第148話 使い魔 召喚!

 翌日の午前。粛々と召喚の儀が行われた。

 ルイーゼの為に割り込みをかけたマルグリットだが、エバンズ教授から冷たい微笑みを頂いて、戦意喪失。

 後退りの後、俯いたまま動かなくなった。


「注意事項はひとつだけ。呼び出す使い魔は、皆の相棒だ。敬意を持って、対応するように。まずはコマキィ嬢。所定の魔法陣で魔力を放出しなさい」


 魔塔の地下二階は天井が高い。特別に細工を施した白い石畳を、ぎっちりと敷き詰めた広場だ。

 思わず足を止める巨大空間の中央に、黒曜石が敷かれた召喚陣がある。

 直径で十メートルくらいか。。

 

 尻込みしそうになる小真希とリノは、互いに見交わして息を詰めた。

 勇者召喚で呼ばれた場所ではない。それでも、目に入った魔法陣に忌避感が募った。


 艶々に磨いた黒曜石の表面を、細い銀線が走っている。

 見つめるほどに、吸い込まれるような気がした。精密で、繊細な模様が描かれた大小ふたつの魔法陣だ。


 連結魔法陣は、中央の大円陣から伸びた銀線が、直径一メートルの小円陣に繋がっていた。


 教授の指示に従って小円陣に足を乗せれば、鳩尾がゾクリと縮む。

 正直言って、どこかへ飛ばされそうな不安で、吐き気がする。 


(すっごい、気持ち悪い。とっとと終わらせよう)


 気が急いて、一気に魔力を放出した。

 足元の小円陣から湧き上がった何色もの光が、中央の大円陣へ伝い、外側から内側へ輝く奔流を漲らせる。


 大円陣一杯に、様々な色がせめぎ合い、まばゆい光の柱が立ち上がった。それは、徐々に徐々に絞れて細くなり、一瞬置いて、パンッと輝きが弾けて霧散した。


 目が慣れて見れば、大円陣の中央に、手のひらに乗りそうな大きさの影と、同じくらいの光の玉が出現していた。


「ん? 」


 息が詰まるほど緊張する中、ぷっと吹き出す笑い声がした。


「やだ。大掛かりな割に、子猫ぉ? まぁ子猫ですって 」


 マルグリットのクスクス笑いが伝染し、つられて小真希を嘲笑う波が起こる。

 主に笑っているのは、ジーニスだが。。


「久しぶりね、黒竜猫オプト。それから、初めまして? あなたは、わたしと友達になってくれるのかしら? 」


 大円陣の縁。小真希の側まで近づいた黒竜猫オプトと、丸い光の玉に声をかける。


『わたしは雪の妖精。あなたから、懐かしい匂いがするの。一緒にいてもいい? 』


 頭に響く可愛らしい声に、気持ちが緩んで笑みが溢れた。


「いいわ、お友達になりましょう。名前をつけてもいいかしら」


『うん。おともだち』


 雪の妖精らしい光の玉から、可愛らしい返事が来る。


「じゃぁ  ユッキ」


『うん。わたしは ユッキ ありがとう』


 名をつけて契約が成立すると、光の玉は形を変え、手のひら大の可愛らしい幼女妖精の姿をとった。背中に透き通ったトンボの羽がある。

 両手に黒猫と妖精を掬い上げた小真希が、顔を輝かせて振り返った。


「教授、決まりました。黒竜猫のオプトと、雪妖精のユッキです」


 優勝トロフィーを捧げるポーズだ。


「うん。○ジとか、ア○とかじゃ ないんだ……そっかぁ」


 何を期待していたのか、カクリと肩を落としたリノが、口の中で呟いた。

 

「まずは成功か。では、次、リノ」


「はい」


 小真希と同じように、大円陣から太い光の柱が立ち昇る。ただ、安定した光柱ではなく、グニョグニョと変形して膨張収縮を繰り返した。


 見守る生徒のほとんどが、身の危険を感じて退避。

 リノの側に残ったのは、エバンズ教授と小真希だけ。。


 最大限まで膨張した光柱の中で、モゾリと巨大な躯体が蠢く。

 眩くて見えにくいが、のような翼が背中に見えた。


「まさか 」


 ジリと後退る教授のこめかみに、いく筋もの冷や汗が伝う。

 光柱の中のモノが、ゆらりと形を変えた。


 なんとなくの輪郭がグリフォンみたいに揺らめき、巨大な人型に変化し、見守るうちに次々と変形してゆく。

 まさに千変万化。それらが収束して、ふたつの物が残った。


 ひとつは真珠のような虹色に光る球。もうひとつは、ポーンポーンと跳ねる、金色の球だ。


「げっ。黄金スライム!?  ま〜た、とんでもないものを〜〜」


 小真希の脳裏に、最低最悪の思い出が掠めた。

 精霊のやつめ、まぁたスライム? 趣味なのぉっ? 誰もいなければ、大声で叫びたい。


「スライムですって? まぁ スライム。最弱のぉ? ふふふふ 」


 スライムと聞いただけで最弱とか。マルグリットの頭は、最弱かもしれない。


「僕はリノ。可愛いな君たち。僕と友達になってくれる? 」


『………』


 跳ねるのをやめた黄金スライムが、なんとなく首を傾げた気がした。

 斜めに乗せた可愛らしいティアラが、ちょこっと動く。


『あなた、なんだか寂しそうね。いいわよ、暇だし。光の妖精のわたしが、友だちになってあげるわ』


 虹色の光の球が、背中に天使の羽をつけた白い子犬に変化した。

 可愛らしい俺様? か。女の子のようだが。。


「じゃぁ、妖精の君はティンク。黄金スライムはキンカ」


 気紛れらしい光の妖精ティンクは天井付近へ飛び去り、人懐こそうな黄金スライムキンカはリノの肩に飛び上がった。


「殿下。所定の位置へ」


「はい」


 リノが空けた小円陣に、緊張気味の王太子レナルドが乗る。


 魔力放出で、大円陣の表面を緩やかな風が舞った。

 淡く翠の輝きが渦巻き、光が散った陣の中央には、金眼の白銀鳥がいて、王太子レナルドの前まで跳ね寄ると、足元で翼を広げる。色が違えば、猛禽鳥の隼だ。


「……わたしは、この国の王太子。レナルドと言う。君は、わたしと友だちになってくれるだろうか」


『…… 』


 答えは聞こえないが、動作は頷いたように見えた。


「では、名を白い金華草マグレットから取って、マグではどうだ? 」


 白い金華草マグレットは、柔らかな白い花弁の中央が、鮮やかな黄色のおしべで、まん丸な金眼に似ている。


『キューィ』


 どうやら契約が成立した白銀鳥マグは、軽々と羽ばたき、王太子殿下レナルドの差し出した腕に乗った。


 続いたレックスは、魔法陣を輝かせたものの、召喚に失敗。

 カーターは緋色の大型犬を呼び出し、マルスと名付けた。


 おっかなびっくりのジーニスも、召喚に失敗。随分と悔しそうに小陣を蹴って、教授エバンズから注意を受ける。


 ナスタシア王女は、王太子殿下のように風の渦巻きを呼び、金色のつぐみを呼び出して、ツムさんと名付けた。

 サーシスは魔法陣が無反応で失敗。


 第三皇子ロジェは、風の妖精と契約してアウロと名付け、続いてレイモンは、手のひら大のサラマンダーを呼び出し、ファイと名付けて契約。

 アルチェは薄茶色のテンに、マフと名前をつけた。

 マルグリットも魔法陣が発動せず、失敗。


 ルイーゼは白い長毛種の猫を呼び出して、クインと名付けて契約する。この猫、自由気まままな性質で落ち着きが無く、まったく言う事を聞かないようだ。

 それでも、なんだかんだ文句を言いながら構いたがるルイーゼは、案外嬉しそうだったのだが。。


「どうして? なんなのですかっ」


 ルイーゼの使い魔のはずが、何を思ったのかルイーゼから離れ、レックスに懐いて頭をスリスリしている。


「わたくしの使い魔でしてよ!」


 ちょっと涙目のルイーゼ。満更でもないレックス。

 周りは気づかないふりでやり過ごそうと、無理やり視線を外している。


「サーシス様。今回は、残念でした」


 俯き加減のサーシスに、王女ナスタシアが声をかけた。

 王太子の学友として王宮に出入りするサーシスと、顔を合わせる事が多い王女ナスタシアは幼馴染だ。


「そうですね。まぁ、次の機会には」


 落ち込んだ様子を見せるのが嫌だったのか、サーシスは無理に笑った。


「はい。きっと、次には 」


 脇に寄って召喚を見学していた小真希とリノは、いい感じに見えるふたりに、生暖かい視線を送っていた。


「呼び出してやったのに、なぜ、従魔が来ないんだ? 」


 召喚できないのが不思議で、ジーニスは納得いかないと声を上げた。

 リノと見交わした小真希は、小さく吐息を落とす。

 また、ややこしいのか? と。。


「そうですわ。わたくしの従魔は、なぜ来ないのですか? 」


 いや、来ないだろ。とは、周りの思いだ。


 雪妖精と黒猫。光妖精と黄金スライム。

 奥歯を噛み締めて、リノと小真希を睨みつけるジーニス。


「誰かが、不正を? 」


 確信して不正だと呟くジーニスには、どこがっ? と、やはり皆の心の声が揃う。


「おかしな事を言うな。この召喚陣は、学院の創立時に、時の国王陛下から譲与された古代遺物アーティーファクトだ。宮廷魔術師筆頭でさえ、改変できない」


 教え諭す教授エバンズに、ジーニスは食ってかかった。


「でもっ。なら、どうして、従魔が 」


 言い募るジーニスに、教授エバンズは厳しい目を向ける。


「わたしは言わなかったか? 呼び出すのは、使い魔だ。使役獣や従魔ではない。召喚するのは相棒だと」


「でも! 」


 不満たらたらであっても、言葉を失くし、俯くジーニス。


「召喚できなかった皆も、落胆しなくて良い。相棒のいない生徒は、召喚陣に関する研究、統計に関する座学を履修するように。しっかり理解し、十分に学び、修練すれば、いずれ相棒を得られるかもしれない」


 唇を噛み、上目遣いで小真希を睨むマルグリット。

 強く奥歯を噛み締めて、リノを睨みつけるジーニス。


「平民ごときに、召喚なんてできるわけない。絶対に 」


 噛み締めた歯の間から、ジーニスは囁いた。

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