S-20『本一関御シリーズ1』

※作者註:なんかそういう世界線です。細かいことは考えないでください※








 わたし――湯森さなかが、からからと鈴を鳴らしたとき。

 お店の中では、未那と叶ちゃんが何かものすごい勢いで言い争いをしていた。


「わっかんないかなー? なんかやっぱり未那ってちょっと了見が狭いと思うんだよねー」

「は? はあ――? お前に言われたくないですお前にだけは了見がどうのこうの言われたくないですー!」

「いや、だってそうでしょ。そもそも一面的なんだよ、未那のモノの見方ってさ。これ何度も言ってると思うけど」

「一から十までこっちの台詞なんだよなあ。そういうとこそういうとこ。そういうとこ合わねえホント」

「は?」

「あ?」


 正面同士に座って睨み合うふたり。

 別段、そう大きな声というわけではないけれど。目立つのは、待ち合わせの相手だからだろうか。そう思いたい。

 思わず乾いた笑みとともに顔を引き攣らせていると、「いらっしゃい」と掛かる声。これも大きなものではなかったけれど、さすがに通る声をしている。ふたりの喧嘩も鳴りやんで、代わりに店中の視線がこちらに向いた。

 それはそれで、……恥ずかしいんだよね。


「こんにちは、真矢さんっ」

「おう。ウチのバカふたりが騒がしくして悪いね」

「あ、あはは……わたしはその、別にいいんですけれど」


 基本的に勤務態度はすごく真面目なふたりだけど、今はお客さんとして来ているからかテンション高めだ。こうして真矢さんがふたりにも聞こえるように言ったのは、釘を刺しているというより、からかっているのだろう。

 たぶんだけど、本当に怒るときはちゃんと怒るひとだから。

 スマートって言葉の似合う真矢さん。

 スタイルもいいし格好よくて、わたしはひそかに憧れているのだった。


「……ま、ゆっくりしていってくれていいから。がんばりなよ」


 と、これは小声で呟く真矢さん。

 顔が赤くなってしまう。

 うぅう……やっぱりわたしの気持ちは、お店でしか会わない真矢さんにも筒抜けみたいで。

 何も言っていないはずなのに、どうしてみんな気づいているんだろう?


 ……どうして当の未那だけが気づいていないんだろう……。


 そんなことを言い合いながら、席に近づく。

 叶ちゃんの隣には、葵の姿があった。どこか疲れた表情をしていて、「やっと来たよ……」なんて呟く。


「あれ、ごめん。待たせちゃったかな?」

「あーいや、そうじゃなくて」


 首を振る葵。きょとんと首を傾げるわたしに、葵の対面にいる勝司が苦笑を見せて。


「はは……とりあえずさなかも座んなよ」

「あ、うん。お邪魔します」


 特に迷うこともなく、男子たちの反対の席に座った。叶ちゃんとで葵を挟む形。

 おはよー、なんて挨拶を交わしつつ、気になっていたことをわたしは四人に訊いてみる。


「……叶ちゃんと未那は、なんの話してたの?」

「あー……っと」


 どこかばつが悪そうに言い淀む叶ちゃん。はっきりした彼女にしては少し珍しい。

 一方、未那はなんだか作ったみたいに神妙な表情を見せると、わたしにこんなことを言うのだった。


「いやまあ、ちょっとお互いに主義主張について、見解の相違がだな?」

「ああ、うん。そういうのはいいんだけど」

「「そういうのはいいんだけど!?」」


 声を揃えて驚く叶ちゃんと未那。

 うん。そういうとこだよ。そういうとこ。


「……さなかって結構、毒舌?」


 ちょっと肩を縮こまらせて呟く叶ちゃん(かわいい)。

 だけど、毒舌なんてとんでもない。

 わたしのせいじゃない。どう考えても、このふたりが悪いと思う。


「まあ、下らないことだってのはだいたいわかったけど」

「酷くない……?」

「……未那のせいでわたしまで……」


 ぶつぶつ呟くふたり。気づいてないかもだけど、葵と勝司がさっきから頷きまくっている。

 このふたりの喧嘩が喧嘩に見えたことなんて一回もないのだ。

 いがみ合っていると思っているのは当のふたりだけ。わたしたちにしてみれば、もうはっきり言ってイチャイチャしてる風にしか見えないくらい。そんなものを見せられるわたしの気持ちにもなってほしいのである。


「おい、何しれっと俺だけのせいにしてんだよ」

「だって事実そうでしょうが」


 しかもまた始まったしさあ、もうもうもう!


「……さっきからずっとこれでさ」

「いつもより多めに回っておりますって感じだよな」


 呆れた風の葵と、苦笑交じりの勝司の小声。


「まあ、いつものことだけどね……」


 ……うらやましいな。

 わたしだって、もうちょっと未那と、こう……お話したいのに。

 そんな思いに気づくことなく、ふたりは喋っていた。


「わかるよ、わかる。確かにカレー好きだよ。俺はカレーを愛してる。それは認める」

「じゃあなんの文句があるってのさ。いつどこで食べても美味しいのがカレーという概念でしょ?」

「でも俺にとってスキー場のロッジで食べるべきはやっぱりラーメンなのよ」

「ラーメンなんてどこでも食べられるってさっき言わなかったっけ?」

「言ったな。なんなら今し方、カレーもどこでも食べられると言ったよ、お前は」


 ……どうしよう。

 思ってた以上に下らないことで喧嘩してるっぽい……。


「今日の議題、もしかしてスキー場のロッジで食べるのは何がいいって話なの……?」


 小声で確認したわたしに、葵と勝司が頷く。


「まあ、遺憾ながら」

「未那はラーメン派で叶ちゃんがカレー派ということで割れている」

「好きなもの食べればいいじゃん……」

「じゃあそれ言って。このふたりに。さなかが」

「嫌だ……」

「オレたちは早々に諦めて、夫婦漫才を聞くことにした」

「それも嫌……」


 何が悲しくて仮にも……す、好きな男の子が、別の女の子とイチャイチャしているところを見なければならんのじゃ。


 このふたりは、このふたりで話しているときだけちょっとおかしくなる。

 我慢ができなくなるというか、急に子どもっぽくなるというか。

 ほかの人には使っている気をお互い相手には絶対に使わないって感じがしている。遠慮がないというか、なんでか知らないけど、自分の意見に相手を染めようとしているくらいの意志を感じる。普段は絶対そんなことしないのに、なぜか。

 ……そういう関係が、羨ましくて仕方ない。


「あのね。この環境の指定をきちんと考えてほしいワケ、わたしは。わかってる? スキー場だよ、スキー場」

「わかってるわ。何言ってんだお前。バカなの?」

「あっはは。目玉くり貫くぞ」

「こわ……何この女、超こわ……」

「うっさい」

「お前そんなんじゃ嫁の貰い手ないぞ。大丈夫?」


 ……。


「そんなこと未那に心配されるコトじゃねーからうるせーから。つーか未那よりマシですぅー」

「はあー? お前、言っとくけどお前みたいな面倒な奴に合わせてやれる人間、そうそういないからね。わかってる?」

「ハイばかその認識がばか。合わせてあげてんのはこっちなんだよなあ。未那相手にそれができるってだけで、わたしの女としての価値は証明されたも同然だよ。わたしはいい奥さんになると思うなー、うん」

「俺のほうがお前よりいい旦那になれると思いますぅー。だーれがいつも朝、面倒見てやってると思ってんだ」

「誰が未那に夜ご飯作ってあげてると思ってるの? わたしのほうが料理得意なんだよなあ」

「俺は日曜大工できるから。少なくとも不器用なお前よりはできるから」


 ねえ何それ告白?

 それとも世界がわたしに酷薄?(湯森さなか精いっぱいのユーモア)

 相性がいいという宣言にしか聞こえない死にたい。


「いいかい? 寒いところだからこそ、体は熱を欲するわけ。暖めてほしいわけ。だからこそスパイスの効いたカレーが、冷えた体に染みるんだよ。その保温効果を思えば、長い目で見てカレーこそ至高なわけ。何より美味しい。外れがないの。これが本当大事なとこだよ、未那。いーい? わかる?」

「もちろんお前の言ってることはわかる。だけどな。やっぱり俺は即効性を求めたいわけよ。言うてスキー場のカレーってそんな辛さに重きを置いてないだろ。寒いときにまず最初に求めるものは何か。それは汁物なんだよ。スープ。スープこそ最強。おわかりか?」


 どうでもいー。

 すっごいどうでもいー。

 うなー。


「でもラーメンって当たり外れ大きいじゃん」

「そうだけど、そういう素朴なラーメンが食べたい日もあるんだよ」

「それはわかるけどさあ」


 だいたいもう別に意見すれ違ってないんだよなあ。

 むしろなんなら噛み合ってるんだよなあ。

 なんだかんだ根っこの部分で同じこと言ってんだもん助けてもう。


「……はいはい。もう仲いいのはわかったからさ」


 もちろん誰かが助けてくれるはずもないので。

 仕方なく。ああもう本当に仕方なく、わたしが介入するしかないのだった。


「仲いいって……」

「何を見てそんなこと……」

「はいはい、そういうトコそういうトコ。てかもう喧嘩になってないじゃん」

 わたしは言う。

「未那は、あれでしょ。わたしがスキー場でカレー食べても何も怒らないでしょ?」

 未那は首を傾げて。

「そりゃ……それは個人の自由でしょ」

「うん。だよね? ……いや、わかってんのかよって突っ込みたいけど」


 まあいい。よくないけど。

 続けてわたしは叶ちゃんにも向き直って。


「叶ちゃんも同じでしょ。だいたい叶ちゃん絶対スキー場でラーメン食べたことあるよね?」

「……まあ……」

「だったらいちいち言い争わないの! はい! ふたりとも、ごめんなさいして!」


 未那と叶ちゃんは、しゅんと肩を竦めながら呟く。


「「……すみませんでした……」」


 追い討ちなんだよなあ。

 ふたり揃って同じリアクションしないでほしいんだけど。かわいいのがまたムカつく。


「わたしたちに言わなくていいから。ふたりがお互いに謝るの!」

「えぇ……」

「それは……」

「うるさい早くやりなさい」

「「すみませんでした」」


 ちゃんと言い聞かせれば素直なふたりに、わたしは「うん!」と頷いて笑う。

 そんなこちらを見て、勝司と葵がボソッと「お母さんじゃん……」「さなかは不憫な子だよ」などと呟いており、ええいうるさいそこ! 睨みつけることでわたしはふたりを黙らせた。

 そこで、ようやく未那と叶ちゃんも冷静になったらしい。


「……まあちょっと熱くなりすぎたな。俺も反省している」

「だね。……まったく、余計な時間を使ったもんだよ」

「ああそれそれ。その言い方にもう俺のせいみたいな意図が透けて見えてる」

「いやあ。他人は自分を見る鏡ってもんだよ? 自分がそう思ってっからそう見えるわけ」


 そっか。

 普段からこれかっ♪

 ……泣きそう。


「じゃあ思ってないんだな?」

「…………」

「思ってるんじゃねえかよ思いっ切り」

「うるさいな。そもそも未那が、外で食べるカレーが楽しめないとかバカ言い出すから悪いんだよ」

「そこまで言ってねえ。美味いことは美味いんだよ。ただ――」

「――ただ?」

「ほら。前に叶がカレー作ったろ? かなり本格的に。なんかあれ以来、あの味が懐かしく思えちゃってなあ……」

「あー確かに、アレは我ながらいい出来だった」

「もしかしたら俺、あれがいちばん好きなのかもしんねえ」

「まあ、アレは未那の好みを考えて、未那に合わせて作ったヤツだし」

「……好みを聞かれた記憶がないんだけど」

「聞かなくてもわかるからね」

「ああ。どうせ同じだもんな……」

「そういうこと」

「言ってたらまた食べたくなってきた。なあ、今日はカレーにしないか?」

「気分が乗らないから嫌」

「なんだそれ……」

「そうやって恋しく思っているがいいさ! なにせあれはわたししか作れないんだし」

「ぐ、ぐぅ……まさかカレーを盾に取って来るとはお前……卑怯な……!」

「ふっふん、ざまあみろ!」

「…………」

「…………」

「…………」

「……な、なんだよ。なんでそんなこっち見るんだよ……」

「…………」

「……わ、わかったよ! もう、作ればいいんでしょ作れば!」

「やったぜ!」

「まったく……ちゃんと手伝いなさいよ。あれ結構、時間かかるんだから」

「わかってるって」


 …………。

 うがああああああああああ!



     ※



















































「なお『本』編とは『一』切『関』係『御』座いませんが、ぼくに免じて許してくれよなっ☆」

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