3-06『きっと、当人以外は知っていた2』
――そんな感じでおおむねのところ、ごく普通に夏休みが始まった。
とはいえ最初の一週間は、例の勉強会を除いてイベントらしいイベントは特にない。
かといって普段通りかと問われればそれも違う。
まず早起きして学校に行く必要がないという時点で、なんというか非日常的だ。普段と大して変わらない日々を過ごしているというのに、どこか心が舞い上がるような楽しさがあった。こんな感覚は初めてだ。
少し遅く起きて、叶が作った朝食を食べて。
バイトがあればバイトに行くか、あるいは叶を見送るか。
ふたりとも暇な日なら、お互い食事のとき以外は気ままに過ごした。読み止しの文庫本に向かったり、やいのやいの言いながらコーヒーを作ってみたり、ある昼は叶とふたりで話題のラーメン屋に突撃してみたり。
叶から、瑠璃さんたちと流しそうめん会を庭でやったと聞かされて歯噛みしたり、かんな荘のみんなと庭に鉄板を出して、そのまま焼きそばを焼いて食べてみたり。
遊び呆けて終わった一日を、夜になってなんとなく思い出しながら、いつまでも冴え続けている意識を鎮めるためトランプを取り出してきて叶と《スピード》で戦い、日付が変わるまで本気で競い合って引き分けたり。
そうして、なんとなく眠くなってきたところで適当に別れ、布団を敷いて電気を消す。
また明日。
――じゃない。
「違う! なんかこれ思ってたのと違ぁう!」
七月の最終週。三十一日。昼下がり。明日には八月に入ろうかという時分。
午前から布団も片づけずだらけていた俺は、夏用の薄い毛布を引っぺがして腹筋で起き上がり、今日までのぬるま湯じみた日々に向かって青少年の主張を叫んだ。
「――これじゃ普段となんっにも変わってないんだけど!?」
いや。いや楽しかったよ? 正直この一週間くらいもうめっちゃ楽しかった。
認めるよ。それは認める。俺はそこに嘘をつけない。
――だけどなんかコレじゃない。
えー……ええ、マジかよ俺。俺マジか。びっくりするわ。何これ。
まず叶としか遊んでないんだけど。何してんだ俺。これ高校生の夏休みなのか? もうなんか定年したあとの隠居老人みたいになってない? 大丈夫これ?
いやダメでしょ。
夏だよ? 青春だよ? 俺、高校生だよ?
もっとなんか、こう、高校生らしい遊びってもんがあるんじゃないですか、ねえ?
海とか山とか川とか祭りとか……あるじゃん。なんか、そういうのあるじゃん。
主役がどうとか以前に、もうなんかぜんぜんダメなんだけど。いったい何やってんだ俺は。
物語だったらもっとこう、夏らしいイベントがあるでしょ、普通に考えて。
何よこれ。
俺が主役としてお届けする物語は、何?
家でトランプして遊んだだけ?
売れねえよ。
「――いや未那うっさい! 叫ぶな! 急に! 何!?」
「叶か。よし、ちょうどいいところに来た! 聞いてくれ!」
「だから何!?」
「俺、この夏まだ青春っぽいイベントほとんどこなしてないんだけど!」
「よぉし、わかった! どうでもいいっ!!」
俺とほとんど変わりない感じでだらけていた叶から、お気に入りらしい普段使いのクッションが飛んでくる。
それを顔面でキャッチして、つまりキャッチできないで続けた。
「待て待て。コトは俺だけの問題じゃないんだ。落ち着け叶。ビー、クールだ」
「こっちの台詞すぎんだけど……てか何? 今さら」
「お前だって夏を楽しく過ごさないと脇役的にダメだろ? どうなのよこの状況」
「いや、わたしはめっちゃエンジョイしてるし。人生の絶頂にいるレベルだし」
「いやいや、確かに俺も楽しかったけど、これじゃ……あれ?」
ようやく俺は、はたと気づく。
そう。この事態が全て叶の掌の上にあったという事実に――!
……そんな大袈裟なアレじゃないんですが。
「そうか……お前は、あれか。これでいいのか」
「んっふひ」
上機嫌の叶ちゃんだった。
「もちろん! いやあ、最高だよねー。今、人生でいちばん楽しいと言っても過言じゃないよ、わたし的には。これこそ脇役哲学の夏だね」
怠惰に享楽を貪り、自由に、誰にも邪魔されず、やりたいことだけをやっている叶。
ああ、そりゃ確かに楽しかろう。俺だってそれは否定しない。ある意味、叶のこの夏は理想的で最高の完璧な休暇だと言ってよかった。そのぐだぐだっぷりこそが愉悦だ。
しかし俺は、それでもあえて異を唱えたい。
いや叶は別に好きにしていてくれればいいけれど、俺はこの楽しさに満足してしまってはならないのだ。
こいつはあくまで叶の脇役哲学的夏季休暇であって、俺は俺の主役理論的夏季休暇を目指さなければならない。
具体的には、やはり空間青春濃度が足りていない。この生活どこに青春がある?
「もう未那も諦めてこっちに来ちゃえばー? 楽しいぞー、脇役はー」
悪魔の囁き。こいつも案外、まだ俺を脇役哲学に染めることを諦めていなかったようだ。
楽しそうで実に何よりだったが、この誘惑に負けるわけにはいかないのだ。
「断る! こんな自堕落な夏は青春じゃねえ!」
「またまたー。そんなこと言って実際、結構エンジョイしてるでしょ? ほらほら素直になったらどうなのさー。こっちの蜜は甘いぞー?」
薄手のシャツにショートパンツとボーイッシュ気味な格好で、ニヤニヤ笑いながらごろごろ転がっている叶が、ほらほらと手を拱いていた。
肌の露出は多いのに、なんでえろい感じがしないんだろう……。色気ってものがまるでない奴だ。
「嫌だ! そんな主役いねえよ! 主役の夏っつったら、もっとこう、ほら、なんかこうあるだろ!? 夏的青春イベントがさあ!」
「えー。たとえば?」
「ほら……たとえば海水浴に行くとか」
「ああ、いいよね海。あんまり泳ぎたくはないけど。釣りとかしたいや」
「……キャンプに行くって手もある」
「山もいいよね。こう、ご飯を飯盒で炊いてさー。ソロバーベキューとかオツだよねー」
「…………あと夏祭りでさ。浴衣着て、花火観たりとかさ」
「ああー。ああいうとこの出店って、なんでか散財しちゃうんだよねえ。射的とか型抜きとかも醍醐味だし。んふー、わたしけっこー上手いんだぜー? あ、そいや夏の祭りに、此香が店出すとか言ってたっけ? 覗き行かないとなー。ま、浴衣はめんどいけど」
「どうして同じこと言ってるのにお前が言うと青春感がゼロになるんだよ!!」
おかしいよ! なんなんだよ、このアンチ青春生命体はさあ!!
しかも何がムカつくって、言ってることがいちいち俺の趣味にも合うってのがさあ!
完っ全にひとりで楽しむことしか考えていない叶。
その割り切りっぷりはいっそ感動を覚えるほどで、また妙に共感できてしまうのが癪で仕方ない。そうじゃないのに。
「おかしいな……なんでこうなったんだろ。俺の知ってる物語の主役はさ、夏ならもっと青春っぽいことしてるよ。みんなで遊びに出かけてるよ……。なんで俺は家で、よりにもよってお前とふたりで枯れた一日を過ごしてるの? 意味がわからない」
「まだまだ甘いねえ、未那も」
「くっ……このおっさん系JKめ」
「おいどういう意味だ。ま、別になんとでも言えばいいけどー?」
「ぐぬぬぬ……!」
勝ち誇る叶。その魔の手に引っかかってしまった俺は、返せる言葉もなく歯噛みした。
「……未那はさ、何? なんかそういう、ラブコメ主人公的なのが理想なわけ? あんまその手の本読んでるイメージはなかったんだけど」
と、叶にそんなことをふと問われた。
「いや、別にラブコメに限ってる気はないけど。まあ青春が目的だから、なんとなくその方向に寄るってだけで」
「まあ未那はラブコメ主人公ってガラじゃないしね、確かに」
俺の答えに、半笑いで叶は答えた。こいつ。
「どういう意味で言ってる?」
「別に。むしろ逆に言われたいわけ? ラブコメ主人公っぽいね、って」
「……そら言われたいとは思わないけど。なんか釈然としない」
「まず顔が足りてないもんねー」
「……うるさいな。そこまで悪くはないだろ」
「え? 何々、自信出ちゃったの? 今まで恋人どころか友達すらいなかったくせに?」
「うっぜええええええええええええええええええっ!」
こいつ、本当、嫌い!
このままではダメだ。早急に対策を講じる必要がある。
考えてみれば、まず叶としかいない、という状況がそもそもよくなかった。
これは油断――というか慢心で、さなかをデートに誘うことに成功してしまったことが、逆にほかの用事でさなかたちに声をかけるという発想を奪ってしまっていた。
別にデートの予定の前でも、それとは別の用事でさなかたちを呼び出してしまえばいいのではなかろうか。
というわけで、俺はスマホを取り出し、さなかに電話をかけることにする。
数コール分の間があってから、通話が繋がり、さなかの声が電話口から響いてきた。
『――もしもし。わたし、さなかさん。今あなたの後ろにいるの』
……おおっとぉ、相変わらず絶好調ですねー……。
今日は、あれかな。都市伝説怪談系ヒロインとかかな?
夏だね(ツッコミの放棄)。
『ねえ、わたし……きれい……?』
「顔見えない顔見えない」
『一まーい。二まーい』
「お話変わっちゃいましたけれど」
『そしておいらは三枚目~』
「そうだね。二枚目ではなかった感じだよね。今日もキレッキレだ。面白い面白い」
『あれっ、なんか求めてた感じと違うよ!?』
「座布団一枚」
『番町座布団屋敷だあ……』
「うん。それでしれっと話を戻すんだけど、今日は暇かいね?」
こういうときのさなかさんは流してしまうに限る。
さなかさんの川流れなのだ。河童も怪談繋がりだしね。何がだろう。
だいたい、さなかのほうも実はこれ、ちょっと笑いを取りに来てません?
『え? うん。今日は暇だけど……どしたん? 例の約束は週末だったよね……?』
ちなみに本日は月曜日である。
「や、久々にウチにでも遊び来ないかな、って思ってさ。さなかだけでもいいし、葵たちとか呼んでもいいし。ほら、――叶もいるし」
言った瞬間、しらーっとした視線を叶から向けられてしまう。
が、気にしない。こいつだって、別に嫌がっているわけではないのだから。
『……いいの?』
ちょっと戸惑い気味に、さなかが問う。もちろん遠慮の必要はない。
「うん。そういや例の一回以来、ぜんぜん呼んでなかったな、と思って。どう?」
『それじゃあ、ぜひぜひ。叶ちゃんにも会いたいし』
「ならよかった。すぐ来られそう?」
『そだね。家は近いし。あ、でも葵は確か家族で帰省って聞いたよ』
「あー、そうだっけ。葵は……えっと、確か長野だったか。ご両親の実家は」
『あはは。さすがの記憶力だね。そう正解』
「いいよなあ。軽井沢とか行くのかな」
『どうだろ。逆に地元だし行かないのかもしれない……っと、あとは勝司だっけ。勝司は確か部活の練習あるからこっちら辺にはいるはず。終わったら来られるんじゃないかな。連絡しとっこか?』
「いいの? そんじゃよろしく。どれくらいで着けそう?」
『うーん……それじゃあ三十分後くらいに』
「オーケー。そしたらまたあとでー」
『ういー。まったねー、未那ー』
と、そんな会話のあと電話を切った。
相変わらずじとーっとこちらを見つめている叶に、あえて首を傾げて問う。
「何か?」
「別に?」
叶はそう答えた。ちょっと不満げではあるが。
「事情知ってる組だし、呼ぶことは別に構いませんけどー」
「の割に睨んできてるじゃんか」
「それは、未那がわざわざわたしもいるって補足したのが気に喰わないだけ。それ絶対、意図的にわたしが逃げないように言ったよね……」
その通りだった。もっとも、そもそも逃げるとも思っていなかったが。
「そういう小癪さが気に喰わない」
「ま、ちょっとはさっきの反撃をしとかないといけないからな」
「負けず嫌いめ」
「お前にだけは言われたくない」
そこまで言ったところで、ふっと叶は笑う。
「――よし、こうしよう。わたしと未那でコーヒーを淹れる。せっかくのお客さんだし」
「はあん……なるほど。察したぜ」
ここらで、ちょいと今までの暫定順位を決しておこうというわけだ。
どちらがよりコーヒーを上手く淹れられるのか――この点で、叶と競い出してから久しかった。
「いいのか? 現状、俺のほうが先に進んでることはお前も認めたろ?」
不敵に笑って挑発すると、それに乗って叶もニヤリと笑う。
「勝算はあるからね。わたしだって、未那がいないところで特訓はしてるんだ。それに、未那にはまだまだ見えてないこともあるからね。舐めてると足元すくわれちゃうよ?」
「ほう? なんだ、言ってみろよ」
「ふふん。そいつはあとのお楽しみだよ。ただ今回、いったい誰が味を判定するのかって部分は、ちゃんと考慮しておいたほうがいいと思うけどね……?」
「……ふっ。何言ってるかわからんが、楽しみにしておこうじゃねえの」
「ふふふふふふ」
「はははははは」
茹だる炎天下の、クーラーのきいた室内で。
アホな哄笑を響かせる、ふたりのバカがそこにはいた。
――さて。
ここで改めて再び、もう一度だけはっきりと言っておこう。
主役理論の夏が来た。
それは同時に、脇役哲学の夏も来たということで。
事態は、この三十分後から動き始める。
――長い夏が、始まる。
※
ぴんぽーん、という間の抜けたチャイムが鳴り響く。
時間的に、さなかがやって来たのだろう。流しに立っていた俺は叶に頼んだ。
「出てくれー。さなかが来たっぽい」
「えー。めんどくさーい」
とかなんとか言いながらも立ち上がる辺り、捻くれているのか素直なのか。相変わらず俺以外には気を遣う叶は、すでに着替えも済ませ、玄関に向かう。
俺は朝兼昼の中途半端な食事の、流しに放り出してあった皿を洗っているところ。
――と。なぜか、玄関のほうが妙に静かなことに気づく。
会話どころか物音すらしないのは、水流の音に掻き消されているからではないだろう。
もしかしたらさなか以外の人物だったのかもしれないが、叶だって確認もせず扉を開けるほど間抜けじゃない。その場合は、こちらに戻って俺に伝えているだろう。
「……? なんだ?」
気になった俺は水を止め、手を拭いて玄関に向かう。
もちろん狭い部屋だ。叶が扉を開けて、外を窺っている背中は見えていた。開けているということは、すなわち知り合いだったということのはず。
だから俺は後ろから言った。
「どした? さなかじゃないの?」
「……あ、未那。いや……まあ、さなかが、来たんだけどさ」
そう言ってこちらを振り向いた叶は、なんだか酷く曖昧な顔をしている。
珍しい表情だった。困惑、がいちばん近いだろうか。
色で言うなら白と黒がないまぜになって、境界を失った灰色じみた雰囲気。
叶は面倒臭い性格だが、感情表現それ自体は、捻くれているという前提の上で割に素直なタイプだ。こういうことはあまりない。
またぞろ、さなかが妙なコントでも始めているのだろうか。
「……未那を呼んでるよ」
「え? お、おう」
言って叶が半身をずらす。
その先の、少しだけ開かれた扉の隙間から、さなかが顔を覗かせた。
「……え、えっと。――やあ?」
そう言って、見慣れた敬礼ポーズを取るさなか。
表情は叶と似たり寄ったりで、戸惑いの色が滲んでいる。
「……いらっしゃい」
妙な空気感に俺まで困惑させられながら、とりあえず歓迎の台詞を述べる。
告げられた側のさなかは、うん、と一度頷いてから、続けてこんなことを言った。
「えー、と。その。未那にお客さん……だよ?」
「お客さん……って」
この場合、お客さんとはつまりさなか自身のことではないだろうか。
なんて思うほど、俺だってさすがに抜けてない。つまりは扉の陰になっている場所に、もうひとり、さなかとはまた別の来客が立っているということなのだろう。
偶然、さなかと同じタイミングで来てしまったということらしい。
それは、それだけなら、そこまで困惑するようなことではないはずだった。
埒が明かない。
俺は扉に手をかけ、さなかと、そして存在していると思しきふたり目の来客を迎え入れるべく、それをゆっくりと押し開いた――と。
「――え? なんで……お前」
はっきり言って完全に予想外の人物がそこに立っていた。
いや、確かに来るとは聞いていた。
だが今日来るとは聞いていない。
あれ以来、なぜか連絡がつかなかったから。
てっきり八月に入ってからになると俺は思っていたのだが。
見慣れていながら懐かしい、その表情に安堵を覚える。
こいつほど変わらない人物を俺は知らない。
物心つく頃からの長い知り合いだが、仮にそうではなかったとしても、こいつとはきっといつだって、同じ関係を築くのだろう。
息を呑むほど整った顔。神が人を創るというなら、たぶん普段は手を抜いている。そうでもなければ、こいつの存在に説明がつかない――俺はそう確信している。
だって神様が本気を出したら、そのとき完成するのはこいつだ。それほどに現実離れした美形。
明るい茶髪が太陽を思わせるのなら、澄んだ藍色の瞳は星を呑み込む夜の輝き。ほんの少しだけ俺より低い身長で、こちらを見上げる見通したみたいな笑顔。
一見して大人しい印象ながら、けれどその全てを裏切るように、全身を黒統一のパンクファッションで包み込んでいる――それがまた、理屈が理解できないレベルで驚異的に様になっていた。
そして、そいつが。
懐かしきただひとりの旧友が。
「やあ、未那。ぼくだよ。久し振りだね――来ちゃった、ぜ」
悪戯っぽい笑顔で、なんでか横ピースを添えて、そんな風に嘯いてみせるのだった。
こいつこそ、主役理論の共同開発者にして、俺にとっては唯一だった友人。
その名を――
「……え? なんでいるの?」
間の抜けた顔でそう呟いた俺に対し、秋良は少しむくれた表情で唇を尖らせる。
「む、久々に会う旧友にその言い方は酷いな。会いに行くと言ったろう?」
「今日来るとは聞いてねえよ……」
「あはは。まあ、その辺りもいろいろ事情があってね。詳しくはあとで話すよ」
「お前は……本当にいつも俺を驚かせるよ。秋良」
「何、それが友達の務めってヤツだ。さて……できれば再会のハグといきたいところなんだけれど」
「いつもやってたみたいな言い方やめてもらえる?」
「少しタイミングが悪かったかな? もしあれなら、どこかで時間は潰してくるよ?」
「あー……」
少し迷いつつ、俺は秋良の横に立っているさなかと、自分の横に立っている叶を、それぞれ眺めた。
ふたり揃って、なんでかあり得ないものを見るような表情だった。
「あー。まあとりあえず紹介するけど、こいつが宮代秋良。例の……俺の旧友」
「さなかとはそこで会ってね。久し振りだったけれどすぐわかった。懐かしいね……で、そちらの彼女が件の友利叶さんだろう? うん、聞いてた通りみたいだ。嬉しいな」
そこまでをひと息に言い切ると、秋良はそこで言葉を切った。
ここから。ここからが宮代秋良の本領だ。
「――初めまして。わたしは宮代秋良といいます。いつも未那がお世話になってます!」
満面の笑みで声音どころか一人称まで完璧に変化させる秋良。
こいつの何より厄介な箇所は、妙な口調のぶっ飛んだ性格とファッションセンスのくせして、普段はまるで別人みたいに人当たりのいい快活な人格を装っているところだ。
その両方を目の当たりにしては、ああ、まさに文字通りの変貌に言葉も失おう。
「親みたいなこと言わないでもらえる?」
俺は一応ツッコんでおく。
さなかは、もう完全にマネキンみたいに硬直したまま何も言わなかった。
まあ気持ちはわかる。こいつの外見は、それはもう、ほとんど反則みたいに整っているのだから。
叶のほうも、だからか反応はそう大差ない。とはいえ、こちらは秋良が手を差し出したからか、少しだけ早く再起動すると、まるで関節が錆びたみたいな駆動で握手に応える。
靴を履いて、前に出て。なんかもう流されるがままに叶は頷く。
「あ、どうも……初めまして。友利叶です……」
「うん、よろしくね! わたしのことは秋良で構わないから。こちらも叶と呼んでも?」
「え、あ、はい……どうぞ……」
叶が。あの友利叶が、秋良を前にして完全に気圧されるがままという事実。
さすがすぎる。口調と格好のちぐはぐさなど、この笑みと美貌の前にはなんの違和感ももたらさないと言わんばかりだった。いや、誰が見ても変わっていると俺は思うけれど。
握手を終えた叶が、こちらを見上げて、言った。
「……あの。えっと……未那? こ、このひとが……その、例の?」
「まあ、そういうこと。変わってるだろ?」
「変わってるとかそれ以前に、いや、えと、聞いてないんだけど……あのさ」
ひと息。
それから、叶は言った。
「――どう見ても女の子なんだけど?」
見ての通りの、ごく当たり前の事実でしかない。
旧友、宮代秋良はもちろん女子だ。
なぜか叶は、それを大袈裟に、傍点つけた風に言う。
だから俺はこう答えた。
「え、そりゃそうだけど。あれ――言ってなかったっけ?」
「ふんっ!!」
なぜか蹴られた。
解せぬ。
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