2-17『主役になるために6』

 で、話が終わっていればなんと――このくだり前もやったな。


 さなかとのやり取りを終えて。時間もアレだし、そろそろ帰ろうか、という空気になり始めたところだ。

 どちらともなくそれを言い出して公園を出たのだが――。


「……あ、あのさ、未那」

「え? あ、えっと。何? さなか」

「ええっと……そのー、いや別に何ってこともないんだけどね?」

「あ、うん。そか、そう、――うん。まあ、ないなら、うん。いいんだけど」

「あ――あはは? ごめんね。あの……いやちょっとあの……」

「…………」

「……うぅ……」


 もうめっちゃくちゃ気まずかった。


 なんか、そう。俺も、まさか自分がこんな話をするとは思っていなかったというか。

 主役理論の話を叶以外の人間にすることになるなんて事態自体が、そもそも予想外だというか。

 勢いに任せて喋り尽くして、終わってから羞恥に襲われるの何度目だよというか。


 端的に言って恥ずかしい。

 いっしょに主役になろうぜとは、いったいどういうことなのか。なんだそれ。

 デートに誘うどころか、告白するより恥ずかしいことを告白してしまったような気がする。


 いや、別に後悔しているわけではない。それは確かだ。

 自ら決めたことだったし、少なくとも昨日までよりさなかとの距離も近づいたはずだ。主役理論者としては、むしろ誇るべき結末だったと言っていいだろう。たぶん。

 だがそれと羞恥の感情はまた別の問題であって。

 まあ恥ずかしことをするのが青春だって誰かが言っていたような気もするし、もう考えないほうがいいのかもしれない。

 考えるべきことなら、第一ほかにもあるはずだった。


「……その、さなか?」

「へ? あ、――うぇいっ?」


 妙なイントネーションで返事をしたさなかの表情は、もう完全に真っ赤っか。

 耳まで朱に染めて、あたふたと片手で自分を仰いでいる。その気持ちは実によく理解できた。

 とはいえ決めた以上、話しておかないわけにもいかない。俺は口火を切った。


「や、さっき話したことなんだけどさ」

「ささ、さっ、さっきっ!?」

「う、うん。ほら一応、その、確かめておかないといけないというか」

「ぇあ――ぅ、いや、ち……違うんですよ!?」


 さなかは『違う』と言った。

 視線を向けた俺に対し、露骨なほど視線を方々へ泳がせながら。


「あのそのヒロインっていうのはあくまで比喩的な意味でっていうか、未那が先に言ったから表現に乗っかってみただけで別にそのそういう意味で言ったかどうかって訊かれるとまた話は変わってくるというかいや本当に訊かれたらそのなんて答えるかいろいろ考えてみないとわからないかもなんだけど、で、えと、あのっ、――あうぅ」


 これが漫画なら、顔から湯気が出ているんじゃないかと思う。

 前から照れ屋だとは思っていたけれど、こうまで恥ずかしがられてしまうと、こちらは逆に平静になってくるものだ。

 狼狽えながら赤面症に陥るさなかは、傍で見ている分には非常にかわらいらしいと思うのだが。さっきから手があっちこっちに動いている。

 俺の恥ずかしさに比べれば、さなかの言ったことはだいぶマシだったと思うけれど。


「いや。此香のとこ、いつ行くって訊こうかと思ったんだけど」

「――へ? あ、えっと……その話?」

「ほかにどの話があると思ったの」

「……いやだって、わたし、ほら……その、口走ったし」

「ヒロインのくだり? まあ目標はいいじゃん別に。これからこれから。俺だって主役を目指してるとか言ってるわけだし、気にしないで開き直ってこうぜ」

「……、……あー。あー、そういう……あー。なるほどー……」


 さなかはふっと視線から力を抜き、なんだか遠くを見るような表情をした。


「……どうかした?」

「いや、伝わってなかったのかー、というか伝わらなくてよかったというか。なんかよくわかんなくなってきたよ……あははは。まあ結果オーライだと思うけど」

「何が……?」

「なんでもないよ大丈夫。口滑っただけだし。おーるおーけー」

「そ、そう?」

「逆にね。逆に大丈夫があった今。うんダイジョブ。それより此香の話でしょ?」


 明らかに大丈夫じゃない様子でさなかは言う。

 追及しても答えてくれそうにないので、その言葉を信じて話を流した。


「あー、うんまあ。実は少しだけ考えてることがあって」

「考えてること……っていうと?」

「それなんだけど――」


 と、俺は自分の考えを説明する。

 しばし聞いていたさなかは、話が進むに連れて噴き出すように笑い始めた。


「……そんなにおかしなこと言ったかな」

「あはは。や、ごめん。別に面白くはなかったんだけど」

「その言われ方はより釈然としないんですが」

「いや、未那らしいなって思って。上手くいく保障なんてないよ?」

「……さなか。この世に保障のあることのほうがそうそうないんだっていう話が――」

「そういうので誤魔化されないから」

「ですよね。悪い――正直、ほかに思いつかないだけ」

「未那ってそういう風に、いい話とか展開とか装って勢いで流そうとするとこあるよね」

「手厳しいこと言うなあ……」


 俺たちが主役を目指すと言ったところで。

 現実、できることには限りがある。今回に関しては、そもそも俺にできることがあるかどうかの時点からまず疑わしいとさえ思っていた。

 ただ結局、そもそもの話、此香の問題なら此香が解決するしかない。

 仮に介入できるとしても、さなかまでが限界だろう。本来的に、俺が関係している話ではないのだから。


「いいよ、わかった」


 説明を聞いて、さなかはそう言って小さく笑った。


「……いいの?」

「だって、それたぶん未那にはできないでしょ?」

「できないとは限らない、と言いたいとこだけど……まあ、さなかのほうが上手くやれるとは思う。正直」

「言っちゃったもんね、ヒロインになるって……あーあ。わたしの考えてたヒロインって、こういうことじゃないと思うんだけどなあ。でも仕方ない、か。主役だもんね」

「今回は俺は脇役だな」

「それはダメだよ」ちょっとむっとしたように、そこでさなかは言う。「さっきもちゃんと言ったじゃん。見ててくれないと、わたしすぐサボっちゃうよ?」

「……わかってるよ」

「んじゃ、早いほうがいいよね。明日には行こっか。ちょうど日曜だし」

「……おー」


 と俺は頷いた。さて、果たしてどう転ぶか。

 それは、見知らぬ人間の善意をただ信じるような話で。だけどまあ、それも悪くないと考えているからこそ、そもそも思いついてしまったのだろう。

 家の直前までさなかを送って、そして別れた。


「……じゃね、未那。また明日」


 ひらひらと手を振るさなかに、こちらも手を振り返す。

 それを見て思った。もうあとのことは、心配しなくてよさそうだ、と。

 俺は、さなかが自分で言うほど何もない人間だとは思わない。優しいとか明るいとか、そんな表現では個性を立脚できないのだとしても、それは聞く側の認識が潰されているに過ぎないと思う。さなかのそれは、充分にさなかの個性と呼んでいいものだと俺は思う。


『初めまして! 名前、聞いてもいい?』


 入学の初日。クラスでさなかに、そう声をかけてもらったとき。

 そのときから俺は彼女に助けられていた。それができるということは、その時点でもうさなかの美徳なのだ。でなければ、彼女の周りに人が集まったりするものか。


「……そうだな。今回は、叶の奴も呼んでやることにするか」


 夜道をひとりで帰りながら、暗い空を見上げて呟く。

 思えばまあ、あいつにも世話になってしまった。この恩は返しておこうと思う。


 ――たとえば、そう。

 ひとまずは、美味いおでんでもご馳走してやる形で。



      ※



「――それでこうなったと?」

「そういうことになる」

「いやわっかんねえー……」


 珍しく目を細くして、そんなことを呟く叶。心外な表現だ。

 あれから一週間。俺たちは今、連れ立って此香の屋台を訪れていた。今日の客層は少し普段と違っていて、俺、叶、そしてさなかに、プラスでもうふたり女子がいる。

 片方は野中小春――クラスメイトの図書委員。

 そしてもうひとり。あの日、此香と駅前で言い争っていた彼女に来てもらっていた。


戸田とだ亜美子あみこっていうらしい」

「いや訊いてないし聞く気もないよ。そんな新キャラと今後絡む予定ないから」

「趣味はベース。今はバンドを組んで軽音楽をやっているそうだ」

「だから訊いてな……ってかなんで知ってんの、むしろ」

「いや、だって学校まで行ってきたし。さなかと」

「訊かなきゃよかった」

「リアクションがいちいちおかしいと思うんだよなあ」

「誰に訊いても未那のほうがおかしいって言うよ」


 解せぬ。いや、ある意味で実に叶らしい反応だとも思ってしまうのだが。

 さなかに会いに行った翌日、日曜。俺は、此香とさなかの間の件をどうにかするべく、まず野中に連絡を取った。此香たちと同じ中学だったというのなら、さなかすら知らない詳しい話を、もしかしたら知っているのではないかと思ったのだ。

 結論から言えばこれは当たった。


『まあ要するに、此香さんにバンドに戻ってきてほしいってことだと思いますよ』

「なるほど……まあ想像通りか。その件が拗れてるってだけで、それ以上に確執があるとかいうわけじゃないってことだよな?」

『わたしが知る限りは、ですけれど』


 野中の見立てなら文句はない。

 そして、それなら手の打ちようもあるというものだ。


「訊いといてなんだけど、本当に知ってるとは正直思ってなかったよ。野中ってなんか、探偵とか情報屋とか、そういう感じするよな」

『わたし、戸田さんともそれなりには仲よかったので。単にそれだけですよ』

「意外と顔が広いよね、野中」

『……休日にいきなり電話してくる我喜屋くんに言われたくないです』

「あれ? 怒ってる!? なんで!?」

『いえいえ。初めての通話でいいように使われたことを怒っているわけでは別に』

「いずれ埋め合わせをさせてください!」


 なんてやり取りがあったかどうかはともかく。いやあったんだけど。

 ともあれ、その後は野中を通じて戸田にコンタクトを取ってもらったわけだ。


「――要するにいきなり呼び出したってわけでしょ。よーやるわ」


 説明を聞いた叶はジト目を向けてくる。


「たぶん、食べてないと思ったんだよ。此香の料理を、戸田は」

「で? 一度食べてみれば美味しいからきっと応援してくれるはずだって? いーやあ、いくら未那でもそこまでお花畑なことは考えないと思ってたなあ」

「大丈夫だよ。さすがの俺もそこまでは考えてない」

「似たようなことは考えてるくせに」

「喧しい」


 答えながらちら、と屋台のほうを見遣る。

 今、屋台の席に座っているのはさなかと戸田、そして野中。奥には当然、此香が立つ。

 俺と叶は少し離れたところで、テーブルと席を出してもらい、そこに座っていた。


「――いいの?」


 と、四人の様子を眺める、そんな俺の様子を見た叶に小さく問われる。

 俺は笑った。


「何を訊かれてるのかわからねえなあ」

「未那のことだし、あっちに混ざりたいんじゃないかと思って」

「まあ否定はしない」

「……かわいい子ばっかりだもんねえ」

「そういう意味じゃねえよ」


 それも否定はあんまりしないけど。

 でも、別に俺はそもそも関係ないのだから。


「いいんだよ、これで。何もしてねえしな実質、俺」

「何、その気持ち悪い謙遜。あんたが発案したんでしょ? 責任逃れはよくないな」

「いい感じの台詞を吐いたはずがその斜め上の解釈。すげえなお前」


 別に謙遜でも卑下でもない。巻きで語ってもいいくらい、俺は何もしていなかった。

 せいぜいが野中に連絡を取ったくらい。


「……別に、さなかと此香を仲直りさせるだけだったら、野中や戸田を巻き込むまでする理由なかったしな。両方、仲直りしたいって考えてはいたんだから、あとは話せばそれで済む。お互い、そんなに拗れてたわけでもないしな。避けるのやめりゃ終わりだ」

「そっちはそれで済むでだろうけど。その戸田さんとやらは実際、拗れてたんでしょ?」

「だな」

「じゃあ、上手くいったのはたまたまだよね。こんな、作戦とも言えない作戦で」


 そう。やったことと言えば、三人を此香の屋台に呼び寄せただけ。

 腹を割って話せば上手く運ぶなんて保証、もちろんどこにだって存在していない。


「なら別に関わることなかったのに。違う? さなかさんの問題だけ済めば終わりでいいはず――なんてわざわざ、そんな面倒なことしたわけ?」


 叶の疑問は当然だ。彼女は俺がそんなお節介でもなければ、ほとんど会ったこともない他人の善性を信じているわけじゃないとも知っている。まして脇役哲学者は、元より人と接触することを極力避けることを身上としていた。

 だからこそ、俺は肩を竦めてこう答える。


「言ったろ。別に俺は何もしてないんだって。今回、俺は脇役だよ」

「は?」

「――さなかがやったんだ」


 そして、さなかがやることに意味があった。

 此香と仲違いしたことを悔い、自分には何もないとまで考えたさなかが、それでも主役を――その立場を目指すと志したのだから。そこに、彼女は意味を作るべきだった。

 なら単に自分が仲直りするだけじゃ足りない。

 その上にもうひとつ、価値を重ねたい。

 ほかでもない、さなか自身がそれをしたいと願ったのだ。

 俺は、単にその手助けをしたに過ぎない。実に脇役的な立ち回りだったと言えよう。


 ――それこそが俺の信じた、自分の人生を主役として生きる在り方だから。


「だから、さなかがなんとかするだろ。実際できてる」

「……なるほどね」


 ここから見る四人は、まあ話の内容まで聞こえるわけじゃないが、少なくとも険悪には見えない。ならそれでいいだろう。

 ここはおでん屋で、しかも屋台なのだから。全員が知り合いじゃないからって、雑談を楽しんじゃいけない道理なんてない。むしろ本懐と言っていい。


「第一、お前、俺がいきなり戸田に連絡なんか取ってみろ。絶対引かれんだろ」

「ああ……確かにね、それはさなかさんじゃないと無理かもだ。未那みたいな変人がいきなり連絡なんかしてきたら、最悪、通報まであるか」

「……あの、いや、一度しか会ったことない男がいきなり連絡してきたら引かれるって話であって、別に俺の性格とかは問題にしてなかったんですけど……」

「少なくともわたしなら確実に通報する」

「うるせえんだよ。あと通報とか今ちょっと言うのやめろ。その言葉には過敏なんだ」

「おい。おい、何した。お前」

「何もしてねえよ」

「犯罪者はみんなそう言うんだよ」

「ちょっと夜中にクラスメイトの女子の家を探り当てて荒い息で電話かけただけだ」

「してるじゃん! なんかしてるじゃん! 普通に通報案件じゃん!!」


 ですよね……やっぱりそうですよね……。

 俺はちょっと考えなしに動きすぎるのをやめたほうがいい気がする。


「ま、これでいいんだよ。なぜなら上手くいってんだから。上手くいかなったときのことなんて、考えるだけ無駄って話だ」

「いい話をして誤魔化そうとしている……」

「してねえよ。――これは俺じゃなく、湯森さなかの主役理論なんだから」


 その形も、中身も、あるいはきっと目指すところも。その全てが完全に俺と同一というわけじゃない。だがそんなことは当たり前だ。さなかにはさなかの考えがある。

 ただ少なくとも、同じような場所を目指している間は、お互いきっと協力できる。

 その先に願うものは――少なくとも、そう違いはないはずだから。

 楽しい高校生活を。劇的でなくとも輝かしい青春を。

 たったそれだけの取るに足らない、あり触れた理想にこそ価値がある。本気で努力して目指すだけの意味がある。

 湯森さなかは、これから自分の物語のヒロインになる。


「それぞれ友達だったんだしな。思うことがあるにしたって、飯でも食いながらみんなで笑ってりゃ、割といい方向に転ぶもんだよ。好き好んでギスギスしてたい奴はいねえ」

「かもしれないけどね。まあ、少なくともわたしには無理な考えだ」

「そりゃお前はそうだろうけどよ。さなかがいるんだ。あいつならきっと上手くやる」


 もともと、俺なんかよりずっと主役力の高い人間なのだから。

 さなかが笑っているだけで、その場は明るくなっていく。みんな楽しくなってくる。

 ならばそれは紛れもなく、さなか自身の美点であり、長所だ。俺には真似のできない、さなか自身のヒロイズム。

 俺は隣で、それを見ていると誓ったのだ。

 なら、きっと俺たちはふたりとも楽しく生きられる。

 それ以上に望むことなんて、俺には何ひとつ存在していないのだから。


「……まあ野中さんも噛んでるしね。あのふたりなら、下手な方向には行かないか」


 軽く宣う叶だった。

 興味なさげ、というか普段通り気だるげに。ブレない奴だった。


「つーか、お前のその野中に対する信頼もよくわかんねえな……そんなに仲いいの?」

「別に。ときどき図書室とかで話すだけだけど。割と常連だから」

「俺もそうだけど。お前はそんな、それだけで積極的に声かけたりしないだろ」

「向こうだってしないよ」

「よりわかんなくなってきたんだけど」

「だから普通だって。別に意図的に避けたりしないんだし、話すときは話すでしょ。少し話してれば、野中さんが頭のいい人だってことくらいはわかる」

「……まあわかるけど」


 野中は野中で、割と独特の立ち位置にいるはずだ。

 クラスにもまだ面白い奴らがいるだろうし、今後はもっといろんな相手と距離を詰めていくのも面白いだろう。夏休み中に、できれば全員と一回は会うくらいの目標で。

 いや、そこまで行くと逆に本末が転倒しているか。まあ追々としよう。


「……しかし、正直ちょい意外だった」


 と、そこで叶がそんなことを言った。

 俺は問い返す。


「何が? お前を呼んだこと?」

「……まあそれもだけど」

「だって今日、此香が新作おでんを披露するらしいぞ」


 という名目で集まってもらっている。

 このおでん屋は継いだもので、味つけなんかは実質ほとんど此香の手が加わっていないからだ。何か新しい具を追加するくらいは、彼女のセンスでやりたいということだった。


「それを逃すお前じゃないだろ」

「そうだよ。だからまあそれはいい。わたしが言ったのは未那の話」

「俺……?」


 知らず首を傾げた。なんの話なのかピンと来ない。

 そんな俺を見て、叶は少しだけ視線を細め、そして言った。


「……正直、これで満足するとは思ってなかったから」

「何を言ってんのかよくわかんねえんだけど……」

「未那が自分で言った通りのことだよ。今回ほとんど関わってないじゃん? 主役としてそれでいいの? 脇役になっちゃってるけど」

「俺の言う主役って、別にそういう意味じゃねえし。そもそも劇的にならないなんて、俺からしてみれば当たり前の話でさ」


 そりゃ俺だって、何か上手い策を思いつき、主役らしく走り回って、友達が抱えている問題を格好よく解決する――なんてことができればいいとは思う。

 だが現実はそんなに劇的じゃない。俺にできるのは俺が楽しむところまでだ。

 だから俺は何もしていない。さなかが此香にどう話をつけてこの会を成立させたのか、どのように話して戸田をここへ連れ出したのか、此香と戸田はどう折り合いをつけたのか――その一切を、俺は知ろうとすらしていなかった。そして、それで構わない。

 俺は、ただ少しさなかと話をしただけ。大切な友達が落ち込んでいたから、それが半分くらい俺のせいだということを差し引いたとしても、手助けくらいはしたかった。

 それしかできないし、それ以上はするべきでさえない。少なくとも俺は今が楽しい。


「ならこれで充分すぎるだろ。今までの友達と、これまで以上に仲よくなった。なんなら新しい友達だってできるかもしれない。完璧じゃんか」

「ふぅん……そっか。まあ、それはそうだね」


 叶は言った。否定せず、ただ肯じた。

 なんでもない反応だ。特別どこか印象に残るようなものじゃなかったはずだ。

 けれど、果たしてなぜだろう。

 俺は、このときの叶の反応がどこか引っかかってしまったのだ。

 つまらなそうにしているわけではない。あるいは、少なくとも此香のおでんに関しては楽しみにしていることは間違いなかったし、会話に応じるくらいテンションも高い。


「――ねえ、未那」


 思わず呆然と叶を見つめていた俺に対し、彼女は小さく言った。

 俺が見ていることに気づいたのか。それとも単なる偶然のタイミングだったのか。

 彼女は言った。


「――望から何か聞いた?」

「…………」

「会ってんでしょ?」

「……あのあと一回だけな。別に何かってほどの話はしてない。なんのことだ?」

「いや? 別に聞かれて困るようなこと隠してるわけじゃないよ。ただ望のことだから、変に暴走して言わなくてもいいようなこと言うかもだし」

「そういう意味でなら、お前と付き合ってほしそうにはしてたけどな。俺に」

「ないわー」

「わかってるよ。……訊きたいことはそれだけか?」

「……ほかにあったら訊いていいの?」

「前置きがいちいち不穏なんだよ、お前。別にいいけど、答えるかはわからんぞ」

「じゃあ訊くけど。――あんた、さなかさんのこと好きなの?」


 俺は、一瞬だけ答えに詰まった。

 その一瞬の間に、叶はもう興味を失ったように言う。


「いいや。なんでもない。それより、そろそろ向こうもいいでしょ。おでん食べ行こ」

「……そうだな。わかった」


 開きかけた口から、俺はそんな風に答えた。

 その直前。自分がいったい、どう答えるつもりだったのかは、もう思い出せない。


「この場所は青春濃度が低くていけない。そろそろあっちに混ざらないと枯れる」

「何言ってんだか。言っとくけどわたしはおでんのために来てるんだから、いちいち話を振ったりしないでよね。面倒臭い」

「何その旧世代のツンデレみたいな反応。わたしはおでんが食べたいだけなんだからね、勘違いしないでよね! ってか?」

「はっ倒すぞ」

「わかってるよ。こっちだっていちいちお前に構うのは面倒臭い」

「ん。わかってるならいい」


 それきり、叶との会話は途絶えた。

 ただもちろん、この集まりが楽しかったことだけは間違いない。実に青春。



 ――素晴らしい一日だった。

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