4-09『Q/これはラブコメですか1』

 その週末。


 風邪はぶり返すこともなく完全完治。やはり若さが効いたのだろう。たぶん。

 俺たちは朝六時にオブジェの前で待ち合わせをしていた。

 これから電車に乗って一路、温泉を目指し北上する。秋良はこちらに住んでいるわけじゃないから、早めがいいだろうという話になり、最速がこの日だったわけだ。

 勝司と葵以外の四人は住んでいる場所が近い。というか実質、残る四人中三人まで現状じゃ同じところに住んでいるようなもの。

 かんな荘の前で待ち合わせて四人で来た。


 それから、まだあまり人がいない電車に乗り込む。

 ボックス席は四人掛けだから、三人ずつで使うことにした。この時間帯ならほかに乗客もいない。豪勢に使わせてもらう。


 席分けはじゃんけんで決定した。

 結果、俺・勝司・叶組と、さなか・葵・秋良の組に分かれて座ることに。

 乗客が増えてきたら機を見て4:2に分け直す。その前に、シャッフルするかもしれないが。


「男ふたりが同じ組になっちまったなあ」

「確かに。この面子で旅行に来て、隣に座るのが勝司ってのは面白くない展開だ」

「あっはは! そりゃこっちのセリフだっつーの!」


 言葉の割には楽しそうに、勝司は肩を揺らして言った。


 俺たちの正面には叶が座っていて、今はうとうと舟を漕ぎかけている。早めに寝ようと話したはずだが、それはそれとしてやはり朝には弱いらしい。

 本当に、なんというか集団行動の適性がない奴だ。


 それもまあ、今朝、叶の枕元にあった旅行情報誌を思えば微笑ましいものだろうけど。

 なんのかんの言いながらも、この旅行を楽しみにしていたらしい。

 わかりにくいようでわかりやすい、意外な叶のかわいらしさというヤツだろうか。本当に面倒な女だ。


 かっくん、と前に首を倒しては、その勢いでハッとしたように覚醒し、けれどしばらく経つとまた睡魔に負けて首をかっくん。

 赤べこ……いや、ししおどしって感じかね。


「そんな眠いなら寝てたらどうだ、叶ちゃん?」


 さすがに哀れに思ったのか、苦笑しながら勝司が声をかけた。

 叶は目を見開いて、それからすぐに首を振る。


「んや……いや、いい。ちゃんと、起きてるから」


 目を擦りつつも叶は言う。寝たらもったいないと言わんばかりだ。

 というか実際にそう考えているのだろう。

 旅行の楽しみには移動も含まれていい。俺がそう思っている場合、往々にして、叶もそう思っていると見て間違いじゃない。


「でも確かに寝そう……ねえ、なんかやらない?」

「そだな。トランプとか持ってきてるし、景色を見がてらひと勝負いくか」


 叶と勝司の会話を小耳に挟みながら、俺は反対側の席を見遣る。


 さなか、葵、そして秋良は、何やら楽しそうな歓談の最中だった。すっかり打ち解けた様子は、まるで十年来の友人を見るかのよう。さすがと言わざるを得ない。

 せっかくの温泉旅行だというのに、綺麗どころを秋良に奪われてしまったのは残念だ。

 あいつは、変わり者と呼ばれる人種が得てしてそうであるよう、やたら強運だ。

 弱運の俺とは比べものにならない。秋良は秋良で「かわいい女の子は好きだぜ?」とかなんとか平然と豪語するタイプの奴だし、その強運で今の組み合わせを引き当てたのだろう。

 こちらはといえば、片方は野郎で片方は同居人。まるで代わり映えしない。


 とはいえ野郎のほうも同居人のほうも同じことを思っているだろうし、それならそれで悪くない。

 このところの俺は、今を楽しむことにかけちゃ一家言あると思ってもらおう。


「おう、どうした未那、ぼうっとして? やろうぜー」

「いや別に」


 大貧民の準備を始めた勝司に、軽く首を振って答えた。


「それより、ルールはしっかり決めておこうぜ。8切りとかイレブンバックとか都落ちとか、アリかナシか」

「当然、アリアリでしょーよ」


 叶が答えた。


「やっぱお前はそうだよな……まあいいけど」


 大貧民というトランプゲームは、とにかくローカルルールが多い。この認識を開始前に共有しておかないと、ゲーム中で厄介なことになる。

 そういえば叶の地元では、《大貧民》ではなく《大富豪》と言うのだとか。同じゲームなのに、呼び方までいろいろ異なっているのだから面白い。


「柄の縛りはどうする?」

「二枚からで。ルールは厳しいに限るよ」

「階段は三枚からだよな? 階段革命はアリか?」

「アリにしよう。三人で手札多いけど、荒れるルールのほうが面白い。革命返しは?」

「上」

「イレブンバックと革命の選択権」

「それはナシ。ジョーカーの扱いはどうする?」

「スタンダードにスペ3でいいでしょ」

「俺の地方じゃ3が三枚だったんだけどな……」

「わたしはそれ、こないだ初めて聞いたけど」

「そんなもんなんじゃね? 俺の親なんか8切りじゃなくて10切りだっつってたし」

「へえ、世代によっても違うんだね。それは面白いな……」

「えーと……あとは流したカードの確認だな。これは?」

「それは絶対ナシ!」

「同感。――あ、勝司もそれでいいか?」


 さくさくルールを決めていく俺と叶に、勝司が引き攣った顔で、ふとこう言った。


「お前ら、もしかして、家でふたりで大貧民やってんの? それ楽しいか?」

「いやまあ、一回だけな?」


 俺は答えた。


「ちょっとなんか……なんだっけ? まあ理由は忘れたけど勝負をすることがあって、そのときにタイマン大貧民をやった」

「うわ、すげえ面白くなさそ……」


 クソゲーだったから二度とやらなかったんだって。

 相手の手札が全部わかってる大貧民とか、楽しさがちょっと明後日に飛んでいる。


「ちなみに、それ、どっちが勝ったんだ?」


 と、なんの気なく勝司が問う。

 俺は答えた。


「俺」「わたし」


 おや? 何やらおかしな言葉が被さってきた気がしますよ?


「……ちょっとちょっと。何言ってんの、叶ちゃん?」

「未那のほうこそ、どうも記憶に捏造が生じてるみたいだけど?」

「――おっと、被せ芸が細かくなっていらっしゃる。違う言葉パターンは初かね?」


 いっそ感心した様子の勝司。

 俺は黙った。叶も。だってこれ芸とかじゃないですからね。違いますからね。

 くつくつ噛み殺すように笑いながら、勝司は言う。


「未那、さっきはなんで勝負になったか覚えてないって言わなかったか?」

「確かに! 言ってた! よく言ったよ勝司、その通り!」


 隙と見るや言い募る叶。だが違う。


「待て、俺は勝負のきっかけを忘れただけだ。内容は覚えてる」

「どうだか!」

「なら訊くけどお前は覚えてんのかよ?」

「……、……さてねえ?」

「ほら見ろ目ぇ逸らしてんじゃねえか。お前だって絶対なんでか覚えてねえだろ」

「うっさいな。何回やり合ったと思ってんだよ。いちいち覚えてないよ」

「お前らの日常生活すげえ楽しそうだな。そこまで張り合わなくてもいいだろうによ」


 勝司のツッコミがいちいち正論で困っちゃうね。


 いや、なんだったかなー。

 どうせ夕食のメニューとか、宿題の分担をどうするかとか、そういう下らない内容だったはずだけど。いつものことすぎて記憶がなかった。

 しかし勝敗は別の問題。


「俺は覚えてるぞ。お前が負ける直前に勝負を投げたことまで!」

「あれは未那がカード配る段階でイカサマしてたからじゃん」

「……別にバレなきゃイカサマじゃないし」

「いやバレたでしょーに! 手札配った段階でほぼモロバレだったでしょーに!」

「だからって枕投げに勝負を変えてきたのはトンデモすぎでしょ、おかしいじゃん!」

「投げてないし。やめてくれる?」

「ひとの顔面を枕でぶん殴った奴が言う……?」

「結局そっちでわたしが勝ってるんだから最終的にわたしの勝ちでしょ」

「はあ――――――――? 一応は女の子だからって手加減してやった俺の気持ち、君はまったく理解していないようですねー?」

「うーわー、言い訳ご苦労様ですぅー。だいたい何? 仮に事実なら、手加減して負けた時点で言い訳の余地ないのではー? 違いますかー?」

「……オーケー。今、ここで、決着をつけたいとお前は言うわけだ。望むところよ」

「はっ。かかって来なよ、三下。格好いいこと言って、勝司にまで負けないといいね?」


 バチバチと火花を散らす、俺と叶であった。

 気づけば勝司だけではなく、横のボックスにいる秋良やさなか、葵までもが微笑ましいものを見る目で俺たちを眺めていた。

 とはいえ今さら、恥ずかしがったりなどしない。

 やるなら、ガチだ。その意味も含めて、俺は勝司に視線を向ける。


「つーわけだが、勝司はルールの確認、大丈夫か? ボケっとしてるとすぐ負けるぜ?」

「……はっはは!」


 ここでノリがいいのが勝司という男。


「おいおい。未那も叶ちゃんも、お互いだけを敵だと思ってると足元掬われるぜ? 俺は結構、やる男だって噂だぞ」

「へえ……? いいじゃん、そういうとこ好きだけど、勝算はあるの?」


 叶もまたニヤリと笑って言う。

 ただのトランプ如きでどこまで熱くなっているのかという話だが、俺も叶も、そのほうが楽しいと知っている。だからこうやって合わせてくれる相手は、たぶん好きなのだ。

 だが勝司は、事実本人の言う通り、これでやっぱり一筋縄でいく相手ではなく。


「いやあ、どうだろうなあ。どんだけ熱くなってるんだとも思うけど――」

「……けど?」

「何。――そんなお前らを負かしたら、そいつぁ気分がいいと思うんだよなあ? そんときゃ笑ってやるぜ、おふたりさん?」

「上等!」


 口を揃える俺と叶。

 隣のボックス席から、バカだなあ、という観戦の視線が注いだ。


 だが何、それが楽しいのだ。青春濃度は今や留まるところを知らないレベル。

 俺たちは、いっしょにバカがやれるから、きっと友達なんだろう。




 ――なお勝負の結果、勝司はマジで俺と叶を撃破し、揃って盛大に笑われてしまった。

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