第25話 なんだかなぁ……(改)

 探索者ギルドのレオンギルドマスターの部屋で、小真希は青年と睨み合った。


「不敬だとか無礼だとか、お貴族様でもないのに偉そうね。女だと思って、馬鹿にしてるの? 最低のクズよね」


 探索者相手に慣れてきた小真希は、言い合う語録が増えている。

 どちらかと言えば、煽るほうの語録だ。


「きさまっ、女のくせに小賢しい。口だけの女は、すっこんでいろ! 」


「へぇぇ、口だけって、思ってるんだぁ」


 不穏な小真希から、ゆらりと怒気が立ち昇る。


「やめっ。落ち着けコマキィ。話し合いをしろ」


 こめかみに冷や汗を垂らしたレオンギルマスが、とっさに声を上げた。


「そっちの若いの。侮る相手を間違えると、大怪我をするぞ。何にしても話し合え。ルイーザに睨まれているのは、ソアラだけじゃない。北山脈側に振り分けられた時点で、おまえらはルイーザに憎まれているんだよ」


 レオンギルマスの説明に、わけが分からず間抜けな表情を見せる美形たちに、ソアラが頭を抱えた。


「自覚ないの? あんたたち、ルイーザに言い寄られて断っていない? あの女、我儘だし執念深いから、取り巻きにならなかった男や、思い通りにならない女、気に食わない女に嫌がらせをするのよ。怒りの度合いによっては、ひどい仕返しをするの。北の山脈側に開拓地を振られた時点で、嫌がらせと仕返しは始まっているわ」


 気まずそうに見交わす美形たちに、小真希は呆れかえった。


「こっちにだけ原因を押し付けるのって、どうかと思うわ」


 小真希の発言に何かを言い返しかけた青年を、最年長のホアンが止めた。


「いろいろと誤解があったようだ。謝罪する」


 納得した様子はないが、ルイーザから受けた態度を思い返せば、ホアンにしても充分に心当たりがあるようだ。

 ホアンは小真希に頭を下げたが、それは違うと思う。


「わたしじゃなくて、ソアラに対して失礼だったよね」


 いろいろな加護で小真希は恵まれている。青年に馬鹿にされても、小真希ならはね返せる自信があった。けれど、か弱いソアラなら、理不尽な非難に心が折れているかも知れない。


「そうだな。ソアラ嬢、申し訳なかった。この通りだ」


 素直にホアンが頭を下げたので、仕方なしに青年も頭を下げた。


「お互い様です。謝罪していただけて、ホッとしています。これからの対応を、一緒に考えていただけますか? 」


 今の小真希なら、ひとこと注文を付けそうだが、ソアラは穏やかにまとめた。

 ここに居る者はみな、北山脈側の開拓地から追い出されたら困る事情を抱えている。たぶん。。

 なんとか折り合いを付けなくてはならない状態は、お互い様らしい。


「領主に、不当な待遇だと直訴できないの? 」


 ふと思いついて言葉にした小真希に、ソアラは首を振った。


「そんなことをすれば、村長まで巻き込むわ。わたしはレダを、困らせたくないの……村長さえ元気になれば、ルイーザは大人しくなると思うし……」


 問題のルイーザを黙らせる方法は、銀貨十枚かダンジョンゴブリンの魔石が四百個なんて、ものすごく強欲だ。。


「ギルマス。ルイーザは、銀貨十枚で納得するかな」


 現物より現金のほうが、ぼったくられる額はマシだと、レオンに聴いてみる。


「……現金が用意できるなら、早いところ俺が入って交渉する。念書を取っておけば、何かあって領主に直訴しても、こちらの言い分が通るだろう」


 ひとり頭、銀貨十枚。全員で銀貨六十枚は必要だ。

 ダンジョンの階層を、ふたつほど深く潜れば小真希は問題ないが、ソアラはきついだろう。


「最悪、探索者ギルドで貸し付ける事もできるが、すぐに借金で首が回らなくなるぞ……まぁコマキィなら、心配はいらないがな」


 さらりと言ってのけるレオンギルマスに、ホアンを含めた男たちが唖然となった。

 美形でも、初対面から侮ってくる他人と、小真希は馴れ合うつもりはない。

 さんざん馬鹿にしてきたのだから、自分の事は自分で解決してもらおう。

 きっぱり無視して、俯いたソアラにだけ声をかける。


「ねぇソアラ。わたしとパーティーを組む気はない? 偉そうな事を言うつもりはないの。だって初めて会った時、ソアラは親切にしてくれたわ。だからね、後方支援を頼めるなら、ゴブリン狩りで銀貨十枚くらい、軽いから。もちろん拠点で、体力回復薬ポーションを作ってくれるなら、一緒に潜らなくても大丈夫。考えてくれると嬉しい」


 突然で決心がつかないと言うソアラは、少し考えたいと答えを先延ばしにしてきた。

 物言いたげな美形たちを無視してお茶を飲む小真希に、レオンギルマスはこめかみを押さえた。


「で? 金の工面はつきそうか? 」


 改めてレオンに聞かれ、渋い顔を見合わせるだけの美形たち。。

 そんな中で、年若い内のひとりが立ち上がり、慌ててもうひとりの少年も続く。


「あの、コマキィさん、ソアラさん。申し遅れましたが、わたs……ぼくはウェドと言います。こっちは幼馴染のリム。ふたりで開拓しています。先ほどは無視する形になってしまって、失礼しました。改めて謝罪します。申し訳ありません」


「気がきかなくて、ごめ……すみません」


 先に口を開いたのも頭を下げたのも、くすんだ髪色の少年ウェドだ。真似るように頭を下げ、心にもないと分かる謝罪を口にしたのは、黒髪リムのほう。。

 青年が怒りで行動する前に、ホアンが押さえつけた。


「ミズリィ、やめて」


 ウェドの一声に放心する青年ミズリィ

 あまりにも曰くありげで、小真希は関わるのが嫌になる。


「べつにお互いの立場が分かったのだから、もういいわ。これからは、自分たちで何とかする。お互いに、がんばりましょうね」


 関わらない。助け合わない。馴れ合わない。そういう意味を込めて、小真希は微笑み返した。 

 小真希の拒否に、ウェドは差し出しかけた右手を握りしめる。


「……すみません。いまさら親しくしてもらおうなんて、厚かましいですよね。ほんと、申し訳ない……」


 苛立ちが勝った小真希の感情は最悪で、都合良く悪役を押し付けられた気分になる。


「わたしが悪いみたいな雰囲気ね……最低…」


「コマキィさん……落ち着いて。いつものあたならしくないわ」


 とりなすライランに、緊張してこわばった小真希の肩から力が抜けた。自分の状態が分からないくらい我を忘れていたと、いまさらに思う。


『ほんとに怒っているのか? こいつらが怖いだけだろうに』


 図星を突いてくる精霊に、息が詰まった。

 この世界に来て、ずっと他人が怖い。

 侮られて苛立つのも、舐められて頭にくるのも、身の危険を感じて神経がささくれるのも、ずっと技能スキルが発動して誤魔化してくれた。


(でも……)


 感じていないはずがない。

 いつも、本来の小真希は怯え、苛立ち、怒りで心をすり減らしてきた。


『人間は親しい者が周りにいないと、寂しさで命を削る。信頼しろとは言わないが、親しいやつらをつくる機会ではないのかな』


 精霊の口添えに顔を上げれば、ウェドのまっすぐな眼差しと目が合った。

 ずらした視線の先には、心配そうに見上げるソアラがいる。


「コマキィさん。もう一度落ち着いて、話し合ってみませんか? 」


 新しいお茶を置いたライランに、柔らかな笑顔で促され。。

 心の中に刺さっていた棘が抜け落ちて、知らない内に、小真希はソアラのとなりに座り込んでいた。


「コマキィさん。話し合ってくれますか? 」


 複雑で消化しきれない想いは渦巻くが、もう一度差し出されたウェドの手を、小真希はゆっくりと握り返した。

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