5-02『二学期がはじまり、ふたりは終わる2』
というわけで二学期最初の大きな
我らが
通常は九月最終週、金土日の三日間にわたって行われる。
三日ともなればそこそこの規模であり、青春の美しき彩りとなろう。
当然、主役理論者たる俺が全力を尽くさない理由がないのだった。
「と、いうわけで考えていることがあるんだけど、お前らも一枚噛まないか?」
放課後――始業式である本日は、十一時になると学校が終わりになる。
今日は学食も開いておらず、多くの生徒たちは昼食を食べるため早々に帰路につくことだろう。
そんな中、俺は仲のいい数名の友人を集めて、ちょっとした会議を開催した。
議題はもちろん文化祭について。
「なんだ。バンド演奏でもするつもりか?」
軽く笑ったのは
「やりたいってんならいいけど……勝司お前、楽器できんのか?」
「ギターってカッコいいよな。弾けたらモテそうなところが」
「わかった。つまり弾けないわけだ」
「バッカお前、オレは弾けなくてもモテんだからもう充分だって話だぜ」
「……彼女もいないくせに何言ってんだかー」
ひと笑いが起きたところで、改めるようにこう訊ねられた。
「それで。そう言うってことは、我喜屋くんは何かやりたいことの案があるんですか?」
図書委員のクラスメイト――
相変わらず察しがいいというか、こちらの意図を先読みして返事を作ってくれる。
深く柔らかな笑み。放課後になって突然、ちょっと文化祭の件で話がある、なんて呼び出した俺を妙な目で見ることもなく、「教室でいいですか?」とだけ答えたいた。俺に声をかけられた段階で、人を集めていることまで察したらしい。
頼りになりそうだ、と思いつつ頷いて答える。
「うん。まあ、実際のとこ頼んでみないことには実現性が不明なんだけどね。とりあえず参加してみないかっていう、まずはお誘いのつもり」
「まあクラス参加はしないみたいだからね」
穏やかな笑みを伴う声が、俺に答えた。
「僕としても、せっかくなら何かやってみたいとは思うし。噛ませてくれるなら参加するよ」
と、
この学校において、文化祭に《参加》する方法は二種類ある。
つまり団体で出展するか、個人で出展するかだ。ちなみにここで言う団体とは、クラス単位か、あるいは部活単位での参加を意味する。
文化祭の日も出席そのものは取られるのだが、必ずしも模擬店や出し物をする義務まであるわけではない。
来てさえいれば、何もしないでいていいわけである。
すぐ駅向かいの
まあ要するに、文化祭なんて興味ない、わざわざ参加するなんて面倒臭いという生徒が多数派を占めているわけだ。
クラス単位で出展する組は少数派であるらしい。
特に学年が上がるほど参加率が下がるそうだが、俺たちのクラスは――まあ、一年時からクラス全体の参加意欲は低かった。
そして俺は部活動に所属していないのだから。
初めから、個人出展しか選択肢がない。
「私も構わないですよ。お手伝いできることがあれば、やらせてもらいます」
続けて野中も笑顔で言ってくれる。
……よし、このふたりを確保できたのは大きい。
泰孝と野中は、どちらも夏休み最初の勉強会をいっしょにこなした仲だ。
ふたりとも、勝司や葵とは違ってクラスの中で目立つタイプでこそないが、こういう行事ごとを特別に避けるタイプでもない。頼めば協力してくれるだろう、という皮算用があった。
ともに頭がよく、それを行動力に繋げられる性格だと認識していた。要するに真面目で責任感が強いということ。
こうして手伝ってくれるのなら、心強い味方になるだろう。
まあ単純に、仲のいい友達と遊びたい、という動機がいちばん強かったが。
「……三人はどうよ? 部活との兼ね合いもあるだろうけど――」
俺は残るメンバーに水を向ける。
勝司と葵、さなかは、部活動に所属している。そちらでやることの邪魔はできない。
だが、どうやらそれは杞憂だったようで。三人は口々に言った。
「――オレは構わんぞ。部のほうでやる仕事は特にないし」
「あたしも。さなかも大丈夫でしょ?」
「うんっ」
と頷く、さなかの笑みがこちらに向く。
「未那がやることなら面白そうだしね。わたしもいっしょにやらせてよ!」
「よし! ……よかったあ」
こうして俺は五人の協力者を獲得することに成功した。個人出展なら極論、ひとりでも参加はできるのだが、やはり人数が大いに越したことはない。
単純にマンパワーが確保できることもそうだが、それ以上に――そのほうが楽しい。
「特に、さなかにはちょっと協力してほしいこともあったからね。ん、これで説得が少し楽になりそうだ」
「え、わたし? ……説得?」
「というか、交渉かな。その辺りでやることも変わってきそうだからね」
きょとんと首を傾げるさなかに、人差し指を立てて答えた。
いや、そんなにもったいぶるような話でもないのだが、交渉が失敗した場合は方針ごと転換しなければならなくなる。
どうせなら、上手くいったときにだけ話したかった。
「ちなみにみんな、何か特別にやりたいことがあるわけではない感じ?」
念のため確認するが、それぞれ首を横に振った。代表するように泰孝が言う。
「あったら自分で個人企画を申請してただろうねー」
「や、確認する間もなく集めちゃったからさ」
「確かに動き出しが早いけど。まあ、それも未那っぽいって感じだし」
そんな泰孝の言葉に、皆が苦笑して肩を揺らした。確かに、と納得してみせるように。
解せないと思うべきか、主役理論者として認められていることを喜ぶべきか。微妙なラインだが、まあとやかくは言うまい。
なんとなく釈然としない感じだが。
……いったい俺は、クラスのみんなからどういう風に認識されていんだろうね、と。
「で? 結局、何をやるつもりでいるの?」
葵の問いに笑顔で答える。
せっかく参加する以上、やはり目指すべきところはひとつだろう。
「――もちろん、最優秀賞を狙いにいきますとも!」
※
「では説明しよう! 最優秀賞とは、文化祭実行委員会の裁定によって決められる祭りにおいて最も盛り上げに貢献した団体へと授けられる賞のことである!」
「そのまんまじゃねえかよ。聞かなくてもわかるよ」
「売り上げその他の要素から部門賞が決められ、各部門から実行委員が最優秀を選ぶ」
「やかましいなあ、こいつ……」
「というわけで。――是非とも力を貸してほしいなあ、なんて頼みにきてみたんだけど」
「しかも図々しいしよ。なあ、お前の彼氏、やっぱ変なんじゃねえの、さなか?」
「え、えっとその、つまり……未那は、変だから、未那なんだよっ! そうともさっ!!」
うんそれフォローになってない。
ここまで言われると考えていなかった俺は、さすがに黙って――おでんを口に運ぶ。
熱々の大根は、つゆが染み込んでいて実に美味しい。まだまだ暑い日の続く九月だが、そういう日にこそむしろ熱いものが食べたくなったりするもので。
夕刻。
さなかとふたり連れ立って、俺は久々に友人・
さなかと此香はいとこ同士の関係で、俺は彼女のファンである。
「久々に来て何を言うかと思えば、まさか文化祭を手伝え、とはね……予想外だわ」
「もちろん無理は言わんよ?」
「わーってるけど。つかいいのかよ、部外者がそんな、文化祭になんか関わったりして」
金髪に鉢巻き姿の此香。屋台の店主、という風情こそないものの、なかなか様になっている。いかにもちょい古めのヤンキーの姉ちゃん、といった感じに見える一方、さなかのいとこだけあって(と言うのも変だが)根本から滲み出る人の好さが隠せない奴だ。
なんだかんだ言いながらも話は聞いてくれるところが、やっぱりさなかの親戚だなあ、という印象。
「その辺は抜かりなく調べてあるよ。もともと外部団体も募集はしててさ、ほら、地域との交流が云々とかで。なら個人企画に引っ張り込んでも無問題」
「なんか法の穴を突いたみたいに聞こえっけど」
「大丈夫だって。まあ食品を出す場合は別に申請がいるけど、それは学校経由でできる。せっかく賞を目指すなら、プロの力を借りるのがいちばんだと思ってね」
そう。俺は文化祭の出し物を、此香の力を借りた屋台にしようと目論んでいた。
なぜならおでんが美味しいからである(真理)。
「お願いできないかなあ……?」
「……んー」
さなかの援護射撃に、迷い顔の此香。
あまり無理は言いたくない。こちらから提示できるメリットなど、せいぜい宣伝になるかもしれないよ! というくらいで、そんなものは実質ないも同然だ。
結局のところ、せっかく外部からも友人を招ける機会なのだから此香とも遊びたい、というのが俺の動機の大部分を占めている。
そして、それはなんなら当日ただ招くだけでも達成できる目標なのだ。
料理人になりたい、という此香の夢を――俺は心から応援している。
「やっぱ、そんな時間ないか?」
食い下がるのも申し訳ないかと告げた俺。だが意外にも、此香は首を横に振り。
「正直、別にそれはいいんだよ。面白そうだしな、むしろ呼んでくれて嬉しいくらいだ」
「……そうなのか?」
そう言ってもらえることは嬉しいけれど。
気を遣わせてはいないだろうか、と思う俺に此香は苦笑した。
「お前、あたしのことなんだと思ってんだよ? 別にそんくらいどうってことねえって。ただ……なあ?」
「ただ?」
「いや……そのさ。お前はともかく、ほかは知らない連中だろ? だからその、ちゃんと上手くやれっかなと思って。あたしそんな、知らねえ奴と話すの得意じゃねえし……」
そう言って頬を掻く此香を見て、思わず俺は笑いそうになってしまう。
いやはや。まさか此香が、そんなところを不安がるなんて。
「おい、あんだよ。何笑ってんだよっ」
「ああ。いや、悪い。まさか、此香がそんなこと心配するとは思わなかったから」
「う、うっせえな!」
顔を赤くして、此香は口元を右腕で隠した。
そういえば此香は、これで結構、初心な性格だったっけ。
「ていうか、屋台の店主だろ? 初対面の人間と話すのが仕事じゃねえか」
「仕事で会うのとそういうのは、ち、違えだろ!?」
「もう、ダメだよ、未那」
そこでさなかが入ってくる。
「此香は結構、恥ずかしがり屋さんなんだから! そういうところは、ちゃんとデリカシーってものを……」
「デリカシーがねーのはさなかのほうだろ!? 恥ずかしがり屋さんとか言うなっ!」
「えー。でも、だって事実だしー?」
「な、なんだよっ。さなかのくせに調子に乗るなよっ!」
「さなかのくせにってどういうことなの!?」
「言葉通りだよ! まったく、さなかは小さい頃から危なっかしくて――」
「みぎゃーっ! ちょっと、此香っ! 未那の前でそういうこと言わないでよっ!!」
「さなかのほうがが先に言い出したんだろっ!」
やいのやいのやり合う、それは仲のいい双子の姉妹のような光景。
ほかに客がいないとはいえ騒がしい。いや、この屋台の常連のお父さん方は、こういう光景も酒の肴として気に入っているのかもしれないが。実際、確かに微笑ましかった。
なんだか笑えてきてしまう。なんだか幸せだ、と素直に思える。
一時期はギスギスしていたいとこ同士が、再び仲を取り戻したことも。
ほんのわずかとはいえ、その件に俺が寄与していたということも。
懐かしく、そして誇らしい。
「はあ……わかったよ。オーケー、協力する」
しばらくあってから此香はそう言ってくれた。
詳しいことはまだ考えていなかったが。これでまたひとり頼もしい仲間ができた。
「ありがとな、此香。このお礼はするよ」
「ま、常連の頼みだからな」
軽く肩を揺らして此香は笑う。
「別にいいよ。つーか、混ぜてもらっておいて礼を要求するのも、それはそれでなんか違うだろ?」
「でも苦手なんだろ?」
「苦手ってほどじゃねーっつの! それにまあ、知り合いが三人もいりゃ平気だろ」
「ん、三人?」
って誰のことだ?
俺と、さなかと……ああ、野中のことか。
そういえば、此香と野中は、確か同じ中学の出身だったはずだ。以前に聞いたことがあった。
でも俺は、野中もいるということを此香に伝えてあっただろうか?
「ま、いいか。此香、お代わり頼む」
「あいよ。次は何にする?」
注文を考えながらも、俺は同時にこの先のことへと思いを巡らせていた。
実際問題、最優秀賞が取れるかどうかはともかくだ。何も夢物語とまではいかない。
どうせ貰ったところで「すごい!」と褒められて終わりなのだ。
要するに、目標にすることそのものに意味があると言っていいのだが、それはやるなら本気でということ。
野中や泰孝は料理ができるのだろうか、なんて考えつつ、隣のさなかに目を向ける。
そこで、なぜか不思議そうにこちらを見るさなかと目が合った。
「ん? どしたん、さなか? もう満腹?」
「――え? あ、いや別に、そういうことじゃないけど……ううん、なんでもない」
ちょっとぼうっとしていたらしい。
まさか俺に見惚れていたはずもないだろうし。夏休み明けで、休暇中の夜更かしが影響し始めたとか、そういう感じか。
帰りは送らせてもらおう、と内心で画策する俺。
「そいや、付き合い始めたとは聞いたけど。実際どこまで行ったのよ、おふたりさん?」
おでんを盛りつける此香が、そんなことを興味津々の表情で訊いてくる。
もちろんさなかは、一瞬で狼狽えてこう言った。
「うぇ!? ど、どこまでって何がっ!?」
「……そ、そりゃまあ……えと。キ、キスしたり……とか」
「そ、それは……まだ、だけど……そ、そんなすぐにするものなのっ!?」
「へえっ!? や、そんなことあたしに訊かれても知らないよっ! で、でも普通はほら、恋人なんだし……知らないけどっ!」
「し、知らないなら適当言わないでよぉ……っ」
――初心っ子ふたりの会話が恥ずかしすぎて見ていられない。
俺は顔を背けた。いや。いや違う。別に逃げているとか巻き込まれたくないとかそんな甲斐性のないことは言わない。
これはつまり、あれだ。なんだ……どれだ?
わかんないや☆
「だっ! だい、たい……そういうの、男の子のほうから、その、――あぅあ」
再びこちらを見たさなかが、けれど途中でまた耐え切れないとばかりに顔を俯ける。
俺も今や彼女持ち。恋愛レベル中級くらいまでは成長できたと言っていい。
その経験から一席打たせてもらうと、恋人同士になったからといって、そこから先へ無条件に進めるわけではないということなんですね、はい。
これもう初級者なんだよなあ。
「まあ、未那。なんだ、その……さなかを頼んだぜ」
「……お、おう……」
顔を赤くして縮こまってしまったさなかと、顔を赤くして訳知り顔で頼む此香。そして顔を赤くして頷きを返す主役理論者。
もうダメだあ……この地域はちょっと恋愛偏差値が低すぎるよぅ……。
――誰かー! どうしたらいいのか教えてくれーっ!
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