やり直し人生の代役は、ぼちぼち生きる事で良いですか?

桜泉

ミトナイ村編

第1話 唐突な始まりは、勘弁して下さい(改)

 会社帰りに、有名な某メーカーのビールを買った。

 財布に厳しい贅沢品だ。

 ついでに買ったのは、度数の低いチューハイと炭酸水。


 自慢では無いが、あまりお酒は強くない。

 風呂上がりの発泡酒一本で、ほろ酔いになる小真希だ。


 大人買いして詰め込んだリュックが、ズシリと重い。

 片手のレジ袋には、お洒落な盛り付けの惣菜パック。もう片手で携帯を弄る。


 ご機嫌で出口へ向かう小真希こまきに、メールが入った。


(えぇ…残業? )


 送信してきた相手は、付き合い始めた先輩だ。

 会社近辺でお茶をするくらいで、恋人未満、職場の知り合い以上の付き合いだった。


(はぁ。先輩って、仕事大好きだから……)


 そこそこ人気のあるイベント企画会社に勤め、もうすぐ一年が経つ。

 短大卒の小真希も、年末には二十一才だ。

 今月の頭に部署の移動があり、そこでチームを組んだ先輩が、付き合い始めた彼氏だ。


(…根を詰めて、無理しないでくださいね…っと)


 片手で打ち込んで、お疲れ様のスタンプを添える。


(送信っと…)


 付き合い十日にして、怒涛のように決まったお家デートは、延期になった。

 正直、気落ちするより、ほっとする方が勝っている。


(先輩ってば、強引だから…)


 冷蔵庫の食材が無駄にならないように、一週間の献立を考える。


 上着のポケットに携帯を入れて顔をあげれば、信じられない人が目の前にいた。


「なんで? 」


 駅前のスーパーから出てきた小真希こまきは、カートが並ぶ通路から動けない。

 仲睦まじくスーパーのカゴを持ったカップルも、顔色を変えて立ち止まった。


「先輩…残業って…」


 知らん顔で目を逸らす先輩と、全身で先輩の腕に絡みつく経理課の女性を見て、小真希は乾いた笑い声を上げた。


「なんだ、彼女さんがいるんだ。駄目ですよぉ、後輩を揶揄からかうなんて…」


 少しも動揺しない小真希に、先輩の舌打ちが聞こえる。

 同時に、牽制する彼女の顔から、険悪な感情が薄れていった。


「じゃぁ、お疲れさまです、先輩」


 なんでもない顔を維持して、小真希はすれ違おうとした。


「ぁ、あれ? 」


 身体が動かない。


(え? なに! )


 光り出す足元。狭い範囲で空間が捩れてゆく。


「なんだよ、これ」


「いやぁ! なによ、これぇ! 」


 先輩と彼女らしき悲鳴も聞こえる。

 明滅する光に包まれて、気持ちが悪い。


「なんなのよぉー! 」


 叫んだ途端に、小真希の視界が切り替わった。


 真正面にド派手なドレス美人。その両脇に、銀色の全身鎧で武装した男たち。

 周りには、外国の修道士みたいな老若男女が取り囲んでいる。


「…えっと、最新のイベント……かな? 」


 首を傾げる小真希。

 すぐそばに立つ先輩カップルも、唖然と周りを見回している。


 どれだけ見回しても、見知ったスーパーや、道路や信号も無い。

 あるのは石壁と、壁の上方に等間隔で並んだ、松明の火。

 取り巻くのは、イベント会場で見かける仮装の集団だ。


「おかしいわ。召喚はふたりだけでしょう。余分なゴミまで連れてきたの? 本当に、おまえは出来損ないね! 」


 小真希の背後で殴りつける音と、物がぶつかる音がした。


「お止めなさい。すれば分かります」


 真正面のドレス美人が声を上げた。


「我が国の危機を回避するために、力ある者を召喚したのですが、あなた方の内ひとりは、誤ってこちらに来られたようです。して真偽を問いますので、そのまま動かないよう気をつけて下さい」


 ドレス美女の指図で、らしき男性が進み出た。

 険しい表情のまま片手をかざし、先輩の額に向ける。


 驚いて後退りしかけた先輩の首元に、全身鎧が剣先を突きつけた。

 顔色も表情も失くした先輩から、思わず彼女が手を離す。

 抵抗したら殺されるのが、お約束らしい。


「……職業は、上級魔導師。熟練度レベルは中級で星三つ。技能スキルは、全属性の攻撃魔法を使うようです。確かに、選ばれた者ですな」


 続いて彼女にも、同じように手をかざす。


「……こちらは白魔術師で、熟練度レベルは中級。星は五つです。技能スキルは支援魔法特化。どちらも小粒ですが、致し方ございません。選ばれたのは、この方々のようです」


 念のためにと、小真希にも手をかざす。


「職業は、盾士。熟練度レベルは初級の星ひとつ。技能スキルシールド修復リペア洗浄クリーン。なんと、クズ技能スキルばかりだ。後は、固有技能ユニークスキル? 聞いた事もないゴミ技能スキルですな。殿下、以上でございます」


 小真希を無視して、集団が動いた。


「後の始末は任せます」


 殿下と呼ばれたドレス美女を先頭に、武装した男たちに囲まれて、先輩カップルが移動してゆく。


 武装集団に囲まれて怯えた表情の先輩と、一瞬だけ目が合った。さすがに何も言わず目を逸らされたが、こんな状況の中、怒る気にはなれない。


 取り残されて声も出ない小真希の頭の中は、恐怖一色だ。

 まさか放置されるなんて、どんな展開なのか。。


 緊張する小真希に近寄ってきた若いが、何の感情も見せずに短剣を突き出した。


(え…)


 一瞬だった。


 遅れて襲ってきた壮絶な胸の痛みに、息がつまる。

 身体の力が抜けて床に崩れてから、倒れたのだと気がついた。


「ゴミが! 」


 投げつけられた言葉を、理解できない。 

 痛みに呑まれて身動きできない小真希の視界が、急速に狭まっていく。


(…なんで )


 床についた頬を、生ぬるいモノが濡らした時、小真希の意識が落ちた。

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