第78話 領主代理の依頼

 見通しの良い路地の影から、大通りを行く駄犬追い出され男たちを見送る。

 騎馬の預かり所で馬を受け取った駄犬追い出され男たちが、ミトナイ村への街道を早駆けて行く。しっかりと、確認した。


「乙女の頭を、気軽に掴むなぁぁ もぅぅ」


 うずくまって頭を抱える小真希に、腕組みして鼻で笑うミズリィ。

 やれやれと首を振るホアンにウェド。なんでかザマァなリムに、お前はぁと思う。ある意味、これはこれで良いような。。良い のか? 。


「おぉい。何やってんだ、お前ら」


 野太い声に振り返れば、見た事のある冒険者パーティーがいた。

 声をかけてきたオーガ並みの大男魔法剣士トロンと、むさ苦しいヒゲ面剣士ミグ小柄な軽男斥候カートヒョロイ皮肉屋魔導士ジーンは、王都の冒険者パーティー「鉄槌」の面々だ。


「久しぶりだな。あの時の礼に、昼飯でもどうだ? いい店知ってるぜ」


 立ち話は寒い。

 誘われるまま、筋向いの飯屋「憩いのうさぎ亭」へ連れ込まれた。


 間口は狭いが奥行きが長い店は、ほとんどのテーブルが埋まっている。

 最奥の厨房を仕切ったカウンターまで行くと、片側の壁に寄せた大きなテーブルがあった。

 勝手にそれ大テーブルを移動して、席の確保に動く「鉄槌」のメンバー。


「おおぉい、オヤジ。いつもの八人前と……後は、嬢ちゃんに聞いてくれや」


 声も図体もデカい魔法剣士トロンが、厨房にいるゴツい料理人に声をかける。

 目を眇めてトロンを見返したオヤジゴツい調理人が、剣呑な表情のまま小真希に視線を動かした。

 どこが憩い? どこが、うさぎ亭? 。惚ける小真希に容赦ない声が降ってくる。


「……焼きか、煮込みか 」


(焼かれるのも、煮込まれるのも、いややぁ)


 重低音で威圧感たっぷりな一言に、背中が縮まった。

 一言の後、時が止まったオヤジゴツい調理人に、ふと、何を聞いているのか腑に落ちる。


「ぁ  煮込み小盛りで、オネガイします」


「ん」


 短い。。伝わったのか、心配になるくらい。でも、危険は去った。


「お待ち。熱いから気をつけて」


 店の大きなテーブルに陣取って、運ばれてきた木のジョッキを手に取る。

 運んできたのは、思わず見惚れて息が止まるような麗しの青年だが、小真希の視線は木のジョッキに釘付けだ。

 ホワリと暖かな湯気と共に、甘いワインの香りが立つ。


「ここのホットワインは、なかなかなんですよ」


 隣の席から馴れ馴れしく擦り寄ってきた軽男斥候のカートの額を、小真希の人差し指が押し返す。


あの時ダンジョンの出会いは優しかったのに、冷たいじゃないですか」


っ、っ。そんな仲、違うし 」


 絶対に面白がっている軽男カートの前に、ドンっと肉盛りの大皿が置かれた。

 皿の縁から離れた白い手が、軽男カートの顎を掬い上げる。


「坊や〜、いい度胸ね〜。私の店で、堂々と、軟派ナンパかな〜? 」


 すべすべな腕を辿れば、妖艶が滴るおねぇさまが居た。

 冒険者ギルドの美魔女な受付嬢と、たいまんを張れるお色気魔神が。。

 大きく開いた襟ぐりに、渓谷がぁ。。。


 一瞬にしてテーブル男たちの視線が集中した。

 思わず一点凝視するホアン。忙しく視線を上下させるミズリィ。腰を浮かせかけて、固まっているウェド。力一杯、目も口もまん丸なリム。

 してやったりと、ニヤニヤする「鉄槌」のメンバー。


(バインって……バインって、タプタプの上なんやぁ)


 改めなくても良い古い認識を、きっかり再認識上書きした小真希だった。

 なんだかとても、自分の胸板が寂しい。。


「そんな事、無いです。おれ、守備範囲は年上なんで 」


 キリッと。今更ながらキリッと顔を引き締めるカートの顎を撫でて、がにっこり頷く。無駄に零れる色気を、ちょびっとください。。


「あら、守備範囲は仕舞っておきなさいな〜。でも今回は、見逃して、あ・げ・る。お行儀よくね〜」


「はいっ! 」


 素直なところが気持ち悪いカートを横目に、小真希はスプーンを持ち上げた。


(お肉、おっきい。じゃがいも、ホクホク。おーいしーい)


 ゴロゴロ入っている肉や根野菜が、とっても優しい味でほっこりする。

 添えられた香ばしい堅パンをちぎって、とろとろのスープをすくい上げた。

 程よくカリカリする外側と、スープを吸ってフォワフォワする内側。

 極上に美味しい。


「麗しのおねぃさま。こんばん、お暇でしょうか」


 ホットワインのおかわりを運んできた、渓谷魔神おねぃさまに絡みつくアホなカートを放ったらかして、他の男たちは頭を突き合わせていた。

 復活したミトナイ四人組ホアン、ミズリィ、ウェド、リムも、ひたすら視線を彷徨わせながら、食事に話しに取り掛かっている。


「んで? あんな寒い所で、何をしていたんだ? 見送りか? 」


 厚熱あつあつの肉塊を豪快に噛みちぎり、トロンが聞いた。

 ちまちまと煮込みの肉を齧る小真希は不参加で、男たちの喋りは続く。


ここ領主街のギルドに、登録しにきたんです。そろそろ本格的に、パーティー活動をしようかと思って」


 ぼやけた説明のホアンに、トロンは屈託なく頷いた。

 他人の事情に踏み込まない姿勢は、冒険者ゆえだろう。


「お前らなら、すぐに上がってくるわな。よし、良い話、聞かしてやる。この前の礼の一部と思ってくれ」


 ホットワインを飲み干して、トロンは声を潜めた。


「ギルドで領主代理の依頼を受けると良い。俺ら「鉄槌」の推薦だと言ってやる。うまくいけば、デカい褒賞をもらえるぞ。冒険者は、先の暮らしを考えなきゃな」


「領主代理の依頼ですか? 先の暮らしって 」


 依頼を受けるのと先の暮らしを考えるのと、なんだか結びつかない。

 口いっぱいに肉を頬張った小真希も、首を傾げた。


「ギルドには付いて行こう。その方が話は早い。褒賞は、開拓予定の土地だ。依頼達成すれば、三年かけて開拓した分の土地の権利を、もらえるからな」


 小真希の耳が、巨大になった。ホアンたちも目がキラキラし始める。


「ねぇ、そんな事が本当にできるの? 土地って、国の物でしょ? 」


 大急ぎで肉を飲み込んだ小真希が、食い付いた。


「何にでも特例はある。開拓地の領主が、未開拓地を報奨金代わりに平民へ授けるなら、国は口を挟まねぇ。新しい開拓地からは、税が上がるしな。文句はねぇさ」


 小真希は思う。自分の土地があれば、コソコソ生きる必要はない。

 税はかかるが、新しい村を起こしてスローライフも悪くはないと。。


「頑張ってみたいかなぁ、なんて、思ったりして……」


 とっとと監禁された親子を掻っ攫って……救出して、やりたい事をやりたい。

 小真希の妄想が、独り歩きを始めた。

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