4-16『A/ご覧の通りです2』
風呂を上がって部屋に戻ると、勝司と、プラスでなぜか秋良がいた。
部屋の窓際にある椅子に、向かい合う形で座っている。お茶を飲んでいるようだ。
「あれ、まだ出てなかったんだ?」
訊ねると、勝司が軽く笑って答える。
「はは。まあ女子ってのは準備に時間がかかるもんだからな。なあ、秋良ちゃん?」
そいつも女の子ですけど。ああいや、だから訊いたってことか。
「いやいや。わかっていないね」
だが秋良は首を横に振る。
「ある程度の身支度は、朝食の前に済ませてあるに決まっているだろう? その程度は嗜みというものさ」
俺は日によって服を変える。取り立てて言うほどのことでもない、それは当たり前の話なのだが、秋良は違った。
こいつは服どころか、日によってファッションのセンスそのものを変えていると言っていいレベルで様々なスタイルに変化するのだ。
そういえば、こちらに来た初日の秋良は、見事なパンクファッションに身を包んでいたっけ。今日は割とボーイッシュめで。すらりとした足の細さを見せるジーンズを穿いている。様になる奴だ。
どんな服でもある程度まで着こなしてみせる秋良。もっとも当人に言わせれば、ぼくが服を着こなしているのではなく、ただ似合う服を選んでいるだけさ、とのこと。
俺が持っている洋服の大半を、実は秋良に選んでもらっていたことは秘密の事情。
「だから今さら一から準備しているわけじゃない」
「にしては時間かかってるけど……」
「それはそれとして、それ以外にもいろいろやるべきことはあるわけだ。男が思っているよりも、女子はいろいろ考えているんだぜ? 本当はこんなもんじゃないのさ」
準備に時間がかかると言われて、君が思うよりもっとかかると返す意味わからない。
「……ああ。軽く見るなよ、って話なわけか」
「さすがは勝司。未那とは違って理解があるね。未那とは違って」
「はは。まあ未那といっしょにはされたくねえよなあ」
失礼極まりない会話を繰り広げるふたりだった。
まあ確かに、ふたりが何話してんのかまったくわかんないけどね。
「で、それなら秋良はなんでこっちに?」
「ぼくはほら、もう終わったから。どうせこれから、またすぐお風呂に入るんだし」
「……さっきのくだりの意味は、いったい……」
「あと叶は温泉に行った」
「待ってる理由の大半それじゃん……」
これから日帰り入浴に行くのに、行く前に風呂に浸かりにいく叶の執念たるや。
ん……いや、違うか。
てことは葵とさなかは部屋にいるんだろうし、待たせてまで入る叶じゃない。どっちかっていうと、やっぱり時間がかかっているのはふたりのほうか?
「ま、それなら途中まではいっしょに行こうぜ」
言ってから、ふと気づいて続ける。
「てか秋良さん。あなたが食べているそのまんじゅう、それ俺のヤツでは?」
「ご馳走様」
悪びれない旧友であった。
ううむ、部屋に置かれていたサービスの品とはいえ、この辺りの名物らしいから楽しみに取っておいたんだけど……。
「別にいいか。どうせ補充されるだろうし」
「――と、いうことさ。だいたいわかったんじゃないかな?」
呟いた瞬間、肩を竦めて秋良がそんなことを宣う。
俺に向けてではなかった。今の言葉を、秋良は勝司に向けて言っている。
なんだ? と首を傾げる俺。
わからないのはまたも俺だけで、勝司は理解したらしい。
「なるほどな。未那ってやっぱそうなんだな……」
「何? 俺の話?」
「そうだよ」
あっさり秋良は頷く。
「共通の友人の話で盛り上がっていたところさ」
勝司も肩を揺らして噴き出しながら言う。
「くく……そうそう。俺らの友達に変わってる奴がいてな?」
「ああ。実に面倒臭い友人がいるんだ。お互い苦労していると労い合っていたんだよ」
「……ものすごい楽しくなさそうな話されてる……」
つーかこいつら、やけに仲いいな。
そのほうが俺も嬉しいけど、なんだろう。なんというか性別の隔たりを感じさせない、同性同士の気安さにも似た落ち着きがあるような。
それとも気のせいだろうか。
「未那って結構、我が薄いよな」
考え込んでいた俺に、勝司がそんな言葉を急に発した。
「我が薄い? ……俺がか?」
どちらかと言うと、俺はむしろ我が強いほうだと思うのだけれど。
「あー、いや、ちょっと違えか。我はあるし、それを出しもするんだけど、仮にそいつを潰されても大して気にしないっつーか、相手次第でまあいいかっつって流すよな」
「それは……もしかして、まんじゅう喰われたの許しただけでそこまで言われてる?」
秋良を相手に、その程度でいちいち怒っても意味がないというだけの話なのだが。
というか、そもそも怒るほどのことでもない。
「いや、まあそれだけじゃなくてな。単に未那と叶ちゃんって似てるけど、じゃあどこが似てるんだろって話をしてただけなんだが」
「ふたりともいい奴だって話さ」
話を受け取って秋良が続ける。
「いい奴すぎて、ときどき死ぬほど重いけどね。まったく周りにいるほうも大変だぜ」
「……褒めるか貶すか、せめてどっちかに統一してほしいもんだけどな」
「褒めても貶してもいないからね。単にそうだと思っただけさ」
「違いない」
秋良の端的な言葉に、くつくつと笑う勝司だった。
もういい。要するにこのふたりは、俺をからかって遊んでいるわけだ。
ツッコミを諦め、俺も出かける準備を始める。
着替えは脱衣所でしてきたから、あとはせいぜい持ち物の確認をしておけばいい。女子と違って、男子の支度など気楽なものだ。
と、ここで秋良が言った。
「――で、未那。告白の台詞くらいは、きちんと用意してあるんだろうね?」
「うぇっほ!? な、は……はあ!?」
むせる我喜屋くんであった。
しまった、油断した。こいつらの本題は、初めからこちらのほうだったわけだ。
つーかそのためにすぐ出かけないで、わざわざ待っていたのかもしれない。
「な、なんだよ急に……」
「急じゃないさ。むしろ遅いくらいだね。いい加減、覚悟は決めたんだろう?」
秋良と勝司の視線が、こちらにまっすぐ向けられていた。
からかっている、という様子でもないらしい。ただ単純に訊ねているだけのような。
「……まあな」
だから俺も素直に答えた。
今日までふたりには世話になったのだ。このくらいのことは、まあ、言っておく義務があるだろう。
そうすることで、こちらの意思も固まるというもの。
「や、別に台詞とかなんも考えてないけど。普通に伝えるつもりだよ」
「……そうかい」
「わざわざふたりきりにしてもらったわけだしな。つーかあれ、お前ら仕組んでたろ?」
「まさか。そこまで野暮はしてないよ。どちらかというなら君次第だったさ」
「……はぁん」
俺がやる気だったから協力した、ってくらいらしい。なるほど。
首の後ろを掻く。こうまでお膳立てしてもらっていることを、情けないと思うか、それともありがたいと思うか。なるべくなら、後者でありたいと俺は思う。
それはつまり――相応の行動を見せるべきだ、という意味で。
「ま、なんだ。そんなわけで、あれだ。もしフラれたら、そんときゃ慰めてくれよ」
ちゃんと告白はする、という意味合いを込めて俺は言った。
その気持ちは、きっとふたりにも伝わっただろう。勝司と秋良は同時に笑って、
「は? なんでだよ、面倒臭え」
「というか、旅行中に気まずい雰囲気は出さないでほしいね」
「あっれえー……?」
おかしいな。想像していた返事とぜんぜん違う。
なんか、もっとこう、優しい言葉をかけてくれてもいいと思うんですけど。ダメ?
思わず目を細めた俺を見て、だがふたりはやはり笑って言う。
「そう不安がるなよ、未那。大丈夫さ、きっと上手くいく」
「もうちょい気楽に行けって。当たって砕けてこいよ」
「……いや、砕けたくはないんだけど」
小さく笑って俺は答えた。
それはきっと、ふたりなりに背中を押してくれたということだから。
――理解してくれる友人がいる。
そのありがたさを、俺は誰より知っていた。
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