第24話 言いがかり(改)

 小真希に銀貨を握らされた冒険者が、歯をいて唸った。


 どうやら文字の読み書きができないらしく、探索者ギルドのマスターレオンが、じきじきに代筆して署名した。

 もしも隠蔽すれば、ギルド同士の信用問題にかかわるし、領主の介入も要請できるとレオンは念押しをした。


「くそったれっ。月末には北山脈側のやつら全員が、ゴブリン魔石四百個もってこい。ひとり頭で魔石四百だ。でなきゃ、次は村から追い出すぞ」


 ゴブリン魔石に味をしめた受付女ぼったくりの、欲をかいた要求なのが透けて見える。


「銀貨十枚に引きあげるって、さっき言ったよね」


「……ゴブリン魔石四百個だ」


 小真希の問いに、腰を押さえた冒険者は正確な金額を言わない。


「地代の納税額を、一ヶ月銀貨四十枚に引き上げるっていうの? さすが、ぼったくりの使いっ走り。銀貨三十枚も中抜きするのかぁ」


「てめぇっ! 」


 拳を上げた冒険者は、周りを囲む探索者たちが、殺気立っていると気づいて仰け反った。

 ここが探索者ギルドだったと思い出したようだが、もう遅い。


「村長代理に言っておけ、公正を期する第三者として、探索者ギルドのギルマスが同席する。断るなら、御領主様の同席を要請する。正当な納税額の取り決めなら、構わんだろう」


 領主の同席をチラつかせるレオンに、男たちは恐れをなしたようだった。


「俺たちは、村長代理に頼まれただけだ。そんな大層な話なんか知らない。おまえらが直接に、村長代理と話せばいいだろ」


 負け犬の遠吠えにすらなっていない言い訳を喚いて、男たちは逃げ出した。


「……ほんと。どうしようもない奴らね。大丈夫? ソアラ」


 放り出された荷物を抱きしめ、床にうずくまる少女ソアラの前に、小真希は膝をついた。

 ソアラを守るように寄り添うマリウスとケイロンは、いつもの体勢だ。


「おまえら、解散していいぞ。今日の厄払いに、ギルドの酒場で麦酒エールを一杯づつ奢ってやる」


 レオンの一声で、歓声を上げながら散ってゆく探索者たち。


「ギルマス、かっこいい」


「おまえなぁ……」


 思わず褒め称える小真希に、レオンは鼻にしわを寄せた。

 当然のようにレオンを押しのけたライランが、場所を替えるよう促してくる。どっちが上司なのだろうか。。


「込み入った話になるでしょうから、こちらへ」


 いつも通り付いて来ようとしたマリウスとケイロンは、部外者だからとライランに帰された。

 執務室へ通されて、ソアラと並んで座った小真希。

 すっかり元気をなくした様子が、気がかりだ。


「さっきは、ありがと……なんとか稼いで、返すね」


「急がなくていいよ。だいじょうぶだから」


 すっかり意気消沈したソアラは、テーブルに用意された飲み物に手をつけない。

 相変わらずギルマスの執務室で、ライランの入れてくれたお茶と、ギルマスレオンが秘蔵していた焼き菓子を頂いている。

 ライランに微笑まれたレオンは、素直に書類の束を受け取って、仕事を始めた。


「これを盗られたら、どうしようもなかったわ」


 大事そうに荷物を撫でるソアラは、顔を曇らせる。


「村長の薬が切れるころよ。レダも困っているだろうな……」


 今回の言いがかりは、ソアラに練金させないよう企んだ結果だろう。


 北山脈側の開拓民に突きつけられた増税は、徹底的にソアラから錬金の方法を取り上げて、村長に薬が渡るのを阻止するためだと思う。


「このままだと、ミトナイ村はルイーザの思いのままになる……それに、私のせいで」


 とばっちりを受ける他の開拓者に、申し訳ないとソアラは涙ぐんだ。

 毎月銀貨十枚十万円の税金とか、どこの世界のぼったくりだ。

 ダンジョン産のゴブリン魔石四百個とか、どんだけ頭が沸いているのだろう。


「北山脈側の開拓者パーティーは、もうすぐ上がりダンジョンから出るです。夕方には全員が揃いますし、話し合いの場を設けます」


 ライラン受付嬢は、気の毒そうな眼差しをソアラに向けた。

 小真希がミトナイ村から受けた印象は、最悪の一言に尽きる。

 最悪の村を束ねる領主も、腹黒お代官に思える。ただ。。


「ねぇ。村長や領主って、悪い人? ルイーザみたいに」


 ミトナイ村の村長や、この辺りの領主が気になる小真希は、レオンに対して率直な疑問を口にした。

 書き物のペンを止めたレオンが、いい笑顔を浮かべる。


「村長は、まぁ常識のある一般人だったな。領主は貴族らしい貴族だ。領主の尽くすべき義務を、貴族らしくやり通している方だ」


 貴族らしい貴族とか、尽くすべき義務とかは理解の外だが、まずまずの人かなと、勝手に理解した。


「村長は常識人か……ねぇソアラ、村長の怪我って、どんな状態? 薬では治らないの? 」


 ルイーザが村長代理で好き勝手しているなら、村長の怪我を癒せは良いと、小真希は単純に思う。


「よくわからないの。魔獣の爪が刺さって、毒が身体に回ったの。すぐに解毒したのよ。でも、徐々に体力が落ちるから、体力回復のポーションが離せない。ポーションさえ飲めば、ある程度は元に戻るけど、完全に治らなくて……」


 やっかいな症状だ。


『爪の欠片かけらが、身体に残っているのだろう』


 寝ていたはずの精霊が、ふいに声をかけてきておどろいた。


『だからと言って、他人の時戻りはするな。おまえ以外の時を戻せば、記憶もさかのぼって、きれいさっぱり消え去るぞ』


 小真希の考えを察して、精霊が釘をさしてきた。


(……使えないのかぁ、時戻り。がっかりだよ)


 夕方まで待って、北山脈側の入植者と初めて顔を合わせた。

 十代と二十代の男たち、ふたりづつのパーティーだ。

 地番を聞いてみれば、小真希の地所とは続き番号で、麓側の二箇所とわかった。


 レオンギルマスからの説明で、月々の納税額が増加したと聞いて、ソアラに怒りを向けてきた。

 まったくのとばっちりだが、彼らの怒りもよく分かる。

 名乗り合う前に、解決策はソアラにあると、話が向かった。


「失礼だが、そちらの女性が退去してくれれば、解決するのではないか? 」


 最年長の青年が声を上げた。


「巻き添えで税率が上がるのは迷惑だ。我々に、共倒れしろとでも言う気か」


 別の青年が、厳しい言い方をする。


「いったん上げた金額を、あの女ぼったくりが撤回するとは思えないわ。ソアラのことは、きっかけに過ぎない。初めから北山脈側を開拓する気なんて、無いと思うよ。ここに居る全員を、あの女は追い出したいと思ってる。なぜかは知らないけど」


 あまりの言い方に苛ついた小真希は、同じ立場だと強調した。

 見渡せば、けっこうハンサムな男たちだ。


「おまえの言いがかりだな」


 最年長らしき青年に言い切られ、小真希は笑った。


「わたしの名前は小真希。じゃないわ。失礼な野蛮人ね」

「っ……ホアンだ。年長者を敬う常識もないのか」


 年長者が、喧嘩を売るなと言いたい。


「赤の他人に問題をぜんぶ押し付ける人を、敬えって? 」


「無礼なっ! 」


 立ち上がった青年を、ホアンが止める。


「みなさん、落ち着いてください。きちんと挨拶する前に言い争いになったのでは、話し合いができませんよ」


 お茶を運んだライランが割って入った。


「我々が解決する問題ではないと思うが、原因はそちらのお嬢さんたちだろう」


 あくまでも自分たちは関係ないと言い張るホアンに、小真希は無視を決め込んだ。


「わたしは小真希。となりの子はソアラ。あなたがたも、ホアンさんと同じ意見? 」


 十代らしきふたりに声をかける。


「勝手に話しかけるな! 不敬だぞっ」


 またもや青年に遮られて、小真希の眉間にしわが寄る。


。あんたには、話しかけていないわ。こっちの男の子に言ってるの。邪魔しないでね」

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