第74話 領主街に到着

 雪を吐き出す重苦しい空から、無数の欠片が落ちてくる。

 街道の両脇に、一定の間隔で立ち並ぶ発光柱は、街が近いと示していた。猛吹雪でも、コレのおかげで遭難は免れる。優れた魔道具だ。

 恩恵を受けるのは領主街の住民だけだが、有り難い事に変わりない。


 御者台で頑張る小真希の頬を凍る風が叩き、痛さに目を細めた。

 時折変わる風向きが、吹雪く前方を掻き分け、先行するレーンの幌馬車を、はっきりと垣間見せる。


「ん? あれか? 」


 手綱を操るミズリィが、風圧で膨れるフードを押さえて呟いた。

 突風が走り抜け、レーンの幌馬車の向こうに、領主街の領壁が見える。


「あぁぁ〜、着いたぁ。さっぶぅ」


 付き合わなくても良いから、馬車の中に入れと言うミズリィに、なんだか負けた気がして、小真希は御者台に居座った。

 普段はぞんざいに扱ってくるミズリィが、変なところで気遣うのは面白く無い。

 小真希も天邪鬼あまのじゃくだ。


 検問に時間は掛からない。門兵だって、寒いものは寒いはず。

 パレイの探索者ギルドから発行された紹介状が効いて、ひとしきり馬車内を確認した門兵は「行け」と手を振った。

 夕暮れには間はあるが、さっさと宿に入りたい。


「あっちだな」


 少し前で止まっていたレーンの馬車が、おもむろに動き出した。

 馴染みの宿まで案内してくれる手筈だ。


 雪に沈む街は閑散として、あまり灯りは点っていない。

 歩道と馬車道の境界が分かりにくいし、石畳が滑るせいか、馬車の後部が左右に振れる。

 対向する馬車が無くてよかった。


「お風呂、入りたいね」


 開拓地が恋しい小真希の独り言に、無言で頷くミズリィ。

 明日は朝から冒険者登録をして、人探しを開始する。

 絶対に見つけ出して掻っ攫うぞと、ちょっと違う方向へ小真希の意識は逸れて行った。


 石積みの家屋は凍りついてる。庭は見えず、家と家がくっ付いて立ち並ぶ様は、寒々しくて気が滅入る。

 大きな通りを右折し、レーンの馬車が止まった。

 ミズリィも歩道に寄せて、馬車を停める。


 宿から飛び出してきた子供たちが、レーンと一言二言言葉を交わし、その内の年上らしき子供が走り寄ってきた。


「いらっしゃい。馬車は預かります。どうぞ、宿へ入ってください」


 ハキハキした様子に、客慣れした快活さがある。

 手荷物をまとめて、ホアンたちも降りてきた。

 背中を丸めたリムが小走りで先行し、滑りそうになる。思わず笑った小真希は睨まれたが、悪くない。と言いたい。


 個室がひとつに四人部屋がひとつ。久しぶりのだ。

 個室には風呂が付いているそうで、とても嬉しい。

 鍵を受け取った小真希は、そそくさと部屋を目指した。


「六の鐘が鳴ったら、夕食です。遅れないようにして下さい」


「はい、了解! 」


 食事の前に温まろう。冷えは美容の大敵だと、口から漏れていた。


なんだから、大丈夫だろ」


 思いっきり勢いをつけて振り向けば、リムの後ろ頭をミズリィが張り倒し、口を押さえて肩を揺らすウェドと目が合った。

 ホアンは受付の女将と話していて、気が付かない。


「あ〜、ごめん」


 目力を込めて睨む小真希に、ウェドは素直に謝った。 


「次は無いから」


 真顔で頷くウェドに背を向け、小真希は一直線でお風呂にかけてゆく。

 背後で肩を竦め合うふたりリムとウェドには、気が付かなかった。


******

 ほこほこと湯気が上がる。

 温まった身体は心地よく緩んで、このままベッドに飛び込みたい、が。暴れん坊な空きっ腹が、早く早くと急かせてくる。

 お腹を撫ぜた小真希は、厚めの上着を抱えて階下に降りた。


 折り返しの階段を下まで行くと受付がある。前を通り過ぎて硝子の嵌った扉を開けと、途端に香ばしい匂いに喉が鳴った。

 満席のテーブルは、賑やかな会話と料理に酒。ほんわりした空気に包まれていた。


(何コレ、すっごい良い匂い。お肉? うっわぁ)


 突き当たりの大きなテーブルで、リムが早く来いと手を振っている。

 所狭しと並んだ皿の真ん中に、肉の塊がゴロゴロ乗った大皿と、濃厚そうなスープを満たした大鉢が鎮座していた。並べた籠には、焼き色も美味そうなパンの山。


 さすがに駆け出すのは我慢して、小真希は競歩で移動した。


「遅いっ」


 言い募ろうとしたリムは、小真希と目が合った瞬間に口を押さえた。

 笑っているのか怒っているのか、逆鱗を蹴られた時の表情だったから。


「冷めないうちに、頂きましょう」


 ホアンの合図で、小真希は空いている席に着いた。

 揚げ煮した肉の塊を取り分けて、ナイフを入れる。スッとナイフが通るほど柔らかい。


「 うまぁ」


 美味しい食事で機嫌の直った小真希は、周りの席で様々な話が飛び交うのを、なんとなく聞いている。

 静かに食事をするホアンもウェドも、それらに耳を傾けながら頷いた。

 リムとミズリィは。普段通り。。


「領主様の具合が悪いって、本当なのですか」


 酒を継ぎ足しながら、快活な声で商人レーンが聞いている。


「医者や薬師はもちろんの事、回復師や魔術師も出入りしているらしい」


「私は呪術師が館に入って行くのを見たわ」


 隣のテーブルで、行商人レーンが領主街の商売人ふたりに酒を奢っていた。

 話振りから男の方は食料品の御用達で、女の方は召使の衣料品を扱う商家の下働きだと分かる。


「どうやら具合が悪くなったのは、数年前だと聞いたよ。それが、ほんの少し前に、悪化したみたいだな」


「そうそう。ずっと前から領主様の弟様が手伝いをなさって、何事もなくやって来られたって聞いたわ。なのに、呪術師を呼ぶなんて変ね」


 話のきっかけに、領主街の近況を聞くレーン。ここからどんどん、色んな噂話に発展していくのだろう。


(早いとこの様子を聞いて欲しいよ)


 スタン冒険者ギルマスの妻と子供が捕まっている区域あの辺りの情報を、早く知りたい。


 お風呂も満喫し、満腹になった小真希は、心地よい眠気と闘いながら、切実に思った。


(早くして……眠る前に)

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