6-04『それは舞台の裏側で』3
とりあえず校庭の出店から回ることにした。
校舎内にも喫茶店の類いを出し物にしている団体はあるが、俺たちのクレープ屋と同じように、やはり文化祭の飲食といえばまずは買い食い、食べ歩きがスタンダード。
さなかとふたり、連れ立っていくつかの出店を覗いて回ることにする。
ちなみに手はさすがに離した。
いやね? 俺としては、さなかと手を繋いでいることを世界中に知らせ回ってもいい、そんな気分ではいるんですよマジでマジ。うん。
なにせ俺の彼女は世界一、否さ宇宙一のかわいさを誇っている。
いやさなかは誇っていないが、俺が誇っているので構わない。
とはいえ俺も常識人で知られた我喜屋未那。
弁えるべきTPOは弁えるのだ。
――恥ずかしすぎて無理だったとかそういう理由では決してないことをご承知願おう。
俺とて男子ではあるのだからして。決めるべきところは決めていく所存だ。
嘘じゃない。
信じて。
「こうしてると、なんか夏休みを思い出すなあ」
隣を歩くさなかが、ぽつりと言った。俺は首を傾げて、
「夏休み?」
「うん。ほら、旅行に行ってたときも未那といろいろ歩いて回ったじゃん?」
「それか。どっちかって言うと、旅行前の買い出しをむしろ思い出したよ、俺は」
「思い出す思い出が少ないですからなー、わたしたちはー」
「今日のさなかさんは厳しいっすね……」
「あははっ! まあまあ。その分、これから思い出を作っていきましょうよ、未那さん」
「そうだねえ、婆さん」
「おや、お爺さん。あそこにタピオカドリンクのお店がありますよ?」
「いやあ懐かしいのう、婆さんや。わしらが若い頃にも流行っていた記憶があるぞい」
「歴史は繰り返しますねえ」
「じゃのう……」
完全にバカップルの会話だったが俺は楽しかったので何も問題がないっていうかホント超楽しいな人生。
何も考えていないときがいちばん楽しいよ人生。
「では、ちょっと寄っていきますか、お爺さん?」
「うむ……」
頷いて、それから。
「大丈夫かな。俺、タピオカって飲んだことない……」
「さっき若い頃に流行ってたとか言ってたのに!? いやそれは冗談としても!」
「いやいや。……俺が流行りものに詳しいわけないじゃないですか……」
「妙な趣味は多いくせに……。それじゃ本当にお爺さんだよ」
「いや、だってちょっと怖くない? タピオカ。なんか襲ってきそう」
「どういうこと!?」
「『ふーん? お前如きがあたくし様を飲むってかい、えぇ? こいつは傑作だよ。大丈夫かい坊や、見栄張っちゃって』とか言われてそうじゃん、タピオカドリンク様に……」
「精神攻撃なんだっ!?」
「含有シャレオツ値の高いものは基本的に全部怖い」
「未那、ときおり何かを覗かせるね……」
所詮は陽キャの仮面を被っているに過ぎないため、ときおり化けの皮が脱げる俺。
とはいえ、今は隣にさなかがいる。ここは頼らせてもらうことにしよう。
「……あとは任せたぜ。怖いから買ってきて……」
「えぇ、だっさ……、未那かっこわる……」
俺は一撃で死にたくなった。
わかったよ、任せろ、俺がさなかをタピオカから守ってやるから!(意味不明)
「すみません店員さんメニュー見せてくださいなあっ!」
「いきなり見栄張りに行ったー!?」
女子の些細なひと言は男子にマジで致命傷を与えること、覚えておいていただきたい。
――で、まあ。
そんな感じで首尾よく購入に成功した。
「ギリギリの勝負だったな」
「いや、失敗する要素ないでしょ。味選ぶだけでしょ」
「今回はね。でも、もしサイズとか訊かれてたら勝負はわからなかった……」
「何言ってるの?」
「ショートとかトールとか訊かれるじゃん……」
「違うから。それ違うとこ」
「そうなの?」
まあそうだよな。なんだよ
スタバのドリンクがベンティでグッド。
このベンチサインは相手チームも読めないだろう。
何が?
「未那って結構、知識が偏ってるとこあるよね……」
「……ふむ、これがキャッサバか」
「ほら。なぜかタピオカの原料は知ってるもん、この人……。なんで飲んだことないのにそれは知ってるの?」
「え、なんでだろう? わからない」
ともあれ、タピオカの味は……味は、わからんなこれ……味する? してるか?
正直これ主体はドリンクのほうじゃない? 要はこれミルクティーなのでは?
そんなことばっかり考えている俺は、やはりリア充の才能が致命的に欠けていた。ダメすぎる。
隣を窺えば、視線に気づいたさなかが太いストローから唇を離し、
「へへ。美味しいね、未那っ」
「……いい子だね、さなかはね……」
「うん、なんでかな!? なんで急に褒めたのかなっ!?」
「いやまあ、その素直な笑顔に浄化されたというか、かわいいなというか」
「な、なんだよぅ……」
こんな流れで褒められても照れるさなかだった。
かわいい。かわいいなあ……。
「むぅ。ねえ未那!」
むくれた様子でさなかはこちらに手を伸ばしてくる。
油断して俺は、そのままされるがままに。
「未那のもひと口貰うからねっ!」
「え? ――いや、ちょ」
俺の手から容器を取ると、さなかは止める間もなくストローに口をつけた。
それからこちらを、どうだと言わんばかりに見つめてくる。
迷いながら、俺は言った。
「さなか、その……それ」
「なな、何かな!? 何か気になることがあるのかなっ!?」
「え。いやまあ、気になるというか、それ――」
「それが!?」
「――それ、さなかのと、味いっしょですけど……」
「――――――――~~~~~~~~っ!?」
耳たぶまで真っ赤に染めたさなかは、のろのろとした様子で俺にドリンクを返す。
いや。何が? 何がしたかったの、さなかは? 何してるの本当に……。
「うぁあっ! これじゃわたし、ただ間接キスしたかっただけみたいになるじゃんっ!」
「……えっと。あの、したかったん、ですか、とか訊いていいんですかね……?」
「ちち、ちがっ、そのっ! そういうんじゃなくて!?」
「あ、はい」
「わたしばっか恥ずかしがらされてズルいから、未那もからかおうと思っただけで、別にその、そういうんじゃ……っ! あぅう……」
その台詞で、俺の顔も充分に真っ赤になっているだろうことは自覚していた。
視線が、自然とさなかの口元に吸い寄せられていく。
――昨日のことを、思い出す。
それを意識しないよう全力で心がけながら、なんとか言葉を探して言う。
「いやっ。ん、まあ……俺は別に、……いいけど」
「い、……いいって、何が?」
「なんだろう。何がというか……いやその」
「……うぅ」
「ど、――どうせなら、直接でもいいというか……すみませんなんでもないです……」
「…………別に。謝らなくても、……いいと思うけど」
「え、――あ。うん……」
「……」
「……」
「あー……そろそろ次、行こっか?」
「……うん」
とまあ、そんな感じで。
未だに慣れない、さなかと俺であった。
その後は取り立てて恥ずかしい事態も起こさずに、文化祭を冷かして回る。
たこ焼き屋などの定番から、飲食以外にも美術部の出張似顔絵描きなど、面白い出し物は多かった。
人こそ多いけれど、確かにこれはデートらしいものになっている気がする。
そのあとは休憩がてら校舎内に移動。
アトラクション系の出し物をやっているクラスをいくつか回って遊んでから、喫茶店をやっている教室に入った。
楽しかった。
俺は心からそう思っていたし、それはさなかも同じはず。
足を休めながら、益体もない雑談をした。
いつもしているような話でも、場が文化祭となれば普段より楽しめる。日常的な非日常感が、今を特別な時間だと思わせてくれた。
あのクラスの出店はライバルになりそうだとか、さっき参加したオリエンテーリングは凝っていて面白かったとか。クラスの誰々が卒業した先輩と付き合っているらしいとか、葵と勝司は上手くやれるだろうかとか。次はふたりで出かけようとか、デートに行くならどこがいいとか。進路は考えているのかとか、体育館で見る演目が楽しみだ、とか――。
話は弾み、時間は加速したみたいに流れ、けれどその濃さに不満ななんてなくて。
そういう時間を過ごせることが、主役理論によって勝ち取ったしあわせなのだと誇れる気がした。
それは確かに、誰でもない俺の努力が手に入れたものだから。
そこに不都合や罪悪感を覚える必要の、あろうはずがない。
――そうでなければならない。
いい時間になって、俺たちは喫茶店を出て体育館へと向かった。文化祭のフィナーレを飾る演目を見るためだ。
さなかとふたりで、バンド演奏を見て盛り上がった。
「わあ……すごいね、未那!」
暗い体育館と、それを包む大音量の中でも、彼女の姿と声をしっかり捉えていた。
「だな! 来年は舞台に立ってみるのもいいかもしれない」
「えー? 未那って楽器とか弾けるの?」
「いや、まったく! 正直、楽譜が読めるかも怪しいくらい!」
「あはは! じゃあダメじゃん!」
「それはほら、これから練習したっていいし。それにバンドだけじゃなくて、劇とかでも舞台には立てるだろ?」
「それはそうだね。やろうと思えば、なんだってできる!」
「お、いいね。その通りだ。俺たちに不可能はない!」
「そうだー! うん。未那ならきっと、来年も何か面白いことできるよ」
「――さなかも、いっしょにな!」
きっと。
きっと俺には、考えないようにしていることがある。
そして――それができていたのだと思う。
文化祭という場は、それにはとても都合のいいものだったと思う。
日常から離れて騒ぐための、学生らしい青春の場。
目まぐるしい情報の渦に呑まれ、流されていられる場所。
俺には、俺がそうしているべきだという強い確信があって。
それはきっと間違いじゃない。今こうしている自分を、俺は――俺だけは絶対に、否定してはならないはずだから。
全力で、全霊で、今を楽しむことを肯定する。
やがて、全ての演目が終わった。
兵どもが夢の跡。
なんて言っては違うかもしれないが、楽しい行事が終わったあとも、日常へ戻るための後始末が残っていた。屋台をバラして片づけなければならない。
とはいえ、まだ後夜祭や打ち上げも待っている。
楽しみは尽きない。
少なくともまだ、今は。
そう思っていた。
――そう思っていたのだ、俺は。
けれど――。
※
――屋上へと辿り着く。
そこにいるという確証はひとつもなかった。
むしろいない可能性のほうが高いと踏んでいて、どちらかと言えば途中で遭遇できる可能性と、探すなら上から虱潰しにしたほうがいいだろうと考えてのことである。
ただ、果たして探し人はそこに立っていた。
その名前を、俺は呼ぶ。
「……勝司」
「おう、未那。はは、こんなところに来るとは不良少年め。デートはどうした?」
友人――宍戸勝司は屋上にいた。
手すりに背を預け、いつも通りの三枚目めいた笑みを浮かべながら。
俺は、そちらへ歩いていく。
何か言おうと思っていたことが、やろうとしていたことがあったような気がするが、そんなものは彼の顔を見た瞬間に剥がれ落ちてしまった。
だからそのまま、勝司の隣まで歩いていって、手すりに両腕をかける。
「お前こそ、何あっさり片づけサボってんだって話だ。さっさと戻れ。後夜祭までの間にある程度バラしとかんと、怒られんぞ」
「えぇ、お前それはブーメランなんじゃねえの?」
「バカ言え。俺は探しに来たんだよ、お前を。サボりといっしょにすんな」
「いやあ。悪いな。――あとで戻っから見逃してくんね?」
「…………」この男が。
ただサボりたいだけで後片付けを放棄するとは、とても思えない。
ほかに用事があるとするなら、屋上にいるはずもない。
「気まずいからか?」
そう問うた俺に、勝司はすっと目を細めて。
「なんだ。知ってたのかよ」
面白くもない、わかりきっていたことを口にする。
それも、らしくない。
「だがそりゃ的外れだ。別にそういうわけじゃねえよ。そんなこと、オレがいちいち気にするほうがおかしいだろうが」
「でも」
俺は、その言葉を口にする。
「でも、振ったんだろ?」
「おいおい」
勝司は笑っていた。
「自分の恋愛が成就したから、今度は他人の面倒も見ますってか? そいつは実に景気がいいな。ぜひアドバイスをご教授願いたいもんだぜ」
「そんなつもり――ねえよ」
「そうかい。ならなんで来た?」
「……泣いてたぞ、葵」
俺の言葉に、勝司は顔を歪めて。
「……だからなんだ」
「いや、……だからなんだ、ってことはない」
「そうだな。お前にとやかく言われるつもりはねえ。なあ、そうだろ?」
そして、宍戸勝司は。
俺に向かって――こう言った。
「――お前だって、叶ちゃんを振ったんじゃねえのかよ」
目を見開き、思わず勝司に向き直る。
そんな俺の態度を、あからさまに失笑するように勝司は鼻を鳴らして。
「なんだ、なんで驚くよ。まさか叶ちゃんを見てんのが自分だけだと思ってたってか?」
「いや、……そんなつもりは」
「そうだよな。なにせ振ったんだもんな。だから今日、ここに来てないんだろ?」
「俺は、――だから!」
「だったら、未那。お前がいらないって言うならよ」
酷薄に――見たこともないほど冷たい笑みで。
宍戸勝司は、俺に言った。
「――叶ちゃんは、別に俺が貰ってもいいんだよな?」
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