4-02『俺が知ってるのと違う2』

 夕方くらいに一度起き、それからまた眠り、次は深夜の二時過ぎ頃に一度起きた。水と薬を飲んで、それからまた眠りに就く。

 次に起きたのは午前九時を回ったときだ。


 我ながらよく寝たものである。

 というか、こんだけ眠れるくらいには、まだまだ体が弱っていたということだろう。

 お陰でずいぶん回復してきた。昨日も同じことを思っていたが、それと比べて明らかに頭がすっきりしている。

 昨日のアレは、単に熱に浮かされていただけのようだ。ぜんぜん頭がはっきりしていなかった。そのせいで、昨日の記憶が実のところあまり残ってない。

 ただ風邪のせいか、叶とさなかに子どもみたいなところを見せてしまった気がする。

 どうにも気恥ずかしい。それを誤魔化すように、俺は固まった関節の凝りを解すべく、ゆっくりとストレッチを開始した。

 全身がみしみし軋んでいるような感覚だ。


「うあー……あー。んー……」


 喉の痛みがほとんどなくなっている。いい調子で快方には向かっていそうだ。

 俺は窓を開けて、部屋の空気を入れ替えた。陰の気が溜まってはコトだ。

 熱を測ると、今は六度台に下がっている。昨日よりかなり熱が引いたが、そのせいか、逆に昨日より体の不調がわかる感じ。あれで元気なつもりでいたことが信じがたい。

 買っておいてくれたらしいサンドイッチを冷蔵庫から取り出し、ひとつ封を開けた。それを胃に流し込んでから薬を飲む。玄関のベルが鳴ったのは、その直後だった。


「はーい」


 言いながら扉を開けると、さなかの姿がそこにあった。


「おはよ、未那。うん、昨日よりだいぶ元気になったみたいだね」

「あー、昨日はごめん……つか、ありがと。お陰様でよくなってきました」

「ん、よろしい!」


 笑顔のさなかだった。


「てかやっぱり昨日は調子悪かったよねー。未那が大丈夫大丈夫言うときは、たぶん大丈夫じゃないって学んだよ」


 さなかを部屋に引き入れながら言う。

 今日はもう、素直に看病してもらうことにした。お礼はどこかで改めてしよう。


「昨日は大丈夫だと思ってたんだけどね。頭が回ってないだけだった」

「今日はどう?」

「だいぶマシになったけど、熱がまだちょっと。体はだいぶ楽だね」

「声の感じも戻ったね。うん、この分なら明後日くらいには本当に治ってるかも」

「……一応言うけど、今日は監視してなくても静かにしてるよ?」

「んふふ」


 さなかは笑った。


「だめー」

「なんか楽しそうだよね、さなか」

「んー、まねー。だってこういうこと、たぶんなかなかできないし」

「風邪引いた甲斐があるよ」

「いや風邪引いてくれてよかったって意味じゃないよ!?」


 そこまで疑ってない。

 が、慌てふためくさなかが面白いから、ちょっと放置してみる俺だった。相も変わらず楽しいリアクションを見せてくれるさなかである。

 元気な姿を見ているほうが、風邪の治りも早くなるってものだろう。たぶん。

 うー、と肩を落とすさなかを誘って、部屋の中に戻った。


 入学したての頃は、家に呼び出すだけでも一大イベントだった気がする。それが今や、いて当たり前みたいになっているのだから変わったものだと思う。

 たった四か月、されど四か月……そんな感じだろうか。

 だからって、別に慣れたわけじゃない。そもそも回数的にはさして多くもなかった。

 それを思えば変わったのは、この数日で、ということになるのかもしれない。


「まあ、とりあえず座ってよ」


 そう言って卓袱台の足を出す。昨日と違って、止められるようなことはなかった。

 やっぱり心配をかけていたのだろう。どうやって恩を返せばいいのか。


「……なんか、思ったよりやることないね」


 たははと笑いながらさなかが頬を掻く。

 確かに。看病してくれるとは言っていたものの、こちらも普通に起き上がって活動できるくらいには回復している。やってもらわなければならないことが特にない。


「そんじゃ、話でもしてようか」


 俺はそう提案した。


「いいけど、寝てなくて大丈夫なの? お見舞いで邪魔しちゃうのはちょっと」

「大丈夫……っていうか、さすがにもう寝れない。ここ二日はほぼぶっ通しで寝てたようなもんだし」

「お腹は?」

「さっきサンドイッチ食べたから、昼までは持つでしょ。てか、作ってくれんの?」

「そのつもり」

「じゃあ楽しみにしてる」

「あはは。叶ちゃんのレベルを期待されると、困っちゃうけどね」


 そいつはまったく問題ない。俺は笑った。


「女子の手料理なんて、それだけで最高の付加価値が約束されたようなものだよ。男子にとっては」

「またそういうこと言って……とゆーか、未那は普段から食べてるじゃん」

「……いや、叶のは別に、なんか、そういうのとは違うし」

「それ、叶ちゃんは特別ってことじゃん。わたし的には、むしろ羨ましいんだけど」


 ちょっと頬を膨らませて、さなかはそう言った。

 冗談めかした態度。だけど、本心のひとつではあるような気がする。


「……まあ、そうだね」


 頷いてそう答えると、さなかはまんまるに目を見開いた。


「驚いた……未那が認めるとこ初めて見たよ」

「さすがにここまで来ちゃうとね」


 否定するほうがバカらしいし、それはしたくない、とも思う。

 あの誓いを。叶と交わした約束を、嘘にすることはできなかった。


「得難い友達ができたなあ、とは、思うよ。たぶん、人生でほかにないくらい」


 素直に吐き出してしまえば、これまでなぜ認めなかったのかと思うほどだ。


 叶は今、何をしているだろうか。

 ほのか屋は十時開店だけど、たぶんもう向かったあとだろう。あの雰囲気のいい喫茶店を、そこで働く人たちを、彼女は愛している。

 風邪にかこつけて言った俺に、さなかは薄く笑うように肩を揺らした。


「……それはそうだね。本当、その関係はすっごく羨ましい」

「そう?」

「そうだよ。わたしだって、葵のこととか親友だと思ってるけど。それでもきっとふたりには敵わないと思う」

「……単に仲がいいってわけじゃねえと思うけど」

「だからこそ、でしょ。まあ未那も叶ちゃんも普通じゃないからね、かなり」

「そいつは酷い」

「だってそうでしょ実際」


 ふたりで向かい合って笑った。まあ、そいつももはや否定はできないだろう。

 そういえば、と思い出す。俺はさなかに借りがあった。

 さらに看病してもらって増えているけれど、ひとつひとつ返していこう。


「さなか」


 名前を呼んで、改めて彼女に向き直る。


「この前はありがとう。さなかに背中を押してもらわなきゃ、たぶん俺は叶を追いかけて行かなかった」


 しばしきょとんした顔を見せたさなかは、だけどすぐに噴き出した。


「そのせいで風邪引いちゃったけどね」

「それは言うなよ……」

「だけど、うん。――ふたりが仲直りしてくれたから、それはよかったよ」

「……おおぉ」

「え。どしたの未那?」


 いきなり呻いた俺に、さなかが怪訝な表情で首を傾げた。

 だが言葉も失おうというものだ。こうまであっさり無償の善意を見せられては。

「なんか、もはや後光が差して見えてくる……なんつーか、いい奴だなあ、さなかは」

「や、そんな仏みたいに言われても困るけど」


 苦笑し、さなかは首を振った。


「別に善意で何もかもやってるってわけじゃないよ、わたし。当たり前だけど」

「そう?」

「そうですとも。未那が思うより、女の子はみんなしたたかだよー?」


 そりゃ恐ろしい話だ、と俺は笑った。

 もちろん、さなかが何も考えていないだなんて、そんなことは思わないけれど。


「わたしは欲張りだから」


 さなかは言った。

 彼女には似合わない表現だと俺は思う。


 誰にだって欲はある。さなかだけがその例外だとは考えていない。

 そもそも人間の行動方針なんて、動機の出どころの多くは極論すれば欲だ。満たされたいと思う心。

 きっと誰もが欲望の器を持っていて、欲しいものを選んで投げ入れていく。時にはいらないもの、必要でないものを入れることもあるし、妥協で選ぶこともある。

 確実に言えることがあるとすれば、それはどこまで行っても決して満たされたりはしないということ。

 永遠に満杯にはならない器へ、そのとき入れるべきものを適宜投入する繰り返し。


 最初は白紙の物語に、イベントを書き込んでいくことが俺の望みだ。

 その系統が異なるだけで、たぶん叶もそれは同じ。

 あるいはほかの誰だって。

 あるいはきっと、さなかだって。

 だけどその意味で言うのなら、欲張り、なんて表現はさなかに似合わないと俺は思う。


「さなかにはあんまり欲がないように見えるけどな」

「そうでもないよ」


 さなかは首を振る。


「そうでもない。わたしは、きっと未那や叶ちゃんよりずっと欲張りだよ。欲しいものに妥協なんて、わたしはきっとしないから」


 ――だからね、と、さなかは言う。

 どこか神妙そうな風情で。それが本題だったとばかりに。


「わたしは、欲しいものは全部手に入れる。それがどんなことだって諦めないよ」

「……そっか」

「うん、そうだよ。それがわたしの思うヒロインチャレンジ。何ごとも挑戦だよね。戦う前から諦めてるようじゃ、どんなものだって手に入れられないってわたしは知ってる」

「それは……だな。それはそうだ。俺も、それはよく知ってるよ」

「えへへ、足踏みしてたこれまでの反省ってだけなんだけどねー。まあでもこれは、未那には言っておこうと思って。だから、今言ったこと忘れないでよ?」

「もちろん」


 俺は頷く。


「隣で見てるって、あのときちゃんと約束したからな」

「青春公園でね」


 ああ、そういえばそんなことも言ったなあ。


「なんか急にあのときのこと忘れたくなってきた……」

「自分で名づけたくせに!?」

「言わなくてもいいことを言ったような気がする、あのとき」


 テンションが上がると流れのままに恥ずかしいことを言ってしまう癖がある気がする。

 小さく笑って、それからさなかはこちらに向き直った。

 どこか開き直ったような、いや、それは覚悟を決めたような表情と言うべきか。


「ともあれ、よし! すっきりしたっ! へへ、ちゃんと言えてよかったよ」

「なんか、さなかのほうが俺よりしっかり主役やってる気がするよ」

「当たり前だよ。これは、だって――宣戦布告なんだから」


 まっすぐなさなかの視線に、思わず俺は息を呑む。


 ああ、と。そして同時に納得した。

 自分のほうが先に主役を目指し始めたのだから、とどこかで慢心していたのかもしれない。彼女のほうが、俺よりもずっと主役らしいのに。

 彼女はとっくに、俺なんかよりずっと早く、目指す場所を視界に収めていた。


「ぼさぼさしてるとすぐ追い抜くよ。未那が欲しいもの、わたしのほうが未那より先に、手に入れちゃうかもしれないんだから!」

「……なるほど。そりゃ、確かに手強い話だな……」

「当然」


 と、さなかは俺をまっすぐ見据え。

 そして静かに、こんなことを言うのだった。


「だってわたしは、自分の欲しいものがなんなのか、ちゃんとわかってるつもりだし!」


 その言葉は、俺には眩しすぎたように思う。

 彼女はきちんと欲しいものがあって、そのためにこうして主役を目指している。


 ――ならば俺の欲しいものとは、果たしていったいなんなのだろう。



     ※



「ど、どう……かな?」


 不安そうにそんなことを問われて、不味いと答えられる奴がいるなら見てみたい。

 もちろん俺にはそんなこと言えないから、きっちり思った答えを返す。


「まあ、叶のほうが確かに上だな」

「……うぅ。またはっきりと言ってくるよ、この人……」


 少し落ち込むさなかだった。

 今、俺は彼女が作ってくれた昼食を食べている。

 おかゆ――というか、たまご雑炊か。一応は看病だしね、と食べやすいメニュー。

 あるいは作りやすかったのかもしれないが。いずれにせよ、作ってもらっておいて文句など言える義理でもない。

 実際、看病など不要なほどには体調も回復しているのだ。

 まして女子の手料理であることを思えば、俺は充分に満足している。


「でも、俺が作るよりは美味いよ。さなかも料理できたんだな」


 落ち込むさなかにそんなことを告げる。

 お世辞のつもりはなかった。だいたい俺は思ったことをそのまま喋ることはできても、考えて話すことは今もまだ苦手らしいからだ。嘘は簡単に見抜かれてしまう。

 だがさなかのほうは、あまりお気に召さなかった様子で。


「……落としてからしれっと持ち上げるとか。相変わらずタチ悪いなあ、もう」


 そんな言葉を返されてしまう。狙ってやっているつもりはないのに。


「いや。そういえば前に、家事は得意とか言ってた気がしてね」

「ああ……朝、ここの前で会ったこともあったっけ。いや、あれはまだ叶ちゃんの腕前を知らなかったから言えたことでね? 正直、そんなに自信はないのです」


 入学してからまだ一週間くらいの時期だっただろうか。

 思えば遠くへ来たものだ、と謎の感慨まで湧いてくる俺だった。


「別にお世辞のつもりはないんだよ? ていうか、わざわざありがとね、ご飯まで作ってもらっちゃって。本当にありがとうございます、さなか様」


 深々と頭を下げてみせた俺に、さなかは「いえいえ」と笑みでもって答える。


「こちらこそ、いつも未那にはお弁当分けてもらったりしてるし。おあいこですとも」

「あんなん残り物を適当に詰めてるだけだしね。だから叶が作ったのが混じってることも普通にある。これからもよろしくお願いしますだよ」

「あはは。わたしなんか、お弁当はお母さんに作ってもらってるから。自分でやってるだけすごいと思うよ? うーむ、やっぱり独り暮らしは家事スキルが上がりますなあ……」


 厳密には独り暮らしの期間なんてなかったも同然だが、まあ言わなくていいだろう。

 おかずを交換し合ったりする、という青春のひと幕に感動もひとしおだった当時を思い出す。雲雀ひばり高校に入学してからの日常は、俺にとっていつだって新鮮だ。

 勝司なんかは、当たり前の光景すぎて感動する意味がわからない、とか言っていたけれど。

 いやいや、これが当たり前なら今までの俺はなんだったのかという話になる。


「しかし雑炊とはね……」

「あれ、もしかして嫌いだった?」


 首を傾げるさなかに首を振って答える。


「単に思い出すことがあるってだけ。そういや叶が、ひとりで雑炊作ってたことがあったなあ、って。しかも川べりで」

「あー、それは確かに叶ちゃんらしいや。なんか絵面が浮かぶっていうか」


 小さく笑うさなかだった。

 そういえばあれは、さなかの実家に駆けていく直前だったか。

 そのすぐあとには今度、叶の実家にも自転車で駆けた俺である。

 なんだこれ? 確かに青春といえば走るもの、みたいな向きはあるけれど。だからって走りすぎな気がした。


 というか、いちばん問題なのは、どれひとつ取っても別に青春っぽくないとこか。


「次に叶ちゃんがそういうことやるなら、今度はみんなでやりたいね」


 あっけらかんと、当たり前みたいにさなかは言った。

 けれど俺は、その言葉に驚かされる。それを当たり前に言ったさなかに、だ。


「……あいつなら、そんなこと言っても嫌がるんじゃないか?」


 そう試しに訊ねた俺に、さなかは少し頬を膨らませて。


「む、そんなことないと思うよ。叶ちゃん、別にそんなひとりが好きってタイプじゃないと思う。ていうか未那が、そんなこと言ったらダメだって」


 そんなお叱りまで受けてしまう始末だった。

 俺は素直に頭を下げて謝る。さなかの言う通りだ。


「ごめん。別に俺も、叶がひとりでいたがってるとは思ってないよ」


 口ではいろいろ言うけれど。あいつは、そんなに強い人間ではないと知っている。

 だが、それを言うとさなかはさらにむくれたような表情になって。


「むー……未那、今、わかってて言ったでしょ。そういうのずるいと思う」

「ごめんって。ちょっと嬉しかっただけ」

「……嬉しかった?」

「うん」


 と頷いて俺は答えた。


「あいつは俺の友達だから。たぶん、いちばん仲がいい友達だと思ってる。さなかと葵みたいなもんかな。だから、あいつに友達が増えれば嬉しい」

「……そっか」


 と、さなかは笑う。


「なーんか未那って普通に女の子と友達になるよね。叶ちゃんもそうだし此香とも友達になってたし。あとは秋良も」

「まあ……秋良のせいじゃないかな、その辺りは」


 立場とか性別とか環境とか、そういうのをお互いに無視して付き合えるならいい。

 その考え方は、きっと秋良に貰ったものだ。

 個人としての人間を、きちんと人間として見られること。それがあいつの、いちばんいいところだと思っている。

 だからそんな秋良に、異性として惹かれたことがなかったと言えば嘘になるけれど。

 それを超えて友人関係を築けるなら、それは素晴らしいことのはずだった。


 ――俺と叶が目指す理想は、まさにその地点にあるはずだから。


「むぅ……」


 と、だがさなかはなぜだか不満げで。


「なーんかちょっと、疎外感」

「いや、そんなつもりはないんだけど……」

「そんなことわかってるよ。それに、羨ましいとは思うけど、でもわたしの欲しいものはそれじゃないから。だから文句言う筋合いでもないけど――それはそれでしょ!」

「……なんの話?」

「こっちの話っ!」


 けんもほろろなさなかであった。

 つん、と彼女がそっぽを向いたところで、ちょうど玄関のチャイムが鳴る。

 さなかがこちらに視線を戻した。目を見合わせてから、俺は立ち上がって玄関に向かう。さなかも後ろからついて来た。


 覗き窓から外を見ると、そこには実に嫌な笑みをした少女の姿。

 俺は扉を開けて、嫌々ながらも来客の応対を試みる。


「……何しに来たんだよ、秋良?」

「おっと。そんな態度を取られるとは悲しいね。つまりお邪魔だったということかな?」


 宮代秋良は言葉とは裏腹に、悪びれた様子の一切ない笑みで肩を竦めていた。

 そういやいたのか。姿を見せないから、てっきりほのか屋に向かったはずの叶について行ったのかと思っていた。それとも帰ってきたところなのだろうか。


「いや何。そろそろぼくの話題が出た頃だと思ってね。顔を出しに来たのさ」


 盗聴器でも仕掛けてんのかと思うような台詞。

 だが勘違いしてはならない。こういう場合のこいつの言葉は、大抵が意味のないブラフだ。

 慣れた俺はそれに気づいていたが、まだ慣れきっていない少女がひとりいて。


「え!? な、なんでわかったの!?」

「……まさか本当にそうだとは思わなかった」


 これには秋良も苦笑を見せた。


「いや確かに話題がなくなる頃合いだとは思っていたけれどね。相変わらずいいリアクションだ」

「からかったの!?」

「そんなつもりで来たわけじゃないよ」

「あ、えと、そっか。そうだよね。それはごめ……」

「でもこうまで誘われては方針転換も仕方ないと思わない?」

「結局からかってるんだ!?」

「据え膳喰わぬはなんとやら、と言うだろう? まあぼくは男ではないが、何、それでもかわいい女の子に提供してもらったものを残すのは罰当たりだ。美味しく頂くさ」

「……もう秋良に何を言えば勝てるのかわかんないよわたし……」


 諦めろ、さなか。そいつはある意味で叶より手強い。

 まあ、リアクションの彩り豊かなさなかをからかいたくなる気持ちはわかるけど。

 俺の楽しみを奪われるのも癪だったため、助け舟を出すべく訊ねた。


「――で、何しに来たの?」

「決まってるだろう。差し入れさ」


 笑顔で言った秋良はけれど、両手に何も持っていない手ぶらの姿で。

 怪訝に眉を顰めた俺とさなかに、彼女はあくまで笑みを崩さず答えるのだった。


「暇な時間だろ? いっしょに遊ぼうぜ、ふたりとも。差し入れはこのぼくってことさ」


 無駄に決まったウィンクを見せる秋良に、俺とさなかは顔を見合わせて笑う。


「そっか。それなら喜んで頂こうかな。――ね、未那?」

「そうだな。それなら断る理由もないだろ」


 なんのことはない。結局、秋良も暇だから、俺たちに構ってほしいと遊びにきたわけである。

 なにせ素直じゃない奴だから、そんな言葉も実に遠回しでわかりにくいけれど。

 わかってさえしまえば、こいつも結構、わかりやすくてかわいい奴だ。


「……なんだい。そんな風に笑うことはないじゃないか」


 珍しくもちょっと拗ねた風に唇を尖らせる秋良。

 そんな姿に俺とさなかも再び笑って、それから愛すべき友人を部屋に招き入れた。


 ――さて。腐らせているパーティゲームの類いを、また引っ張り出してくるとしよう。

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