第75話 冒険者ギルド

 昨日の吹雪は、どこへ行った。

 差し込む眩い朝日に、小真希はくっつきそうな目をこじ開けた。油断すれば仲良しを始める上瞼と下瞼を、強引に引き剥がす。


「ん? 」


 いつベッドへ潜り込んだか、覚えてない。


「……宿屋  ぁあ、領主街だった」


 昨夜。そう言えば、食事が終わって周りの話に聞き耳を立てているうちに、あくびが止まらなくなった。

 なんとなくウェドが頭をポンポンして、ついでに手を引いて、部屋まで送ってくれたような気もする。


「まぁ、いいか」


 子供扱いされたのだが、細かい事は考えない。うん。

 思いっきり両手を突き上げて身体をほぐせば、バキバキ音がした。

 今日も小真希は快調だ。


「ご飯〜ご飯〜」


 本能の赴くまま、美味しい匂いに引かれて階下へ行く。

 昨日と同じテーブルで、ほかほかと湯気を上げる朝食セットをいただいた。

 中堅の宿では定番の燻製肉と野菜スープ、パンの代わりにどっしりしたスコーン。

 うん、美味しい。


「必要な事は耳に入りました。これからは別行動です」


 先に食事を終えたホアンが、昨夜のあらましを話してくれる。

 約束通り商人さんレーンは、しっかり噂を拾ってくれたようだ。


「これからすぐに冒険者ギルドへ行きます。一番の目的はギルドカードを作る事です。それがなければ、動けません。混んでいる時間帯ですが、ギルドの様子見には適しています」


 食後のお茶で締めの焼き菓子クッキーを齧りながら、ホアンが予定を確認する。本音が出やすい忙しい時間帯に、色々観察するのは鉄板なのかな。。

 冒険者の質。ギルド職員の質。利用者の質。それらから垣間見える領主街の治安の質も、しっかり把握しよう。


「きちんと、見極めましょう」


 ホアンの一声で、小真希も気を引き締めた。

 さっさと焼き菓子クッキーを平らげて、冒険者ギルドへ行こう。


「寒ぅぅ……」


 ガッチリ防寒したつもりだったのに。。

 天気は良いが、風が凍っている。

 幸いに宿の通りが大通りで、冒険者ギルドや各種ギルド、市庁舎並みの領役場が寄り集まっていた。

 凍っている足元に集中しながら、斜め向かいの冒険者ギルドに足を向ける。


「ミトナイ村のギルドと大違いだわ」


 石作りの五階建て。宿泊している宿屋の三倍ほど横幅があった。

 両開きの扉は全開で、様々な年代の男たちが競うように入ってゆく。分厚いマントが翻る度に、戦士系の部分鎧が見えた。


「さすがに多いですね」


 閑古鳥と破落戸ごろつきたむろしていたミトナイ村のギルドとは、雲泥の差だった。

 混み合う入り口から入り込み、二方向に人の流れが分かれる。


「おぉっ、あれが本物の受付嬢。美人やぁ」


 おっさん臭い小真希の評価に、顔を背けたぼっちゃまたちリムとウェドが吹き出した。

 とにかく掲示板への流れから抜け出して、長い受付カウンターの、空いている端へ辿り着いた。


「冒険者登録を、お願いします」


 ホアンが声をかけたのは、並ぶ人が無い窓口で、年季の入った……ベテランらしき猛者……経験豊かそうなが鎮座している。


(なんだろ。めちゃ美人だけど、濃厚すぎて  こ、怖っ)


 一部の隙もない完璧な化粧が。メリハリが効きすぎた凹凸ボディーが。微笑んでいるのに威圧マウント取得してくる目が。。


(完全武装やん)


 受付嬢の制服が、全身鎧フルプレートに見える。

 魅了溢れる微笑のまま、美魔女が小首を傾げた。


「いらっしゃいませ。身分証明書か、紹介状をお持ちですか? 」


 低く掠れた声は意外だが、纏う雰囲気にとてもよく似合う。さすが濃厚美魔女。


「はい。五人分です。よろしくお願いします」


 全くの平常心で、ホアンは紹介状を差し出した。

 穴の開くほど受付嬢を見つめるウェド。ポカンと半開きの口を固まらせたリム。

 角度を変えて遠慮なく観察するミズリィ。


 一同を見回した受付嬢が、小真希に目を止めて笑みを深くする。


「可愛らしいお嬢さんも、メンバーかしら? 」


「は はひ  そ です。 ご めん なさ い」


 訳のわからない怖れで、身体が硬直した。完璧美魔女に、得体の知れない魔物でも憑いているような。。?


「ま、緊張してる? 可愛らしいわね」


 ふいっと視線が外れて、膝から落ちかける。


逆境を生き抜く処世術サバイバル。発動します』


「え? 」


 すぐさま発動した支援技能スキル恐怖耐性で、縮こまった心と身体が伸びた。

 書類を用意する受付嬢の伏せた顔に目をやって、小真希はこっそり息をつく。


(ギルドが大きいと、迫力満点のおねぇさんが居るのね。こわぁ)


 ものすごく有能だなと眺めているうちに、すべての作業が終わった。

 手渡された薄っぺらい金属片カードに、コマキィの文字と熟練度レベル1の文字が打ち抜きされている。

 仮の名前でカードを作るのはやめて、全員が本名? だ。


 文字の形の穴から天井を眺め、高性能なカードは物語の中だけなんだと実感した。ただ、カードの右下に嵌め込まれた小さな魔石は、小真希の魔力に反応して所属ギルドのホログラムを立ち上げる。


(やっぱり魔法って、すごーい)


 にこやかな受付嬢おねぇさまに見送られ、居心地の悪い冒険者ギルドから、小真希は逃げ出した。

 他の男どもも、微妙な顔つきなのが笑える。


「さ さぁ、気持ちを引き締めて、行きましょう」


 緊張を解いたかのようなホアンの声がけに、疲れたため息が全員から漏れた。

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