーラ・マーリュですが 」


 言葉を止めた伯爵夫人は、顎を引いて口角を上げた。

 期待を込めた笑顔で、ルイーゼは母親を見上げる。それに対して、壁際で控えるミンツは顔を顰めた。

 どうやらルイーゼは、ミンツよりサーラの方が良いらしい。


「あなたの学院卒業まで、サザンテイル家に出向させます。さすがにその者スーザンだけでは、要を為しませんし、我が家以外の貴族家で、経験を積ませるのも良い機会です。しっかりとその者スーザンに教育をつけさせましょう。よろしいですわね、お父様」


 最後の言葉は、無言の辺境伯へ向いている。この辺の話は、了承済みの気配だ。


「良かろう」


 さすがのルイーゼも、逆らってはいけない場くらい、心得ているみたい。

 握りしめた扇子が、湾曲しかかっているのだが。。


「では、そろそろ出立する。世話になったな」


 辺境伯の一言で小真希は立ち上がり、習得した最上礼カーテシーで挨拶をした。


「よくできました。更なる修養をなさい」


「はい。お世話になりました」


 分厚いを重ね着した小真希に、ルイーゼは変形した扇子の裏で、剣呑な鼻息を吐いた。


 馬車に乗り込み、ようやく伯爵邸から離れた途端、小真希は姿勢を崩して肩を回した。

 ゴリバキと、関節が鳴る。


「あー! 肩凝った。しんどいよぉ」


 とても令嬢のする態度ではない。

 向かいに座った辺境伯が、胡乱な目つきで腕を組む。


「ネコは被り慣れておけ。学院の中で気を緩めるな。どこで誰に見られるかわからん。とんでもない噂を立てられては、辺境伯家の威信に関わる」


「はーーーい。わかってますー」


 勢いよく挙手して、小真希は笑う。

 軽すぎる返事と態度に、辺境伯ジジイは鼻白んだ。


「お前なぁ  ほんんっとーに、身分を弁えよ。誰もが我れのように寛容と思うな」


「ぅぅぅぅ もぅ力ずくでもいいかなぁ」


「やめんか ‼︎ 」


「はぁい、冗談やめます」


「お前……」


 深いため息で撃沈する辺境伯ジジイを、小真希は今までとは違う目で見ていた。


 傍若無人に権力を振るうだけの、悪逆貴族の親玉。

 辺境伯に対して持っていたイメージが緩んだのは、ルイーゼ伯爵夫人へ向ける甘々な対応を見たからだ。


「誓約書は用意した。内容を改めよ」


 書類を渡され、じっくり読んでいく。


「雇用案件が解決するまでって、ド派手美人が知ってる人かどうか確認すれば終わるの? 」


「……案件の内容により、雇用期間は延長される。解決するまでの雇用と、追記があるだろう。最後まで読め」


「もぅ〜 いちいち細かいなぁ」


 小真希には何を言っても無駄だと、改めて辺境伯は実感したようだ。急激な疲れを感じて肩を落としている。


「……… はぁ」


 シンプソン伯爵邸タウンハウスから緩やかな坂道を登り、王宮の外苑近くにある辺境伯邸タウンハウスに着いた。

 門を入ってしばらく走った庭園前庭の先に、白壁の美しい建造物が見えてくる。


「わぁー。 お城? 」


 目立つような尖塔はないが、規則正しく並んだ縦長の窓や、近づくにつれて目を惹く繊細な柱の彫刻が美しい。

 刈り込まれたアプローチの緑は瑞々しく、エントランスまで続く石畳の模様も、目を見張るほど精緻だった。


 辺境伯家の王都邸タウンハウスに、あんぐりと開いた口が塞がらない。

 今日から小真希は、サザンテイル辺境伯家の六女末娘になる。のだが、正直言って淑女などにはなりたくない。


「はぁぁぁぁ  帰りたぃ 」


 護衛騎士バルト・ユミナルの手を借りて馬車から降りた小真希は、辺境伯の背中を追った。


 玄関の集団が、衣擦れの音を立てて礼をする。主だった従者や上級侍女の集団だ。

 先頭に立つ煌びやかな女性は、穏やかな笑みを履いて片手を持ち上げた。すかさず手の甲に唇を落とす辺境伯。


(わーぉ。貴族ぅ)


 金髪の辺境伯と、白金髪プラチナの辺境伯夫人。

 背景といい、寄り添う夫妻の立ち姿といい、最高の絵画スチルだ。


 辺境伯の斜め後ろ、小真希の斜め前に控えていた家宰アルバン・クライスが、そっと前へ出た。


「奥方様。コマキィ嬢をお連れしました」


 奥様の視線を受けて、小真希はもう一度、最上級の礼をする。

 可否を問う視線が、物理的な圧を持つと、初めて知った。


「よろしいでしょう。わずかの間でも、わたくしの末娘六女と認めましょう」


 目線を上げず、さらに深く頭を下げる小真希。

 夫人の微かな頷きで、侍女のひとりが小真希の前に来る。


「お待ちしておりました、お嬢様。ご案内いたします」

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