第二章

2-00『プロローグ/いろいろないろ』

 ――たとえば俺たちは、いったい自分を何色だと認識しているのだろう。


 少なくとも、これまでの俺は灰色だった。今となってはの、振り返ってみればの話だとしても。中学時代以前の自分を、その人生を指して、薔薇色だったとはとても言えない。

 青春の青とは若さを指す表現であって、それが必ずしも青いものではないことは自明の理屈だ。だから俺は、自らが最も望む青春を手に入れるために主役理論を構築した。


 目指すは虹色。ひとつに囚われないカラフルな青春。

 それが最高だと俺は信じている。


 では、翻って俺以外の人間はどうなのだろう。

 たとえば友利ともりかなえ。あの脇役哲学者について考えてみる。


 彼女の青春は言うなればモノクロだ。

 あるいはセピア色。

 単色の、誰から見ても輝きのない青春。

 だがそれは、あくまで周囲から彼女を見た印象でしかなかった。

 実際の叶は、むしろ誰より輝きに満ちている。

 当然だ。彼女は俺と同じ虹色を目指している奴だったから。そのための行動に、全ての努力を注ぎ込める奴だったのだから。

 ゆえに友利叶の世界は、彼女ひとりで完結している。

 彼女はそれを、共有できる人間を探すことを諦めた。理想を捨てることで、新しい理想を見出したということだ。

 だから、彼女の世界に入ることができない人間に、その鮮やかさは認識できない。

 友利叶が誰より努力家で、自己の青春を向上させることに本気で注力していると気づけない。


 たとえば、宍戸ししど勝司まさしはどうだろう。

 俺とは違う生粋の主役存在者。論理ではなく、哲学でさえなく、ただ存在として主人公たり得る本物。

 彼にとって、果たして青春は、人生は、世界は何色に見えているのか。

 主役理論を掲げているだけのモブに、その本質などわからない。俺や叶とは違い、勝司はただ在るがまま今の場所にいる。それを、きっと心底から気に入っている。

 それを、けれど俺は羨ましいとは思わない。

 素晴らしいとは思うけれど、悔しいと思うことはない。

 自分の本質に左右されず、目指す場所へ進む指針が主役理論である以上。


 ――では。

 では、湯森ゆもりさなかは。


 彼女にとって、世界は何色に映っているのだろう。

 その青春を、心から望むものとして受け入れられているのだろうか。

 果たしてその場所は、彼女が望んだ位置なのか。

 もちろん、そんなことは俺にはわからない。ともすればさなか自身にさえ。


 さあ、主役理論者よ。ここでひとつのクエスチョンだ。


 ――どうして俺は、自分以外の人間が世界をどう見ているのかを考えるのか。


 脇役哲学者は、きっとこんなこと気にしない。

 色とりどりの世界を、彼女は自分だけの宝物として楽しむことができるからだ。その点が、俺とあいつとの違いだからだ。

 だけど俺は違う。

 俺は、このどこまでも広く鮮やかな世界を、けれどひとりでは楽しめない。誰かと宝を共有したい。


 なぜならそれが、俺の信じる《主役》だから。

 ひとりでは主役になれない。主役の存在は、いつだって主役以外の存在を想定している。

 それは何も自己中心的な英雄願望や、取るに足らない猥雑な自己陶酔、吐き気を催すような承認欲求とは違う。

 だって、たとえ脇役でさえ、自分の人生の主役には違いない。


 要は観点の問題だった。

 自分の認識する世界をどこまで広げたいと願うか。


『いいかい、未那みな。この理論の難しいところはね、よく聞いてほしい。この主役理論が、あくまで未那のためのものでしかないっていうところなんだぜ』


 かつて旧友はそう言った。


『もちろんそれで構わないのさ。だって未那。これは君が、君の青春を、君が望む最高のものにするための――ただそのためだけのものなのだからね。そこに他者が介在し得ないことなんて、今さら口にするまでもない当然の前提さ。未那だって言われるまでもない。ではなぜぼくが、わざわざそれを口にしたか。いいかい、重要なのはここからだぜ。よく聞いてほしい。――その点こそ、主役理論におけるなんだから』


 相変わらず何を言っているのかなんて、まるでわかりゃしなかったのだけれど。


『そう。この主役理論は、未那のためのものでありながら、しかし、未那ではない誰かの存在を完全に前提としている。こいつが矛盾ってヤツさ。つまり未那、君がこの先も主役理論を続けていくのなら、いつか必ず壁にぶつかる。自分ではない誰かに左右されること、じゃあないぜ? その逆――。それを選ぶ日が必ず来る。まあ主役ってヤツは強欲で、しかも傲慢と相場は決まっているからね。はは、この段階でもう大罪をふたつも犯しているわけだ。まあ、それが主役ってものさ。ともあれ、未那はそのときいったいどちらを選ぶのか。――この部分について、きちんと考えておくことをオススメするよ』


 意味がひとつもわからない。

 わからないのに、けれど言われた言葉はちゃんと覚えている。

 それが、俺の旧友という奴だった。


 ――しかして。果たして。


 この事態が旧友の想定していたものだったのか。

 それともあいつが、単に小難しい言い回しを捏ねていただけなのか。

 それはわからないけれど。


 ここが本題。

 俺に突きつけられたひとつのクエスチョン。



 問一――もしも踏み出せない人間がそこにいたとき、主役が取るべき行動とは何か。



 答えなんて初めから決まっている。

 けれど、それを選べるかどうかはまた、別の話だったりして。




 つまりがこれは、そういう物語なのだと前振っておこう。

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