3-18『それは何より美しく5』

 俺は続ける。


 いやだって誰がどう考えても面倒臭いでしょこの女。

 こんなに面倒臭い人間、そうそういないってレベルで面倒臭いでしょ。

 正直、普通だったら理解できないくらいでしょ。


 こんなもん理解できる奴、それこそ俺くらいじゃねえのって話だ。参るね。


「要はアレだろ? 脇役哲学は上手くできてないのに、だけど毎日がそれなりに楽しい。そんで、それじゃダメだと、それじゃ前の友達に申し訳が立たないから、なんとか気持ち立て直すために逃げてきたら俺が追ってきてしまった。俺のほうはなんか上手くやってる風だから、自分ができてないことを突きつけられるのが嫌で怒鳴ってみせたと。そういうわけだ、要約すれば」

「え――あ、いやまあ、なんかニュアンスおかしいけど……要約すればそう、か?」

「いや面倒臭あ! 本当に面倒臭い、お前! 何それ!?」


 もう立ち上がって、振り返って俺は叫んだ。周りに誰もいなくてよかった。

 そして――もういつものことだ。

 叫び出した瞬間には、あれ? 俺はこんなことを言うつもりだったんだっけ? というような疑問が頭の隅に浮かんできてしまっている。


 すでに告げようと思っていた言葉は脳内から吹き飛んでしまっていた。

 だけどたぶん、今こうして口にしていることも、言ってやりたいことではあるはずだ。

 このどうしようもなく面倒臭い同居人に、言ってやらなければ気が済まない。


「楽しいなら別にいいだろ、それで! なんでそんな、なんか十字架背負った罪人っぽい感じでやろうとしてんだ! そんなんだから上手くいかねえんだよ、当たり前だろバカ! このバーカ! バ――――――――ッカ!!」

「な、――な!?」

「第一、上手くいってないじゃねえよ別に上手くいってんだろ結果いいんだから何が問題なんだよいいだろそれでバカじゃないのお前本当に! 何が? 何がダメって? あ!?」

「い、いや……だから、それは……脇役として」

「できてるよ! お前別にぜんぜん脇役だよ! 最近ちょっと目立ったからなんだよ! 別に脇役だって友達くらいいるわ! お前あれじゃん、別にぜんぜん自由じゃん! 普段からかなり好き勝手にやってんじゃん! 脇役の定義が適当すぎんだよ、哲学じゃねえよこのタコ! だいたい哲学ってそういうのじゃなくない? 言葉の意味違わない?」

「そ、そこ……そこ今さら言う!? さっきから黙って聞いてりゃ滅茶苦茶なことを――」

「滅茶苦茶なのはお前のほうですぅー! 仮に俺が滅茶苦茶だとしてもお前が滅茶苦茶なことには変わりありませんー! そうだお前、そこだよ! 俺がいちばんムカつくのそこなんだよ! 何!? 脇役ができてないって何!? じゃあお前なんなの、主役なの? 俺がこんだけ苦労して未だになれてないのに、お前は普通にしてたら主役ってか! はあぁ!? わたしは普通にやってたら主役になっちゃうからってか! ――じゃあ俺って何!?」

「逆ギレェ!?」

「逆ギレだよ当たり前だろ。なんで昔の友達が訪ねてきたくらいで、今のこの生活を否定されなきゃなんねえんだよキレるわそんなん。知るか。俺は楽しいんだ。お前といるのが、この生活が楽しいんだ。それを勝手に切り捨てられて堪るかっつーの。当たり前だろ!」

「――――っ」

「いつもいつも唐突なんだよお前。急に壁作ったり、急にいなくなったり。その場の感情だけで動きやがってバカ。……言ってくれりゃよかったじゃねえかよ。俺だって、俺じゃなくたって。別に、お前の話ならきっと聞くよ。面倒でも、なんでも」


 それだけ言い切ってから、俺は再びベンチに腰を下ろした。

 叶に背を向けて。なんかちょっと、顔を見ていられなくなったのだ。

 こんな恥ずかしいこと言わせないでほしかった。なんで俺が叶に対してデレなきゃならんというんだ。


「……喋りすぎて疲れた」

「勝手に喋っといて、わたしのせいみたいに言わないでほしいんだけど」

「うっせ、バカ。……隣、座ったらどうだよ、お前も」

「……嫌だよ。友達に見られて噂とかされたら恥ずかしいし」

「お前こっちに友達いねえだろ」

「うっさいな……バカ」


 叶に見られないのをいいことに。その言葉を聞いて、少しだけ、俺は笑った。

 これでいい。何を言っても反撃してくるくらいじゃなきゃ、張り合いってもんがない。


「……そんなことさ。わたし、できないよ」


 しばらくすると、ふと、叶がそんな風に口を開いた。

 それがターンの交代を意味するものなら、俺は黙ってそれを聞く。これで対等だ。


「そんなに迷惑かけられない」

「もうかかってんだけど」

「そうだけど。それはごめんだけど。……でも結局、わたしはわたしを優先するよ。今はいいかもしれない。だけど、いつか――きっと摩擦は生まれるんだよ」

「……それが怖いのか、お前は」

「そうだよ。人を信じられないとかそういうことじゃない。当たり前の話なんだよ。でもわたしはそれが嫌だった。理性じゃ割り切れなかった……未那の言う通りだね。わたしは弱かった。言い訳なしに自分を正当化できなかった。開き直れなかった」

「みんなのこと、嫌いってわけじゃないんだろ」

「ずるいこと訊くなあ。好きだから、遠いところに置いておきたくなることもあるのに」

「趣味人気取ってる奴が言うことじゃねえなあ。好きなことを楽しむ哲学だろ?」

「でも、未那には……未那なら、わたしの気持ちもわかるでしょ?」

「……わかるけどな」

「ほらね。未那だけには、わたしも面倒臭いとか言われたくないっちゅーに」


 ふと、後頭部に触れるものがあった。

 たぶん、叶がベンチの後ろ側から背中をもたらせたのだと思う。お互い、相手のほうを見ないような位置取り。まったく、揃って素直になり切れないバカだ。


「……まあ見てりゃわかると思うんだけど。秋良はさ、かなりモテるんだよ、あいつ」

「そりゃ……だろうね。あんだけ顔よくて明るけりゃモテるでしょ。それで?」


 急に話が飛んだというのに、叶は当たり前のように答えた。

 そろそろ付き合いも長くなってきた、という感じか。それもそれでなんだかね。


「あいつ学校じゃあの変な話し方しなかったし。明るいし友達多いし、まあモテだ。それでも基本、頭いいからな。まあ上手く立ち回ってたんだが……」

「色恋沙汰でやっかまれたか」

「そんな感じ。さすがに察しがいいな」

「そりゃわたしも別にモテないわけじゃなかったし」

「へえ。……趣味悪っ」

「死ね!」

「痛ってねえな、後頭部に頭突きしてくるんじゃねえよ!」

「……~~っさいなぁ……」

「お前もダメージ受けてんじゃねえかよ! さなかみたいだな!」

「酷いこと言わないでくれる?」

「お前がさなかに酷いこと言ってない?」

「てか話逸れてるよ。それで何?」

「……まあ、詳しい話はそもそも知らんのだけどな。女子の間でのことだったし、秋良もその辺、あんま言おうとしなかったし。ただまあなんかの諸々があって一時期、女子の間で秋良が……まあ、浮くようなことがあってな。一部だったんだけど」

「はあ。ありそうな話だね、としか。何、もしかして未那、それで秋良をハブった連中にひと言なんか言ってやろうとでもしたわけ?」

「……あの。オチを先に言わないでもらっていい?」

「本当にやったのかよ。……いや、バカじゃないの?」


 心底呆れた風に叶は言った。さすがに、この話に関しては否定できないだろう。

 当然、そんなことで事態は何も解決しない。

 どころか泥沼だ。ただクラスで浮く人間がひとり増えたというだけの話。まあ俺の場合は、元から浮いていたようなものだが。


「……思ったんだよ。つか、なんだ。俺だって別にそれで事態がどうにかなると思ってたわけじゃねえんだ。ただまあ……あれだ。たとえ全員とは仲良くできなくても、ちゃんと味方はいるんだってことを示したかったというか。そんな感じ。俺も俺で、あの頃はまあクラス内の人間関係とかほっとんど気にしてなかったからな。別にいいかと思って」

「……で?」

「わかるだろ? 。いや、結果だけ言うなら思ってた通りになったんだよ。別にクラスで浮くくらいどうでもいいとか思ってたし、秋良って友達がいるなら平気だろう、みたいなこと考えてたんだけどな。覚悟してたことが……だけど、ダメだった」


 誰に嫌われようと、誰から無視されていようと、わかってくれている人間がひとりでもいるなら問題ない――なんて。

 綺麗で理想主義的で、非現実的なことを考えてしまった。


 叶のことを言えた義理じゃないのだ、俺も。

 俺はクラスで浮くことを覚悟してそれを行ったわけだし、たとえほんのわずかでも秋良の気が楽になるなら、それでいいと思っていた。


 ――そして、その程度の覚悟では何も足りていなかったのだと思い知らされた。


「悪意に晒されるのはつらかった。思ってた以上に堪えたんだ。友達が……そこまでじゃなかったとしても、これまで普通に話してた人間が離れていくことが。秋良がいたから、なんて理由で耐えられるようなことじゃなかったんだよ」


 どれだけ覚悟していたところで、嫌われることは恐ろしく、厭われることは悲しい。

 俺は失敗したのだ。どうしようもなく方法を間違った。ゼロではなくマイナスになるという当たり前のことすら、当時の俺はまるで理解しちゃいなかった。


「結局、それは秋良にとってさえ望んでたことじゃなかったんだ。なんとかあいつとの仲だけは残ったけど……それ以外のもんは、まあ、そこで軒並みなくしちまった」

「……だから、あの子のことを《旧友》って呼んでるんだ」

「それまで通りじゃいられなくなったからな。俺たちは失敗した。だからまあ、主役理論なんて作ったりして。同じ失敗を繰り返さないように、みたいな。だいたいそんな感じ」

「バカだね。バカな上に面倒臭いよ。普通だったら理解できないって、そんなの……でもそっか。それで、未那は思いのほかチキンになってるってわけだ」

「どさくさに紛れてディスってくるんじゃねえよ」

「……バカだね、本当に」


 その声は、今までよりも小さく響いた。

 疑問に思った俺が振り向くより、けれど少しだけ早く叶の声が響く。


「おい、未那。立てよ」

「……いや急に何?」

「いいから、ほら早くしろよ。ちょうど、あのときみたいな感じじゃん。再現しようぜ」


 何言ってんだとは思ったものの、なぜか有無を言わせないテンションの叶に逆らえず、仕方なく言われた通りに立ち上がった。

 すると叶は、ベンチのこちら側に回ってくる。首を捻った俺に「まっすぐ立ってて」と告げる。

 そうしていると、叶は、そのまま俺の後ろ側に回ってきた。


 背中に、叶の背中が柔らかく触れる。

 まったく正反対の方向を向いて、俺たちはお互いの顔を見ずに立っていた。


「――あのときの未那、めちゃくちゃ恥ずかしかったよね」

「あー、それ掘り返します? いや、悪かったよ。あとで秋良にも言われたわ」

「別にいいよ。わたしたちはいつも対等で、ターンは交代制。なら次は、きっとわたしの番だから」

「……何が?」

「今度はわたしが、恥ずかしいことを言ってやるって言ってんの。そこで聞いてろ」


 突然のその宣言に、俺は面食らってしまって言葉を失う。

 黙っていたのはそれが理由だ。たぶん叶も、それがわかっていて言葉を続けた。


「まず、ありがとう。ここまで会いに来てくれて。嬉しかった。それは嘘じゃない。それから嫌なこと言って追い返そうとして、ごめん。改めて、それも謝っておくね」

「な――おま、ちょっ……!?」


 思わず顔が赤くなる。誰も見ていないとわかっていて、それでも咄嗟に腕で口元を隠すように覆ってしまうほどだ。

 だってそうだろう。まさか叶が、こんなことを言い出すとは思わなかった。

 意趣返しのつもりなら見事に大成功だ。自分で恥ずかしいことを言うより、誰かに言われるほうが、もしかしたらもっと恥ずかしいかもしれない。学ばなくていいことを学んだ気分だ。


「……いいよ別に。急に押しかけたのは俺の都合だし、まあ、なんだ。俺のほうも、いろいろ悪かった。正直、普段から迷惑かけまくってるのは俺のほうな気がするし」

「いいよ、許す。だから未那も許してくれたって思うことにする。それで、対等だ」


 ああ、と俺は思った。叶はそのために、わざわざ恥ずかしいことを口にしたのだと。

 俺と秋良は対等ではいられなくなってしまった。バランスを崩してしまった。

 その間違いと、同じことはしないという、それは叶からの宣言で。


「で、その上で改めて言うね」

「……なんだよ」

「――未那って本っ当に面倒臭い性格してるよなあ!!」


 完全に反撃だった。

 なんだろう。何を言うのかちょっと期待していた自分をブッ飛ばしたい。

 そのために立たせたのか、こいつ。マジか。嘘だろ。


「ゼロをプラスにすることには積極的なくせに、それがマイナスになるかもしれない行動になると急に動けなくなるチキンだし! そのくせ本当にギリギリのラインだと思ったらこんな風に押しかけてきたりするし! 壁は壊すし! さなかの家には行くし! 旧友が来るっていうから男だと思ってたら超美少女だし! 揃って厄介な性格してるし!!」

「……おい……あの?」

「面倒臭い。面倒臭いよ未那。積極的な振りして肝心なとこで消極的で。なのに無自覚に恥ずかしいこと平然と言ったりするし! ていうかもう存在が恥ずかしいよ! 何が主役理論だよ! 肝心なとこじゃいつも感情で動いてんじゃん! 面倒臭いな本当にさあ!!」


 そこまで言い切ってから、ひと息。荒れた呼吸を叶は整える。俺のほうといえば、これ意外と傷つくなあ、とかアホなことを思っていた。

 次の叶の言葉に、対応できなかったのはそのせいだ。彼女は言った。




「――だからわたしは、未那となら、理想に手を伸ばしてみてもいいと思うんだ」




 一瞬、言われたことの意味がわからなかった。

 反射的に振り返りそうになって、それは何かが違うと押し留まる。


「言ってたよね、未那、あのときに。わたしと友達になりたいって言ってくれた。本当に望むものには届かなくても、とりあえずはいっしょにいられるはずだって」

「……、言ったな」

「うん。でもね――わたしは、それじゃ、嫌なんだ」


 いつだったか俺が言った言葉の焼き直し。

 けれど違う。これは決して、あのときの繰り返しではなかった。


「やっぱりそれじゃ足りないんだ。脇役として、わたしは欲しいものに手を伸ばしたいと思う。足掻き続けていきたいって思うようになった。綺麗なものが、欲しいって」


 その言葉に空を見上げた。

 気づけば、辺りはだんだんと暗くなっている。暗い茜色に染まる闇の向こうに、ほんのわずかだけ光る星が見えていた。

 今にも消えそうなほど弱く、本当はもっと強く輝いているはずなのに遠く、たとえどれほど手を伸ばしても届かないと、どれだけ足掻いても至れないとわかっている綺麗な光。


「……わたしと未那は、似てるよね。だけど違うところもある。そんなもんだよね。同じ人間ってわけじゃないんだから、本当はわたしたちだけが特別なわけじゃない。似ているところと違うところがあるなんて誰と誰だって同じなんだと思う。……特別じゃ、ない」


 だけど。それでも。


「それでもわたしは欲しかったんだよ。友達が。別にお互い気を遣い合う必要なんてない。同じところを見ている必要もない。ただの親友なんかじゃない。いっしょにいなきゃダメだとも思わない。合わないところがあっていい。わたしたちは違う人間だ」


 それでも隣にいられるなら。

 自分のやりたいことだけやっていればいい。喧嘩もするだろう。意見が合わないこともあるはずだ。

 その上で、その事実の上でなお自然に、何を気負うこともなく、相手のためなどではなく自分のための行いを、お互いに受け入れられるような。

 違う道を歩いても、ときどきその話を聞いて。それでも本当にやりたいことは共有できて。

 押しつけることに遠慮がなくて。

 ひとりでいるのと何も変わらない、そんなふたりでいられるのなら――。


「そんなものはないって言ったよね。わたしもそう思う。だけど、それでも、そのことにわたしは納得できないんだ。きっと未那だってそうなんでしょ?」

「……ああ」

「わたしは弱い。未那は臆病だ。こんな面倒臭い選択自体が、そもそも間違ってるのかもしれない。それでもわたしは目指したい。未那は主役のままで、わたしは脇役のままで。その道がたとえ同じ場所には通じていなくても――


 言葉が、出てこなかった。


 わからない。

 叶の言っていることが、ではない。それだけは俺にはわかるから。


 わからないのは――なぜ自分が泣きそうになっているかということ。


 指先が震えた。ありもしない幻想に触れて、冷たい熱を感じているかのように。

 視界が少しだけ滲んでいた。それを堪えようとして息が詰まった。それでも嗚咽だけは堪えた。

 俺も、同じだったから。失敗してしまった過去を、帳消しにするために選んだ主役理論だったから。

 それ自体が間違いでないとしても、間違っていた過去を嘘にはできない。

 ――したくない。そう、思っていた。


 なら、手を伸ばしてみてもいいのかもしれない。

 あの秋良とさえ届かなった場所に、叶となら至れると――俺は、どうだろう。

 果たして信じることができるだろうか。


「いや……違うね。別に未那にそうしろって言ってるわけじゃないんだ。これは恩返しも含めてだけど、それでも、わたし自身のやりたいことだから。わたしが欲しいものはそれしかないし、わたしが未那にあげられるものも、やっぱりそれしか思いつかない」

「…………」

「――。それ以外の何にもなれなくても、この関係を言葉にできてなくても。誰に理解されなくてもいい。だけど、。必ず、一生、死ぬまで同じ場所でわたしは待ってる。そういう風に、誓うから」


 それが欲していた言葉だと、叶にはきっとわかっているのだと思う。

 そうだ。そんな保証に意味はないと知っていて、それでも俺は、失われない関係というものを欲していた。

 親友とも違う、指し示す言葉さえない最高の友達というものを。

 ただの友人でいい。家族にも恋人にも俺たちはならない。なれない。

 そういう誓い。


 それは美しい関係だろう。だからこそ嘘だ。現実にはあり得ないことをわかっている。

 別れなんてありふれていて、クラスが変われば、学校が変われば、住む場所が変われば、それだけで関係なんて失われる。


 ――それでも続くものがあるとすれば、それは。

 それこそが――俺の求めていた本当の青春に至るための手がかりなのかもしれない。


「……そっか」


 気づけば心は落ち着いていた。震えることなく言葉を発せる。

 茨の道だ。俺たちは自分の望むものを諦めない。主役であることを、脇役であることを絶対に捨てない。

 その上で、それでも相手が隣にいることを信じ続けなければならない。

 ほんの少しでも遠慮してはならない。時には傷つけることさえあるだろう。

 俺たちはふたりでいることを、ひとりでいるのと変わらない自然さで受け入れる。


「なら、俺も目指してみることにするよ」

「……うん」

って。死ぬまで。どこにいても。何をしてても、その事実だけは絶対に変えないって、ここで誓う。――叶とだったら、それができると信じてみる」


 綺麗すぎるがあまりに歪で、納得があろうと理解はされない。

 恐怖はない。踏み込むことに対する怯えは、もう二度と感じてやるものか。

 たとえこの先、どうなったところで、叶はきっとそこにいるから。

 進学先が別れようと就職して会うことがなくなろうと、もしどちらかが結婚して家族を作ろうと、たとえ何十年も顔を合わせることがなかったとしても。


 死ぬまでずっと、俺たちは友達であり続ける。


 ――これはだ。

 


 だとしてもそれで構わなかった。

 俺が、叶が、ただそれだけを心から欲しいと願ったのだ。

 その決意だけは嘘じゃない。


 ゆえにきっと、それは何より美しく――。



     ※






 ――ゆえに何より、間違っていた。

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