第4話 神様がくれた技能?(改)

 地下の割れ目は、鍾乳洞らしき自然の洞窟に繋がっていた。


 初日は時間が時間だったので、割れ目からできるだけ離れた場所まで歩く。

 少しだけ壁が抉れてくぼみになった所に入り込み、少ない仮眠をとった。


 朝の目覚めは最悪で、柔らかなお布団が恋しい。

 痛む節々をほぐしながら、喉の渇きに気持ちがへこんだ。

 非常に心細い。


『何だ? 食い物と飲み物なら、もうすぐ先にあるぞ? 」


「ほんと? 」


 精霊の助言に元気いっぱいで突き進めば、とんでもないと遭遇した。


 今現在。小真希の目の前に立ち塞がる真っ赤な大熊がいなければ、不思議な光で満たされた幻想的な地底湖を、心ゆくまで堪能できたはずだ。


「……わ たし…死ぬ? うそぉ」


 人の胴体くらいはありそうな毛むくじゃらの腕が、ゆっくりと持ち上がる。

 ゴツい指から飛び出した鋭い爪が、小真希を目掛けて振り下ろされた。


「やだ! めてっ」


 後退った途端に、何もない地面に躓いて尻餅をつく。

 さっきまで小真希の頭があった場所を、鋭い爪が掠め、風圧で髪が舞った。


『緊急事態発生。割り込み操作で、シールドを発動しました。固有技能ユニークスキルサバイバルを、自主発動してください。保持者の安全のため、一般技能ノーマルスキルに干渉し、強化します』


「はぁっ? 」


 意味不明の言葉が、頭の中で響き渡る。

 惚けて見上げた目に、爪を生やした熊の手が落ちてきた。


「し ぬ ぅぅぅ……う……う? 」


 怖すぎて閉じる事もできない目の前。たぶん、数十センチ向こうで、熊が動きを止めていた。


「なにが どうなった? 」


 涎を撒き散らした熊の咆哮に、身体が硬直して一ミリも動けない。

 もう一度、思い切り振り下ろされた熊の手は、さっきと同じくらい離れた場所に、罅割ひびわれを作って止まった。

 爪が弾け、指の付け根から飛び散った熊の血が、硝子の表面を伝うように地面へ滴る。


一般技能ノーマルスキルシールドを発動中です。固有技能ユニークスキルサバイバルの発動を要求します。攻撃、又は回避を、強く推奨します』


 怒り狂う熊は、見えない盾を両手でガンガン殴りつけた。

 血が吹き出して宙を舞う度、硝子のひびが広がって、不安を掻き立てる音がする。


固有技能ユニークスキルサバイバルって、なに! 攻撃って、なに! 」


 突然目の前に、小真希のスマホが浮いて出た。

 真っ黒な画面に白い文字が、Y/Nと打ち込まれる。


自律操作オートコントロールしますか? 』


「はいっ! 」


 問いかける声に考えもせず、小真希はYをタップした。


『了解しました。固有技能ユニークスキルサバイバル、並びに自律操作オートコントロールの並列発動。可視化シールド多重展開。一般技能ノーマルスキルの支援、強化、干渉を発動。これにより、恐怖耐性、忌避的感情緩和、精神安定が開始されました。肉体強化率七十パーセント。心身回復を常時発動。肉体操作マリオネットに接続されました。盾攻撃シールドバッシュにて、反撃準備が整いました』


「は い…」


 不意に身体がブレた。

 幾十にも別れた自分が、僅かづつズレながら、ひとつ所に纏まっている。


『反撃、開始します』


 知らぬ間に左手が上がり、握り締めた手のひらにを掴む。


「へ……なに? ふぇえ! 」


 重さも何も感じない巨大で発光する盾が、大熊を薙いだ。

 勢いそのままに回転して、仰け反った熊の横腹を盾が抉る。


「うぇえっ! ぎぼじばる゛」


 自分の身体が縦横に振るう盾を、止められない。

 意識は朦朧としてくるのに、身体が俊敏に動いて攻撃を止めなかった。

 まるで操り人形マリオネットだ。


 徐々に徐々に、熊の体力を削ってゆく。

 盾攻撃シールドバッシュが決まるたびに肉が裂け、大量の血飛沫が散る。


「もぅ……終わってっ…やだ! 」


 直接伝わる手ごたえに、身体中の肌が粟立つ。ゾワゾワと悪寒が走り抜け、吐き出す息に乗って拡散してゆく。

 頭の中にあるストッパーが、あらゆる感情を緩和していた。それを感じるのが、おぞましい。恐怖すらも、薄紙を通す他人事だ。


 失われてゆく命が、たまらなく哀しくて、それは傲慢な感情だと、分割された心のが分析している。


「ごめん…な さい」


 謝罪など、罵倒の最たるものだ。

 己の命をかけたり合いに、ふざけるなと熊が吠える。


「それでも……」


 こんな状態に追い込まれた現状を、小真希であるが、ただただ哀しんでいた。

 これを最後にすると、全力で振った盾が、熊の横面を抉りあげる。

 そうして、小真希と熊の、命の天秤が傾いた。


「!!!!!!」


 どちらが叫んだ慟哭か、断末魔か。それとも、共に叫んだのか。


 中腰で固まり、自分が泣いているのも知らず、動かない熊を見ていた。

 ふいに、息の根が止まった熊の身体から、透明な光るものが浮き上がる。

 はじめは死んだ熊と同じ姿で、空中に浮き上がると丸く形を変えた。


『魂魄だな。昇華する』


 見ている間にそれはふたつに分かれ、ひとつは上に、ひとつは端から霧散して、空中に溶けていく。

 戦いの後で不謹慎かもしれないが、静謐な景色に癒されて涙が止まった。


『源に還るのが魂で、自然界にかれるのが魄だ。人間の言う、天の恵みのようなものだ』


 霧散する光の粒が、小真希にも降り注ぐ。

 止まりかけていた涙が、再び溢れてきた。


『もう泣くな……お前の責任ではあるまい。あれは魔獣だし、たいがいの人と獣は、解り合えぬ』


 精霊の慰めに、いじいじと恨み言が湧く。ただ、自分の代わりに戦ってほしかったとは、言い出せない。

 あまりにも無責任で、厚かましすぎる感情だ。


『あぁもぅ! そんなに戦うのが辛いなら、【空間把握】を習得せよ。相手の位置を感知できれば、避けて行けるだろう。我が時空の加護を授けてやったのだ。器用なお前なら、使い熟してみよ。だがな、人間がひとりで生きるには、獣に勝つしかないのだ。腹を括って、生きようとせよ。せっかく怪我をせぬよう転ばせてやったのに、面白くない』


 途中からふにょふにょと聞こえなくなったが、なんだか困り果てて小真希を心配している感じだ。


「はぃ……わがっだ」


 泣きすぎて目が痛い。鼻づまりで、頭も痛かった。それに、駄々っ子から一転して、大人のように諭してくる精霊が納得いかない。


 座り込んだ目の端に、赤い毛皮の熊が横たわっている。

 抉り裂いた首から血が流れ出し、赤い毛皮をなお赤く染めていた。


『お前が閉じた命を、無駄にするな。でなければ、ただの殺戮だ』


「う……はぃ」


 解体して、できるだけ多くを利用せよと精霊は暗に示している。


「どうすれば、いいのかな」


 解体に使えるナイフは無い。あったとしても、心が保ちそうになかった。

 このまま収納できれば世話は無いが、自分の遺体とごちゃ混ぜにはしたくない。


固有技能ユニークスキルサバイバルを発動しますか? Y/N 』


 困り果てた小真希の目の前にスマホが浮き上がり、頭の中で声が聞こえた。

 操り人形マリオネット状態を思い出して、げっそりする。


「できれば、自分の手で解体はしたく無いかなとか、思ったりして……ごめんなさい、甘ったれました」


 精霊の蔑む目に気づいて、他力本願な自分に恥ずかしくなった。


「エリンは、ひとりで頑張ったものね。ごめんなさい」


 鼻でため息を吐く精霊に、少しだけ苛ついた。


「はぁぁ、固有技能ユニークスキルサバイバルって、どんな事ができる技能スキルなんだろ」


 視線の先に浮かぶスマホを見つめながら、なんとなく呟いてみる。


『討伐した熊の恩恵経験値で、能力が上昇しました。個人情報ステータスを開示しますか? Y/N 』


「……はい? 」

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