第31話 ふぁんたじぃ……(改)

「いったい、何をどうすれば、ここまで完璧に、造成できるんだ」


 入り口を通り抜け、開拓地へ向かい始めた時、ミズリィは大声を上げた。

 アカルパ商会のレーンがいた時は、整備された山道に疑問の言葉を飲み込んだが、身内だけになったなら、怒鳴っても差し支えないと判断したようだ。


 ここら辺は、まだ顔を合わせていない誰かが、に逆らって割り振られた地所で、ホアンたちも初めて足を踏み入れる。


 小真希が山脈の天辺から見た人影は、豆粒が八つ以上だったので、もしもギルドですれ違っても、地所の持ち主とは判別できない。


 理由を言えと躍起になるミズリィから現実逃避しているのに、逃してはもらえなかった。


「絶対にお前だろ。どうやって造成した? 言い訳できるなら、言ってみろ! 」


 できないから黙っていても良いとは思うが、キレたミズリィの放置は面倒臭い。


「加護があるのよ……入れ物じゃない奴」


「は? なにを言って……」


 怒鳴り返そうとしたミズリィが、小真希の頭上に目をやって硬直した。

 見ている顔が百面相になって、これはこれで笑える。


 荷馬車に合わせて歩いているから、ミズリィだけ置き去りになっていた。


「止まって、ソアラ」


 このまま放置しても構わない気もするが、大人な小真希はソアラに声をかけた。

 ホアンが迎えに行って目の前で手を振るも、硬直は解けない。


『ヒャヒャヒャ! 面白い。こやつ、揶揄からかい甲斐がある』


 ミズリィの視線の先には、尊大な姿勢で黒い笑みを浮かべる精霊がいた。


「何やってんだか……」


 どうやらミズリィと小真希にだけ、見えるようにしているみたいだ。

 ミズリィに向ける周りの視線が訝しくなっていくのを、半笑いで眺める。


『ほぉれ、精霊を敬え。高慢ちきな人間よ』


 精霊の声は聞こえないのか、呆けてお間抜けな顔で首を傾げる。

 小真希の頭は若干痛い。


 だいたい精霊なんて、そうホイホイと人前に現れない。と思う。


(時空の精霊が変わり者……大地の精霊も、良く分からない性格だったわね)


 精霊を止める術など知らないし、もうどうにでもなれと言った心境だ。


「をぃ……それは何だ」


 やや語録のおかしいミズリィに、笑顔で答える。


「いや、違うだろ……そんな」


 うんうんと頷いてから、もう一度微笑んでおく。


「まさか……せいれい」


 思った通り、顔色を青くするミズリィの肩を、ホアンが掴んで揺すった。


「しっかりしろ。何をブツブツ言っている? 」


 不思議そうに自分を見る者たちに、現状を理解して、青い顔が白くなった。

 忙しい男だ。


「みんな、まさか、見えていないのか? 」


「はぁ? 見えるって、なに。もしかして、ふざけてる? 」


 不機嫌さを隠さないリムの言葉に、ミズリィが項垂れた。


「マジなのか……」


「うん。マジ」


 即答する小真希に、恨みがましい涙目が返ってきた。

 が上目遣いをしても、ちっとも可愛くない。


「とにかく行こう。五箇所くらい先だから。野宿は嫌でしょ? 」


 いまだブツブツ言い続けるミズリィを急かして、整備された道を奥へ辿った。


 いくつかの地所を過ぎ、地番を確かめながら進んでゆく。

 ずっと精霊が見えているらしいミズリィは、現実逃避したのか大人しいものだ。


「おぉ、この番号は、わたしとミズリィの地所です」


 綺麗に整地された道と、谷川へ下る崖の狭間に一抱えほどの石柱があり、風化しかけた文字が刻まれていた。

 土留どどめの石材を積み上げた場所は、谷に転がり落ちもせず残っている。


 この場の開墾地跡は狭くない。

 自給自足なら事足りる広さだ。それでも固く締まった土を解すには、相当な労力が見込まれる。と思う。。


「ここで実りが得られたら、徐々に開墾地を広げて、収入に繋がります」


(それって、取らぬたぬきになりそう)


 希望が見えたホアンの呟きを拾って、心の中で小真希はつぶやいた。


『収入なんぞ、あの欲張り女の小遣いだろうに、分からん小僧だな』


 精霊の頭の中でも、村長の後妻ぼったくり女は最悪な印象になっている。

 それにしても。。


(ホアンさんも、こいつわがまま精霊にかかったら小僧なんだ……)


 雨を凌げる屋根もない地所を過ぎ、小真希に振り分けられた開墾地に到着する。

 整備した道は快適で、思いのほか時間の短縮が叶った。


 ホアンたちの奥隣りが、ウェドとリムの地所。その奥が小真希で、さらに奥がソアラの地所で。。

 結局、一番嫌われたのはソアラで。。ご愁傷さま。。


 通り過ぎた開拓地は、途中で放棄せざる得ないほど、荒れ果てていた。


「ここがわたしの家? で、隣りがソアラの家? よ」


 高台の崖に立てかけた籐編みの扉を退け、小真希の洞窟へ皆を案内する。

 中は間仕切りのない、四角く広い土間だ。


「おまえ、家のところで、なんで疑問符なんだ? 」


 遠慮のないリムの問いかけに、なんでかなと、考え込む。


「ぁあ、いい……深い意味はないんだろ? 」


 聞いておいて勝手に納得するなど釈然としないが、まぁ良い。


「こっち側を貸すわ。隣りはソアラとわたしの仮住まいにするから」


 鍛冶場をどこにするか考えて、結局は外に小屋を立てる事にした。

 室内で火を使うのは怖い。

 まだほぐしていない開墾地に小屋を建てて、鍛冶場にしようと算段する。


「土間の小屋でいいかな。ついでに、荷車と馬を入れる馬屋も並べて建てよう」


『了解しました。念のため、下級精霊を召喚し、建設技能スキルの隠蔽をします。Y/N 」


「ミズリィだけに見えるのも、なんだか説明が面倒臭そうなんだけど……」


 実際に見えると見えないとでは、実感が違うだろう。


『ならば、ここにいる者全員に、見せてやろうではないか』


 ノリノリの精霊に、少々うんざりする。


「なんか企んでいそうね……はぁ、イエスでポチッとな」


 サワサワと風がそよぎ、細かな光が集まってくる。それは蝶や蜻蛉トンボのような形をした妖精に変化し、小真希の周りを渦巻き始めた。


「なに? これ」


 洞窟?から出てきたソアラが大きな声をあげ、釣られたホアンたちも顔を出す。

 ゆらゆらと漂う時空の精霊が、立ち尽くす者たちへ慈愛に満ちた微笑みを投げかけ、おもむろに緩く手を伸べた。


(うん……似合わない)


 渦巻く妖精の乱舞と舞い踊る輝きに、目が眩んで開けていられなくなる。

 しばらくして固く閉じていた瞼を開いた時、目の前には可愛らしい石造りの小屋と、馬屋が出来上がっていた。

 充分大きいので、馬も喜びそうだ。


(精霊のふぁんたじぃだぁ……って、わざとらしくない? )

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