1-07『それは素晴らしき青春の諸々3』

 作戦の決行は放課のちすぐを予定している。

 その予定通り、授業をこなしてから、俺は仲のいい友人たちを机の周りに集めていた。


「――てわけで。今日は我喜屋ん家のお宅訪問なわけだけど」

 そう口火を切ったのは宍戸ししど勝司まさし。簡潔に人柄を説明するならば、このクラスの中心人物として立つ男子生徒、で概ね済むだろうか。

 顔がよく、運動・勉強ともに得意、おまけに明るい性格とくればおおよその人柄は掴めることだろう。そういう通りの人間だ。多少、チャラめな部分まで含めて、欠点というよりは長所と見られる人柄。

 要はナチュラルに主役力の高いタイプの人間だ。今後、クラスカーストの最上位に位置することは明白なキャラクター。俺としても、最初に押さえておくべき相手であろう。

「あ、ありがとうね、我喜屋くん! お招きしてくれて!」

 続いたのは吉永よしながあおい――こちらもクラスのメイングループのひとりである。落ち着きある静かな性格なのだが、まあ顔がいいからだろう、教室内での立ち位置を確立していた。その隣ではさなかが笑顔を浮かべている。

 クラスでも、この一週間で特に仲よくなった友人――さらにその中でも厳選されたこの三人が今日、ウチに来ることになっている。


 まあ厳選も何も、単にこの三人が暇だったというだけなのだが。

 現在、部活見学期間が始まっており、特にどこにも入らないという葵と、逆にもう入部する部活が決まっている宍戸、そしてさなかは、いろいろと見て回る必要がないとのことだった。

 当然、放課後をバイトに――何より青春イベントに費やす俺も部活には入らない。

 これは迷った部分ではあるのだ。部活は部活で部活的な青春活動の場にできる。

 ただ逆を言えば部活の青春は部活の青春でしかない部分が大きいため、拘束時間も考えると青春コストパフォーマンスが悪い。バイトを考慮した結果、見送りとなった。

 なに、部活は自分が所属していなくても、所属している友人の応援という形で一枚噛むことが可能だ。部活的青春はそういった形で費用対効果を上げていくのが望ましかろう。


 ともあれ、お宅訪問イベントである。

 これはゆくゆく企画している(していた)お泊まりイベントへ発展させるための、いわば布石、伏線、事前準備といったところ。青春含有率10%ほどの、レベル1イベント。

 まずはここから。主役理論に基づく計算では、《独り暮らしの家》という空間の飽和青春値量はおよそ50ポイントほどだ。

 これは《その空間で可能と思しき最大の青春イベント》を数値化したもので、《放課後に遊びに来る》ならば10ポイント、おそらく自宅環境最大イベになる《お泊まり》で50ポイントほど、ということ。

 やはりいっしょに夜を明かす、というイベントは非日常感が高く、青春含有率も高めを見込める。修学旅行の夜、同じ部屋の野郎どもと気になる女子の話なんかしちゃったりすることとかマジ青春と言わざるを得まい。そういうお約束は貴重なものだった。


 だからこそ。

 俺は、今日この場を誤魔化せばいいわけでは決してないのだ。

 これからのことも考える必要がある。


「――んで、この四人で行くのか?」

 俺の正面の席に腰を下ろして、勝司が言った。

 どうでもいいが、空いているのを理由に自分以外の誰かの席にナチュラルに座れる辺り、たぶん宍戸は中学でも中心キャラだったと思われた。

 つまり、俺のような思いっ切りの高校デビューではないということ。

「まあ、あんまり大勢で行くのも悪いし。こんなものじゃないかな」

 と、これはさなかが言った。彼女は俺の住んでいるアパートを、少なくともその外観は目にしている。中の広さも概ね予想がつくというものだろう。あまり広くは見えないと。


 実際には、おそらく想像の倍ほど広いわけだが。

 まあ、それはともかくとして。俺は三人に向かって、こんなことを言う。


「あ、実はもうひとり呼んでるんだけど。大丈夫かな?」

「もうひとり?」

 きょとんと首を傾げる葵。ほかのふたりも似たような表情だった。

「もちろん、我喜屋くんがいいならいいと思うけど。誰なの?」

 俺は笑顔で答えた。


「――友利さん」



     ※



 要はこういう次第である。

 木を隠すには木の中。ならば人を隠すには人の中だ。友利の痕跡を部屋から隠すことはもちろんだが、見落としがないとも限らない。そもそも友人を呼んでいる間、ずっと外に出ていろとはいくら友利が相手でも言えないっていうか聞くまい。

 なら初めから友人として呼んでしまえばいいのだ。

 いっしょに来た人間を、まさか同棲しているなどと疑うはずもなし。いわば意識の盲点を突くような起死回生の一手である。


 何より、俺の考える青春イベントにが素晴らしい。


 実に自然に、友利を仲間に引き込めるわけだ。

 そうしているうちに友利が主役理論の素晴らしさを知って、回心することさえ俺は期待していた。これはとらたぬではあるが。

 俺の主役理論と、友利の脇役哲学。

 そのどちらが勝つかで競うための同居生活なのだ。

 いつまでも甘んじているわけにはいかない。もう一週間も経ったのだ。

 そろそろ、攻め込んでいってもいい時期だろう。


「てなわけで協力してもらおうか、友利。さっそくなあ!」

 友利が学校に着いた段階で、彼女を呼び出してそう告げた。

 聞くだに、それはもう露骨に嫌そうに顔を顰めた友利。

 これも想像通りだった。

「協力って……まあ、そういう約束だけど」

 不承不承の友利であった。

 それでも状況が状況ゆえに、仕方ないと思ってくれたようだが。

「そりゃ、俺としちゃ自分の裁量で人を呼ぶために独り暮らししてんだから。友利がいるせいで呼べない、なんて本末転倒なことが起こっちゃ意味ないんだ」

「我喜屋、変わってるよねえ」肩を揺らす友利であった。「せっかく自分の城を作ったのに、他人をわざわざ招くって考え理解できないわ。いや別にいいけど、どうでも」

「お前こそ、そんなに時間を惜しむなら実家で暮らすほうがいいんじゃねえの?」

「わたしは可能な限りの時間を自己裁量で使いたいってだけ。一日が二十四時間あっても、全てを自由に使えるわけじゃないんだから。可処分時間には限りがある。なら、その限りある時間は大切に使わなくちゃ。無駄にするとしても、それは自分で食い潰すべき」

「気持ちはわかる」

「……なんで使い方だけ逆なんだろうね、わたしたちは」

 俺のほうが知りたかった。

 ともあれ、友利は「仕方ない」と嫌そうに――というか面倒そうに呟いた。

 一応、納得はしてくれたらしい。

「それも契約のうちだし、先手を取られたわたしの負けよね。なるほど……周りごと巻き込むことで、結果的にわたしも逃げられなくしたわけ、だ。主役理論、ねえ……そういうことか」

 しかも裏の思惑まで見抜かれていた。

 閉口した俺に、友利は小さく笑ってみせる。まるで挑発するように。


「……ふっ。か」


「なに――?」

、って? それは我喜屋くん、考えが甘いってものだよ。その程度でわたしが脇役哲学を捨てると思ったら大間違いだね。まだどうも、我喜屋には脇役哲学がわかってないみたいだ。……我喜屋なのに」

「思ってても今まで言わなかったことをついに言いやがったな」

 この女、浮かれていやがる。

 俺の先制攻撃は、どうやら友利には通じていない様子だった。


「まあ、見てなって。わたしが我喜屋に、脇役の在り方ってものを教えてあげよう。その哲学ってものをね」


 ちっちっち、などと言って指まで振る友利だった。いや浮かれすぎだろ。

 俺はそんなに的外れなことをしたのだろうか。

 まあ確かに、一度巻き込んでさえしまえば、あとは流れでどうにでもなると軽く考えていたことは否定できないが。まだ脇役哲学とやらに対する理解が足りていない。

 しかし、それならそれでもよかろう。これからだ。

 俺と友利は、互いに火花を散らし合いながら別れたのだった。



     ※



「……友利、さん?」

 俺が出した名前に、きょとんと首を傾げてさなかが目を見開いた。

 なにせ学校ではほとんど交流を見せていないのだ。不審に思われても仕方がない。だがここに関しては、俺は完璧な言い訳を用意してあった。

「ああ、言ってなかったっけ。実はバイト先がいっしょでさ。それもあって、ちょっと仲よくなったんだよ。で、友利さんにも前から遊びに来るか、みたいな話はしてたから」

「なるほど、ちょうどいいってことか」

 俺の説明を受けて、納得したように勝司が頷いた。続けて問う。

「いいかな?」

「……ま、いいんじゃねえのか? 友利とはまだあんま話したことねーけど、これを機にってヤツだな、それこそ。てか今度、未那のバイト先にも遊び行きてえし」

「あ、うん。あたしもいいよー」


 勝司と葵は、こうして同意をくれたようだった。

 視線をさなかに向けると、彼女ははっとしたように慌てて手を振る。何か考えごとでもしていたようだ。


「――ぇあ、えっと、うん! わたしももちろん!」

「んじゃそういうことで」違和感を覚えつつも俺は言う。「あ、ただ友利さんはちょっと用があるってことで、一回家に帰ってから来るって言ってたよ」

 ここは大嘘。いや、ある意味で本当のことしか言っていないけれど。

 友利にはひと足先に帰ってもらって、部屋の掃除を頼んである。女性用の洋服だとか、そうでなくても俺の部屋にはないだろうものを隠すためだ。その分、今日からしばらくの間の料理担当が俺に固定されることになったが、まあ安い取り引きだろう。

 友利が部屋を片づけ終わるまで、俺は買い出しを名目に三人を足止めする計画だった。


「……あのさ、未那」


 と、そこでさなかが、小さく俺の名前を呼んだ。

 首を傾げると、どこか言いにくそうなそぶりを見せながら、さなかは俺に問う。


「未那と友利さんって、仲、いいのかな?」

「いや、まあ、別に悪くはないって感じだと思うけど……それが?」

 嘘は答えなかったつもりだが、本当のところはいいのか悪いのかわからない。

 ただそれより、さなかがそんなことを訊ねてきたことのほうが俺には引っかかる。

 知る限り、さなかと友利の間にクラスメイト以上の繋がりはないはずだ。だが、今の質問には明らかに含みがあった。

 もしかして、苦手とかだったりするのだろうか……?

 思わず視線を細めた俺に、さなかは繕うような苦笑を見せる。

「あ、いや、別に大したことじゃないんだ。ちょっと気になっただけで。ほら、わたしもまだ未那のバイト先行ったことなかったし――みたいな?」

 みたいな、の意味がわからなかったが、なんでもないというなら突っ込むまい。

「そう? ま、ならいいんだけど。そろそろ行こうぜー」

 四人で立ち上がって、揃って教室を後にする。


「どこで買ってくよ、未那。食べるもんとかいろいろいるだろ? 駅前まで出るか?」

 勝司が訊いて、葵が答える。

「あ、それなら駅前のお菓子屋さん知ってる? あそこ安いし、品揃えすごいから、あたしよく行くんだー。そこ行ってみない?」

「へえ、駅前に駄菓子屋なんてあったんだ。知らなかったな」

 俺は言った。引っ越しの前にリサーチはしてあったが、さすがに地元民ほど店に詳しいわけじゃない。

 この手の情報は、特に女子と仲よくしておかないと入手しづらい。

「駄菓子屋っていうか、お菓子屋? まあ駄菓子も売ってるけど、とにかくお菓子の専門店みたいな感じで。面白いよ。中学のとき、さなかともよく行ったんだあ」

「……そうだねー! 安いから、つい買いすぎちゃうんだよねえ、あの店は」


 いつも通りの明るく、騒がしい様子を取り戻しているさなか。

 その頃には、俺もさきほどの違和感なんてとっくに忘れてしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る