第115話 塩湖のゆくえ

「あ〜〜〜  そうだった」


 突然立ち上がった小真希を、反応なく見守る面々。なんとなく、またかと言った微妙な意味合いが含まれている。


「はいはい。何を忘れていたの? 白状なさいな」


 常に母親(仮)のソアラが、いたずらっ子を嗜める目線で首を傾げた。

 よほど言い辛いのか、小真希は何度も唇を舐めてから照れ笑いする。


「ちょ ちょっと待って 心の準備するわ」


 予想が斜め上の時、小真希は白々しい照れ笑いをするがある。

 ソアラは数回深呼吸して腹を決めると、カッと目を見開いた。


「よし! 聞くわ」


「えぇとー。が割り振った、ソアラの地所だけど……こが、あったの  言い忘れてた  」


「はい? なにがあったって? 」


「……塩の  でかい湖 」


 しお、とか。。 でかい、とか。。 みずうみ、とか。。

 しばし皆が不審そうに呟いて、一斉に固まった。


「      は? 」


 ピタリと息が合ったに、思わず笑い出す小真希。

 確かにコントを見ているようで面白いだろうが、笑える内容ではない。

 誰がいさめるか。なすりつける相手を求めて、互いに顔を伺う。


「あのね。塩の湖。塩湖を見つけたの、言うの忘れてた  うふ? 」


 思い出して良かった良かったと、大いに満足げな小真希と、深刻に顔色を無くし、がっつり落ち込む面々。。


 何度も何か言いかけて、水から上がった魚の如く、口だけハクハクしていたソアラが、意味不明の呻き声をあげた。

 突っ伏したテーブルを、握り拳で叩くのは、なぜ? 


「 コマキィ、どうして、忘れて、居られる、のですか? 」


 ちょっと息も絶え絶えのホアンの質問に、小真希は花開くように微笑んだ。パァァァァっと。。


「わかんない。忘れてた〜 うふふ」


 笑って誤魔化しているのが、丸分かりだ。


「うふふ」が「ケラケラ」に移行した小真希と、窓際の長椅子で、皆の様子を面白がるマリウスの笑いが、シンとした居間に響く。

 雰囲気を読むケイロンは、そっとマリウスから距離を取っていた。


「これは、領主様に報告せねばならんの」


 真剣な村長に、さすがの小真希もマズい状況ではと気付いたようだ。


「えっと  なんか、ごめん? 」


 取ってつけた謝り方に、ソアラのくぐもった呻き声がする。怨念が籠っているのか、背中がぞわりとした。


「どうして、レオンさんが居る間に、思い出さなかったのよぉー」


 急に突っ伏したテーブルから顔を起こし、泣きそうなソアラが叫んだ。


「仕方ないよ、ソアラ。だって、コマキィだし? 」


 リムの言い方では、小真希が「ポンコツだし? 」みたいに聞こえる。

 ウェドに肘打ちされて、失言に目を彷徨わせるリム。


 言い返そうと口を尖らせた小真希は、思い詰めた村長の視線に、言葉を消した。


「えっとぉ 」


 眉間を揉んでいたホアンが、浅く息を吐く。

 小真希から目を逸らしたウェドが、笑いを飲み込んで空咳をした。


「分かっていないようですね。説明しますから、よく聴いてください」 


「いや、その前に。自分はレオンを追いかけて、連れ戻す」


 言い出したミズリィが身支度しているうちに、リムも装備を整えた。


「ちょっと行ってくる」


 日頃から素早いふたりだ。


「あー、えぇっと? 」


「はい。コマキィは座って、ホアンさんの説明を聞きましょう? 」


 あたふたする小真希の両肩を掴んで、レダはそのまま席に着いた。

 向かいに座ってぐずぐず鼻を鳴らすソアラに、分かっているわよと頷いてみせる。

 

「コマキィは、塩が国にとって重要な物資だと、理解していますか? 」


 ホアンの質問に、こてんと首を傾げる小真希。


「ホアン。もっと具体的に聞かないと、分からないと思うよ」


 ずっと楽しそうなウェドが、小真希には原因不明だ。


「……コマキィが居た村で、塩は手軽に手に入りましたか? 」


 聞かれてエリンの記憶を辿る。数ヶ月毎にやって来る行商人から、ずいぶん高い塩を買っていたと思い出した。


「ううん。神官様が、お布施で買える塩は、すごく少ないって言ってた」


 見渡す限り真っ白な湖。対岸が見えない所もあった。

 あれだけあれば、豪邸は幾つぐらい建つだろう。


「わぁ! ソアラってば、大金持ち! 」


「ならないわよぉ! 」


 思わず吠えたソアラを、向かいからレダが宥めすかした。

 さっきよりも心無し強く眉間を揉んだホアンは、自分を宥めるように肩で息をする。


「コマキィ。塩は、個人的に取引されません。国か、の持ち主。多くは海岸沿いの高位貴族ですが、売買の権利を握っています」


「んん? 」


「わたしたち平民が、勝手に塩を生成したり、販売したりすれば、国賊です。捕まれば、問答無用で処刑される犯罪者です。おそらくモルター子爵では、塩の権利を持てないでしょう。爵位的に役不足ですから」


 小真希に理解できたのは、素人に塩の売買は無理と、言う所だけ。。


「じゃぁ、黙っとく? 」


「いや、見つけた時点で、黙っているの、無理だから 」


 言い聞かせるソアラの口調が、疲れ果てている。


 あまり時間が立たないうちに、ミズリィとリムが帰ってきた。

 地下道まで除雪しながら進んでいたレオンに、追いついたらしい。


「塩湖を見つけたって、本当かっ? 」


 開口一番の質問がこれだ。


「本当です。見つけたのは、コマキィですが 」


 ホアンの返事に頷き、外套を脱ぐのもまどろっこしく、雪を撒き散らしながら、レオンは勢い込んでテーブルまで駆けて来た。

 ソアラとレダに「床掃除がっ‼︎ 」と叱られ、玄関まで追い返される。


 雪を落とし、改めてテーブルに着いたレオンは、静かに口を開いた。


「塩湖の位置と規模は、分かるか? 」


「行ってみないと、分かんない(テステス? 答えてよぉー)」


 応答してくれないに、方向音痴の小真希は焦った。

 もしも地図があっても、場所の説明なんて、超難易度のミッションだ。


「羽蟻を飛ばして、見分けがつくかな。山脈全部、真っ白だよ? 」


 歩きやすい方に適当な道を造って、偶然見つけた山だ。正確な方向も、小真希には示せない。  


「そうか……仕方ない。領主様には、塩湖発見の報告だけしよう。幸いこの雪で、ミトナイ村に滞在して居られるから。隠していたわけではないし、多分お咎めは無い。と、思いたい 」


 微妙に不穏な言い回しをして、レオンはトボトボと帰って行った。

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